§6:央都の仇敵、南港湾
6・1
央都軍の北都侵攻と歩調を合わせるかのように、極東軍の北都侵攻が開始された。北都区域民は、想定を超えた余りの出来事に、北都内を進軍する極東軍をただ黙って呆然と見送るのみであった。
それは解放軍兵士にとっても同様で、央都の動きに関してはある意味、心の準備が出来ていたと言えなくもないが、予想だにしなかった極東からの、つまり背後からの攻撃に解放軍は統率を失い、そして敗走を開始した。
その混乱に拍車をかけたのは、指揮官である桃佳の不在である。あの和平交渉が行われた月女から戻ってきたのは、蒼衣だけだったのだ。当然ながら果蓮は戦時中捕虜の扱いで、今は政府軍の管理下に置かれている筈だった。既に処刑されていなければの話だが。
しかし、その乱れた指揮系統を再構築するきっかけは、蒼衣によってもたらされていた。和平交渉の席で果蓮が敵に拘束された際、彼女は蒼衣に向かって言葉を残したのだ。
*****
「蒼衣っ! 莉亜奈に伝えろっ! 北都を頼むと!」
そのまま連行されていった果蓮の背中を呆然と見送りながら、蒼衣は怒りに震えた。彼女は、自分が生きてきた人生で、ここまで激しい憤怒に身を委ねたことが一度として有っただろうかと、他人事のように思うのだった。
頼りなくて、いつも理央にイジられていた、あの気の弱い蒼衣は何処に行ったのだ? 自分の意思とは関係なく、この身体を支配しつつある感情の高波は、いったいどこまで続くのか? 蒼衣は目が眩むような不安を抱きながらそれを見上げた。
「蒼衣さん? 貴方には解放軍に戻って、事の成り行きを報告して貰います。貴方まで拘束してしまったら、宣戦布告したことになりませんからね」
そう言って彼女の肩に手を置く葉琉。しかし蒼衣は、腕を振ってその汚らわしい手を払いのけた。
「葉琉! 貴っ様ぁっ!!!」
蒼衣は葉琉の胸ぐらを掴み、殴り掛からんとした。しかし、それを背後から羽交い絞めにして止める者がいた。政府軍の双葉だった。
「蒼衣さん、落ち着いて下さい。事態は進行中です。私が荒川沿いまでお送りしますので、今は一刻も早く基地に戻って報告を」
その言葉を聞いた途端、蒼衣は脱力し、固めた拳を解いた。葉琉は掴まれて乱れたリボンタイを調え直すと、蔑むような視線を蒼衣に向けてから踵を返し、そして部屋から出て行った。桃佳は最初から、興味も無さそうな顔を背けたままティーカップを傾けていた。
項垂れる蒼衣は、双葉に支えられるようにして、トボトボと会場出口に向かって歩き出したのだった。
*****
「わ、私に?」
目を見開いて険しい表情をする莉亜奈に、蒼衣は黙って頷いた。
「そんな・・・ 無理よ。果蓮さんの代わりなんて」
莉亜奈はしり込みしたが、横で話を聞いていた梨沙は静かに語り出した。
「気持ちは判るわ、莉亜奈。でも果蓮は良く言っていたのよ、貴方のことを。本人には言ってなかったのかもしれないけれど、彼女は貴方にリーダーシップを求めていたの。貴方にはその素質があるって。それは私たちも同意するわ」
そう言って梨沙は空の顔を見た。すると、いつもいがみ合っている筈の空も、梨沙に同意するように頷いた。
「私も梨沙も、貴方の冷静な判断力には一目置いているの。貴方の指示であれば、私たちは聞く準備は出来てるわ。果蓮の後釜は他の誰でもない、貴方なのよ。莉亜奈」
「私が軍を指揮・・・」
「そしてもう一つ、伝えなきゃならないことが有ります」蒼衣が話を引き取った。「あの和平交渉の会議場から、荒川の葛西橋まで送ってくれた人がいたんです。彼女は政府軍の司令官で、確か名前は双葉さんだったと・・・ ご存じですか?」
三人は顔を見合わせてから首を振った。
「その双葉さんが、ある人物にコンタクトを取れと言い残して帰っていったんです」
「走れ走れ走れ! モタモタしてる奴は、私がケツに銃弾をぶち込むからな! 死ぬ気で走れ、愚図どもっ!」
交錯する銃声に負けない程の、由莉絵の怒号が聞こえた。北戸田のイオンモールで繰り広げられている銃撃戦だ。笹目橋、幸魂大橋を渡って侵入してきた央都軍と、ブルーフォースを主力とする解放軍の戦闘である。しかし、人海戦術で湯水のように兵員を補充する央都軍相手に解放軍は劣勢を強いられ、ジリジリと後退を余儀なくされている状況だ。駐車場脇の植え込みに身を隠しながら反撃しつつ、彼女たちは退路を模索していた。
前方から駆け戻って来た理央が、由莉絵の横に転がり込んできた。
「クレイモア設置完了!」
「よしっ。イオンの右側を通って100メートル後退!」
すぐさま由莉絵の指令が伝達され、交互にカバーし合いながらブルーフォースが徐々に後退すると、それと呼応するかのように、駐車場の車両の陰に潜んでいた央都軍兵士たちが徐々に前進を開始した。そして敵の先頭グループが、遮蔽に好都合ないすゞ製の小型トラックの横に到達した時、M18対人指向性地雷の信管が発火した。
その衝撃で周囲の車両数十台のガラスがザラメのように崩れ落ち、併せて不幸な央都軍兵士二名が、内臓を飛び散らかしながら吹き飛んだ。そのうちの一人は胸から下を失って、身軽になった身体を隣の車両のボンネットに乗せていた。彼女の血に染まった制服の裾からは、もう包んで守るべき乳房を失った、用無しのブラジャーが寂しく垂れていた。
時を同じくして別の場所でも地雷が炸裂すると、央都軍兵士たちは足を止めた。爆発と同時に放射状に飛散した細かな鉄球が、直撃を受けなかった兵士にまで襲い掛かって体中を貫通する。それがクレイモアだ。もし身を隠す車両が無ければ、半径50メートル以内の央都軍兵士たちは、その全てが無残な死に方をした筈である。先の兵士たちのように無残な死に方をしたくなければ、警戒を怠ってはならない。彼女たちはその歩調を極端に落とさざるを得なかったのだ。
そうやって獲得した時間的な猶予をフルに使い、ブルーフォースは敵と接触しないエリアにまで後退した。
「鈴望さんという名前だそうです。私はその方を知らないのですが・・・」
「鈴望・・・? 聞いたこと有るような無いような・・・」空が点女を見上げるような仕草で言った。
「その鈴望さんがどうしたというの? どうして私たちが、その人に遭わなきゃならないの?」
莉亜奈がじれったそうに聞くと、蒼衣は困ったような顔をした。
「私にも判りません。ただ、詳しい話は、奈々香さんに聞けと仰っていました」
「奈々香に!? なんで政府軍の司令官が、解放軍の一兵士である奈々香のことを知っていると言うの!?」
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