7・3

 東浦明星に果蓮の姿が有った。暫定的に幕僚長を務めていた莉亜奈は、果蓮の復帰後もそのままの地位に留まり、果蓮は北都の首相補佐官としてこの会議に出席していた。そして、実質的に終戦を手繰り寄せた南港湾軍の鈴望もその場に同席し、北南共同による戦後処理の進め方が協議されていたのだ。その最終決定は、北都と南港湾の双方が合意した場合に限り、発効されるということとなっている。


 極東は暴走した軍内の反乱分子を処刑するというでっち上げで幕引きを図り、央都に至っては、それまで政府軍が駐留していた荒川と隅田川に挟まれた区域を、そのまま北都の区域とすることで、戦後補償に代えるという大盤振る舞いを行った。

 政府軍は解体され、名実共に大宮が北都の首都に返り咲き、新たに発足した北都内閣を、央都、極東共に正式な政府として公式に歓迎した。

 しかし問題は、区域内である。結局、央都軍と極東軍の侵攻により、北都区域民に多大な犠牲を強いた今回の戦争。その責任を問う民意に押され、新政府としても何らかのけじめ・・・を示さねばならない立場に追い込まれていた。その重圧がこの会議を、重苦しいものにしていたのだ。


 「やはり・・・ 政府軍戦犯の軍事裁判は避けられないわね」

 果蓮がやり切れない思いで口にした言葉に、莉亜奈が食い付いた。

 「ちょっと待って下さい、補佐官。戦犯ってことは・・・ 奈々香のお姉さんが対象になります。双葉さんは政府軍の司令官であり、あの傀儡政権の首相にまで任命されていました。このままでは彼女がA級戦犯になるのは確実です」

 「確かにそうだな」沈痛な面持ちで果蓮は同意する。

 「でも双葉さんがいたから、戦争が終わったんです。北都は助かったんです。彼女がいなければ、南港湾との連合も確立せず、北都は滅茶苦茶になっていた筈です。恩人を犯罪者として裁判にかけるなんてこと、許されるべきではありません」

 これには蒼衣も涙目で加勢した。

 「そうです。双葉さんが私たちを助けてくれたんですよ。それに彼女は、鈴望さんの親友でもあります」

 「それは解っている。痛いほど解っている。それでも民衆は、自分たちが納得できる何かを求めているんだ。今回の戦争の責任を負わせることが出来る、誰かを差し出せと」

 そう言う果蓮に、莉亜奈が詰め寄った。

 「生贄を差し出せと言うんですか? 自分たちを守るために、誰かを犠牲にしろと? それが双葉さんでいいんですか?」

 「自分たちを守るためじゃない。北都の安定を図るため・・・ あぁ、いつから私は、こんな政治家みたいな台詞を吐くようになってしまったんだろう。まったく反吐が出るよ」

 すると、それまで黙って話の成り行きを見守っていた鈴望が、ようやく口を開いた。

 「みんな、ありがとう。今のを聞いたら、きっと双葉は喜ぶと思うな」

 そして列席している皆の顔を見回した。


 「双葉は・・・ 決して自らが望んで司令官になったわけではないと思うの。ましてや首相になんて、絶対成りたがる筈は無いわ。でも、時代の波に飲み込まれ、それ以外の選択肢が無かったんだと思う。避けようが無かったのよ。

 それでもあの娘は、そういう立場に立たざるを得ないのであれば、こんな無益な戦いを速く終わらせるためにと、精一杯頑張ったはずよ。そうして今回の終戦を成し遂げた親友を、私は誇りに思うわ。でも・・・

 でも戦争って実は、私たち軍部のものじゃないのよ。血を流すのは兵隊も一般市民も同じ。だからその責任を問う権利は、市民にも与えられて然るべき。そうやって傷付いた人々の多くが、戦争で失ったものを総括し、飲み下し、そして明日へと繋げられる何かを得て初めて、戦争は終わるんだと思う。

 そして双葉もそれを望んでいると思う」

 莉亜奈は顔を背けて、鈴望の話をジッと聞いていた。蒼衣は溢れる涙を堪え切れず、ずっとしゃくり上げている。果蓮は唇を噛んだ。そして鈴望が一筋だけ涙を落とした。

 「かつての親友の処刑命令を出す気持ちが判る?」鈴望の顔が歪んだ。「そうしないと終わらないのよ、戦争が・・・ 判って」



 東浦明星の校庭脇にあるコンクリートの階段に腰かけて、奈々香はぼんやりと空を見上げていた。いつの間にか山から降りてきた赤とんぼが、スイスイと気持ち良さそうに飛んでいる。戦争が終わったことを実感した奈々香がウンッと伸びをすると、背後から近づいて来た鈴望が、彼女の隣に座った。

 「久し振りね、奈々香。大きくなったわね」

 「ウフフ。鈴望ちゃんだって一緒でしょ? 小学校の時から逢ってないんだから」

 「そうね。私も奈々香も、ちっちゃな子供だったものね」

 「そしてお姉ちゃんも」

 「そう、双葉も」

 二人は赤とんぼを目で追いながら、沈黙を共有した。だが、奈々香がその沈黙に終止符を打った。

 「お姉ちゃんはどうなるのかな?」

 ほんの少しの躊躇いの後に、鈴望はキッパリと言った。

 「銃殺刑・・・ だと思う」

 今度は奈々香が僅かばかりの躊躇いを見せた。

 「うん。判った」

 また二人は押し黙った。


 そして暫くの後、鈴望が立ち上がった。

 「じゃぁ、私、行くね。元気でね。また会おうね」

 鈴望がその場を立ち去ろうとした時、奈々香が言った。

 「その銃殺・・・ 私にやらせて」

 「えっ?」

 驚いて振り向いた鈴望に、背中を向けたままの奈々香が言った。

 「お姉ちゃん、頑張ったよ。すっごく頑張ったんだよ、きっと。きっと頑張り過ぎて、いっぱい、いっぱい色んな物を背負い込んでるに違いないんだ。昔からそうだった。だから・・・

 だから私が終わらせてあげる。どうしてもそれ・・が避けられないんだったら、私がこの手で終わらせてあげる。

 ねぇ・・・ いいでしょ、鈴望ちゃん? お願い・・・」

 振り向いた奈々香の顔は、叱られた子供のそれのように歪んでグシャグシャに濡れていた。

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