エピローグ

 放課後の校舎に、うららかな光が注いでいた。開け放たれた窓から吹き込む柔らかな風が、時折カーテンをそよがせている。グラウンドから聞こえる少女たちの賑やかな声が壁に当たって反射し、教室内の空気をなお一層華やいだ色に染め上げた。

 椅子の背もたれを広げた脚で挟むというはしたない・・・・・恰好で、教室の後ろを向いて座っている理央が言った。

 「暖かくなったね」

 理央の机に上に座った、こちらもはしたない・・・・・恰好の奈々香が受けた。

 「もう、春だね。高校生活があと一年しか無いなんて信じられないよ」

 彼女は理央の伸びた髪と格闘しながら、それを束ねてポニーテールにしようとしているところだ。教室には、もう二人しか残っていないので、こんなだらしのないことをしていても、誰も咎める者はいない。

 「莉亜奈は戻ってくるの? 痛っ・・・ もうチョッと優しくやってくれよ。あたしはこんなに髪伸ばしたことなんて無いんだからさ」

 「何言ってんの。貴方、戦場ではもっと悲惨な目に遭ってたんでしょ? これくらい何よ」

 「アハハハ、そうだな・・・ 奈々香、お前もな」

 「うん」


 「はい、出来上がり。こっち向いてごらん」

 背もたれを跨ぐように脚を回し、理央は前を向いて座った。

 「笑って」

 「こ、こうか?」理央は妙な作り笑いを披露した。

 「オッケー。結構、可愛いぞ」

 「何だよ、結構って!」

 「莉亜奈は新学期から復学するって・・・」その言葉が終わらないうちに、理央は立上って奈々香の頭をヘッドロックした。「痛たたた。もう! 蒼衣がいないからって、私にそれするの止めてよ・・・ 痛い痛い、降参降参」

 奈々香の頭を開放しながら理央は聞く。

 「ハハハハ、そうなんだ。じゃぁ、蒼衣は?」

 「蒼衣は果蓮さんのお気に入りだから、そのまま幕僚本部に残って、首相補佐官の補佐をすることになったらしいよ。補佐官の補佐」

 「そっか。がハハハハ、あいつ気が弱いからな。頼まれたら嫌とは言えんだろ。あいつがカッとなって激怒することなんて有るんだろうか? あたしはこの目が黒いうちに、一度でいいから怒った蒼衣を見てみたいもんだよ」

 「さぁ、意外に怒ると怖いのかもよ。クスクス」


 その時、可愛いゴジラのデコレーションが成された奈々香のスマホが、ブンッとなってメッセージの着信を告げた。ポケットからAndroidを取り出しながら、奈々香は理央に言った。

 「理央。貴方、まだあの可愛くないスマホ使ってるんじゃないでしょうね?」

 「あぁ、使ってるよ。ダサくてムサくて、オヤジくさいスマホさ。悪いか? ポニーテルにしたからって、スマホまで替えるつもりは無いね、あたしゃ」

 「フフフ、相変わらずね。もう少し可愛いのにすればいいのに・・・ あっ、鈴望さんからLINEだ。何だろう?」

 アプリを開くと、絵文字の無いぶっきらぼうなテキストが目に入った。


 ─ 相模川以西で、新興勢力の活動が活発化中


 新興勢力。それはかつて、嶺西区域進出を企む央都が支援していた、ローカルな武装集団のことだ。その後、央都の支援を得られなくなった彼女たちは、独自の進化を遂げて先鋭化し、今では大区域にすら牙を剥きかねない、厄介なテロリスト集団となりつつあるのだった。

 従って、鈴望のメッセージの意味は明確だった。


 「鈴望さん、何だって?」

 そう尋ねる理央に覗かれないよう、奈々香は素早くアプリを閉じた。

 「ううん、なんでもない。ねぇ、それよりさ。帰りにチーズティー屋さん、寄ってかない? フワッフワのチーズムースが乗ってるんだって」

 「チーズティー? 何だそりゃ? まぁいいや、行こ行こ。あたし大盛りだからね。ポニーテールにしたって大盛りなんだからね」

 「アハハ、せめてLとかロングって言いなさいよ。まったく・・・」

 「おぉ、L寸で行こ」

 「アハハハハ」

 賑やかに教室を後にする二人の後姿は、束の間の春を愉しむ花のように揺れていた。

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戦場に咲く花 大谷寺 光 @H_Oyaji

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