§7:戦後処理

7・1

 央都の傀儡政権の首相として、幼馴染の双葉が選出されたことを知った鈴望は、何とかして親友をこの茶番劇の中から救い出したいと考えていた。双葉が自ら望んで、そんなピエロを演じたはずは無い。100%間違いなく央都主導の人事が横行し、担ぎ上げられてしまったのだろう。

 鈴望は、子供の頃から正義感の強かった双葉の姿を思い出し、不本意な立場に追いやられてしまった友人に歯痒い思いを抱いていたのだ。そこへ、もう一人の幼馴染である奈々香からの接触である。鈴望を動かすきっかけとしては、それで十分だった。


 ─ 鈴望ちゃん。

 ─ 奈々香だよ、久し振り。

 ─ 実は、鈴望ちゃんにお願いがあるんだ。

 ─ 今、北都が大変なことになってるんだよ。

 ─ 大勢の区域民が死んでる。

 ─ 手を貸してほしいの。

 ─ 詳しい話は追って話します。

 ─ 奈々香


 三本線の入ったオーソドックスなセーラー服と、黒いスカーフ。袖口の紺のアクセントに合せた同色の無地スカート。そのどれもが央都の煌びやかさとは一線を画し、鎌倉の落ち着きを体現した女鎌(女子鎌倉学院)の制服である。

 そんな清楚な制服に身を包んだ鈴望が、奈々香からのメッセージを受け取ったのは、央都軍と極東軍が、北都分割の際に少しでも多くの分け前・・・に与ろうと、熾烈な北都侵攻を続けていた真っ最中だった。それはまるで死に体のガゼルに食らいつくハイエナさながらで、お互いの顔が鮮血で真っ赤に染まっていることにも気付かない程の、強欲にまみれた醜い姿だった。

 しかし、いくら中将の地位にあると言っても、鈴望が軍を自由にできるわけではない。そこで彼女は南港湾区民に燻る、とある感情を巧みに揺り動かし、南港湾軍の動きを誘発することに成功したのであった。


 横浜、川崎を擁する南港湾地区は、かねてより央都の横暴に不満を抱いていたと言って良い。その経済圏は央都の各都市と密接に繋がっているため、央・南間に軍事的な干渉が起こった歴史は無いが、それ故に上から目線の央都に対しては、長期間にわたる鬱積が層を成している。

 南港湾にしてみれば、自分らは独自の発展を遂げてきたという自負が有るのに対し、央都は異なった見方を持っていた。それは、南港湾の発展は央都の恩恵によって引き起こされた「二次的」なものであり、単なる衛星都市としてのアイデンティティしか認めていなかったのだ。


 鈴望の行動は素早かった。自軍内で央都と極東の横暴を暴き、両区域の潜在的な危険性を説いて回った。無論、央都に対する憤りを誘発する台詞を、言葉の節々に混ぜ込んでだ。それはまるで、かつて映像の分野で用いられていた「サブリミナル効果」の言語版のようだ。


・一区域が消滅し、その血肉を喰らった超大区域が誕生する。

 (その一つが、あの央都ですよ。良いんですか?)


・それが隣接する南港湾にとって、潜在的な脅威とならぬ道理が有るなら教えて頂きたい。

 (央都は極東との覇権争い勝つため、必ず南港湾に触手を伸ばしますよ)


・今、北都を失えば、東京湾を囲む軍事バランスが崩壊することは避けられない。

 (元々、央都は南港湾のことをオマケ程度にしか思ってないんですから)


・今日の北都は、明日の南港湾を映す鏡である。

 (そんな横暴を黙って見過ごすんですか?)


 これら鈴望の主張の数々には、多少の誇張が含まれていることは否めないが、本質的には間違っていないし疑いの余地も無い。その結果、南港湾軍内の央都を敵対視するタカ派勢力に火が点き、一気に央東脅威論が高まったのだ。同時に、今の央・東両区域の傍若無人ぶりをこの目で見せつけられれば、いかに穏健派と言えども、その声のトーンを落とさざるを得ない状況であった。

 もっとも、鈴望にしてみれば南港湾の安全よりも ──無論、それも大切なのだが── もっと重要な案件が有るのだが。


 自分にだけは血の繋がりは無いが、三姉妹のように育った双葉と奈々香。泣き虫のくせに芯の強い奈々香。曲がったことが嫌いで、自分より他の人のことばかり考えている双葉。そんな二人と、いつも一緒だった。三人の中では、一番年上の自分が二人を守るべきお姉さんなのだ。今、妹たちを守ってやらなくて、いったいいつ守れると言うのか?


 ─ P.S. お姉ちゃんも助けられないかな。


 その妹たちが窮地に立たされ、助けを求めているのだ。何を犠牲にしてでも、手を差し伸べずにはいられない。神様、妹たちをお守り下さい。


 そして大宮陥落も時間の問題と囁かれ始めた頃、遂に南港湾軍が手札を切った。

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