6・3

 首都大宮はいまだ堅牢な防御に守られ、央都軍、極東軍ともにその牙城を崩すには至っていなかったが、北都各地に散らばる解放軍は孤立し始めており、益々行き場を失いつつあった。中には、一部の解放軍が投降したとの情報も錯綜し、幕僚本部はまさに大騒ぎだ。

 そんな東浦明星の生徒会室のドアを奈々香が叩いたのは、呼び出しを受けた翌日。極東の宣戦布告から三日後のことだった。

 「狙撃部隊所属、奈々香、高2。前線より戻りました!」

 「入れ」

 ドア越しに聞こえた声に促され、おもむろにドアを開けた奈々香に、いきなり二つの黒い影が飛びかかった。

 「奈々香っ!」

 「奈々香さん!」

 「あっ、わわわっ、キャッ・・・」

 ドッシーーーン・・・

 「あ痛たたた・・・」

 尻餅を着いた奈々香が、訳も解らず顔を上げると、自分の上にのしかかっている二人の女子生徒を認めた。莉亜奈と蒼衣だった。目を丸くした奈々香に、再び二人が襲い掛かる。

 「奈々香さん、逢いたかったですぅ~」

 「無事で良かった、奈々香。心配してたんだからーっ!」

 両腕に二人を抱えるような姿勢のまま、廊下に押し倒された奈々香が目を白黒させていると、更に二人の人影が覗き込む。空と梨沙だ。

 「幕僚長、もうその辺で勘弁して上げては如何でしょう?」

 「そうですよ。積もる話は有るでしょうが、今はそれどころではありません。事は急を要します」

 その二人が差し伸ばした手に捉まって、身体を引き起こされながら奈々香は聞いた。

 「誰が幕僚長ですって?」


 「つまり、今は貴方が軍を指揮しているのね、莉亜奈?」

 「えぇ、そう。そして蒼衣は戦況分析官として私をサポートしてくれてるのよ」

 奈々香が蒼衣を見ると、彼女は誇らしげに、でも少し恥ずかしそうに胸を張って見せた。

 「頑張ってるね、蒼衣」奈々香は可愛い妹を褒めるように言った。「で? 私を呼んだ理由は何かしら、幕僚長殿?」

 「嫌ね、やめてよ奈々香。貴方に幾つか聞きたいことが有るのよ。いいかしら?」

 奈々香は黙って頷いた。

 「政府軍の司令官に双葉という娘がいるんだけど、知ってる?」その名前を聞いて、奈々香が眼を剥いて固まった。

 「向こうは貴方のことを・・・ 知ってる・・・」その驚愕の表情を見た皆は、得体の知れない何かに触れてしまったことを感じ取って、同様に固まった。「みたいなん・・・だけ・・・ ・・・ど・・・」

 「ど、どうして双葉のことを知っているの?」

 その表情を変えることなく、奈々香が聞き返した。

 「う、うん。先の三区域和平交渉で ──和平交渉だと思っていたのは、私たちだけだったわけだけれども── 蒼衣がその人に遭ったのよ」

 そして莉亜奈は、事の次第を語って聞かせた。奈々香は黙ってそれを聞きながらテーブルに視線を落としていたが、その後に一つ息を飲んでから、ゆっくりと語り出したのだった。


 「双葉・・・ 知ってるよ。お姉ちゃんなんだ」

 「お姉ちゃん!!!? 奈々香、貴方に姉妹なんていたっけ?」莉亜奈は思わず身体を乗り出した。

 「うん・・・ 私が小学生のころ、両親が離婚したのは知ってるでしょ? その時、私はお母さんに付いて大宮に残ったけど、お姉ちゃんはお父さんに連れられていったんだ。二人が何処に行ったのかも知らないし、それ以来一度も逢ったことは無いんだけど・・・ ううん、逢うこが許されなかったんだけど、この前の作戦行動中にたまたま見かけたの。赤羽で」

 一同は息を飲んだ。

 「聖女高が央都軍の前線基地として接収されていることを、たまたま発見した私は、校長室を見渡せる建物に陣取って、狙撃の瞬間を待っていたの。その部屋には央都軍の士官らしき女生徒がいたわ。三田女の制服を着ていたし、見覚えの有る雰囲気だったから、多分、あの娘が有名な敵の参謀本部長、桃佳だと思う。

 で、暫く待っていたら、清女の制服を着た政府軍の娘が入って来たの。桃佳は私からは見えない陰に入ってしまって・・・ それで、私はその政府軍兵に狙いを定め・・・ 引き金を引く寸前まで行ったのよ。そして・・・

 そして、引き金を引く瞬間、その娘がこっちを見たの・・・ そしたら・・・ そしたら、双葉だった・・・」

 当時のとこを思い出しながら、震える両手を見つめる奈々香の両肩を、莉亜奈が優しく抱いた。そうとは知らずに実の姉を、危うく狙撃してしまうところだった自分に恐れおののいているのだろう。両親の都合で子供のころに離れ離れになったとは言え、血を分けた姉妹なのだ。その双葉に向け、もうちょっとで引き金を引くところだったなんて。きっと、その時の感触が、まざまざと思い出されているのに違いない。

 「大丈夫よ、奈々香。大丈夫。撃たずに済んだんでしょ?」

 莉亜奈は彼女の肩を抱く腕に力を込めて、励ますように体を揺すった。

 「うん・・・」

 こんな時、理央のような大きくて力強い腕で彼女を包んであげられたなら、どんなに良いだろう。莉亜奈は心からそう思った。

 「で、奈々香さん。『鈴望』というのはどなたかしら? 解放軍にも政府軍にも、該当するような娘はいないのだけれど。ひょっとしたら、央都か極東の人かしら? もしそうだと、さすがに名簿は手に入らないわね・・・」

 梨沙が兵員リストの印刷されたコピー用紙を広げながら言うと、奈々香は首を振った。

 「鈴望ちゃんは、私の両親が離婚する前の幼馴染です。私も姉も、それから鈴望ちゃんも、まるで三人姉妹のように育ちました」

 「その鈴望さんは今、どこにいるの? 貴方のお姉さんがコンタクトを取れと言ったのは何故?」

 莉亜奈の質問に奈々香は静かに答えた。

 「鈴望ちゃんは今、女子鎌倉学院にいます。南港湾軍の中将です」

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