エピローグ
放課後の校舎に、
椅子の背もたれを広げた脚で挟むという
「暖かくなったね」
理央の机に上に座った、こちらも
「もう、春だね。高校生活があと一年しか無いなんて信じられないよ」
彼女は理央の伸びた髪と格闘しながら、それを束ねてポニーテールにしようとしているところだ。教室には、もう二人しか残っていないので、こんなだらしのないことをしていても、誰も咎める者はいない。
「莉亜奈は戻ってくるの? 痛っ・・・ もうチョッと優しくやってくれよ。あたしはこんなに髪伸ばしたことなんて無いんだからさ」
「何言ってんの。貴方、戦場ではもっと悲惨な目に遭ってたんでしょ? これくらい何よ」
「アハハハ、そうだな・・・ 奈々香、お前もな」
「うん」
「はい、出来上がり。こっち向いてごらん」
背もたれを跨ぐように脚を回し、理央は前を向いて座った。
「笑って」
「こ、こうか?」理央は妙な作り笑いを披露した。
「オッケー。結構、可愛いぞ」
「何だよ、結構って!」
「莉亜奈は新学期から復学するって・・・」その言葉が終わらないうちに、理央は立上って奈々香の頭をヘッドロックした。「痛たたた。もう! 蒼衣がいないからって、私にそれするの止めてよ・・・ 痛い痛い、降参降参」
奈々香の頭を開放しながら理央は聞く。
「ハハハハ、そうなんだ。じゃぁ、蒼衣は?」
「蒼衣は果蓮さんのお気に入りだから、そのまま幕僚本部に残って、首相補佐官の補佐をすることになったらしいよ。補佐官の補佐」
「そっか。がハハハハ、あいつ気が弱いからな。頼まれたら嫌とは言えんだろ。あいつがカッとなって激怒することなんて有るんだろうか? あたしはこの目が黒いうちに、一度でいいから怒った蒼衣を見てみたいもんだよ」
「さぁ、意外に怒ると怖いのかもよ。クスクス」
その時、可愛いゴジラのデコレーションが成された奈々香のスマホが、ブンッとなってメッセージの着信を告げた。ポケットからAndroidを取り出しながら、奈々香は理央に言った。
「理央。貴方、まだあの可愛くないスマホ使ってるんじゃないでしょうね?」
「あぁ、使ってるよ。ダサくてムサくて、オヤジくさいスマホさ。悪いか? ポニーテルにしたからって、スマホまで替えるつもりは無いね、あたしゃ」
「フフフ、相変わらずね。もう少し可愛いのにすればいいのに・・・ あっ、鈴望さんからLINEだ。何だろう?」
アプリを開くと、絵文字の無いぶっきらぼうなテキストが目に入った。
─ 相模川以西で、新興勢力の活動が活発化中
新興勢力。それはかつて、嶺西区域進出を企む央都が支援していた、ローカルな武装集団のことだ。その後、央都の支援を得られなくなった彼女たちは、独自の進化を遂げて先鋭化し、今では大区域にすら牙を剥きかねない、厄介なテロリスト集団となりつつあるのだった。
従って、鈴望のメッセージの意味は明確だった。
「鈴望さん、何だって?」
そう尋ねる理央に覗かれないよう、奈々香は素早くアプリを閉じた。
「ううん、なんでもない。ねぇ、それよりさ。帰りにチーズティー屋さん、寄ってかない? フワッフワのチーズムースが乗ってるんだって」
「チーズティー? 何だそりゃ? まぁいいや、行こ行こ。あたし大盛りだからね。ポニーテールにしたって大盛りなんだからね」
「アハハ、せめてLとかロングって言いなさいよ。まったく・・・」
「おぉ、L寸で行こ」
「アハハハハ」
賑やかに教室を後にする二人の後姿は、束の間の春を愉しむ花のように揺れていた。
戦場に咲く花 大谷寺 光 @H_Oyaji
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