5・2
極東は央都との間に緩衝地帯としての北都の存続を望んでおり、北都の央都化だけは何としても避けたいと考えているはず。そういった意味で極東の思惑は明確だが、央都軍対比、軍事力で劣る解放軍にとっては、東・央のパワーバランスによって事態の鎮静化を図れるのであれば、それは有難いというのも揺るぎようの無い事実でもある。結局、解放軍と政府軍の間に勃発した北都内戦は、大国である東・央の代理戦争の様相を呈しつつあると言えたが、解放軍としてはやむなしと判断するに至っていた。
莉亜奈としては、極東が信頼のおける相手とは思えず反対の立場ではあったが、軍部の総意として、結局、極東軍を受け入れることに同意したのだった。
会見は江戸川沿いの極東区域、国府台洋和女子高等学校にて行われた。解放軍側からは幕僚長の果蓮と、最近の彼女のお気に入りである蒼衣が付き従っている。いくら平和的な会見申し入れとは言え、極東区域内に入ってのことであることを考えれば、No.1の果蓮以下、主要な幕僚が揃って顔を出すわけにはいかない。最悪の場合を想定した、従者選定であると言えよう。
一方、極東軍からは、書記長である葉琉と元帥階級を持つ陽菜が参加していた。書記長という立場が、実質的に区域のトップであることは知られているが、ある意味、霧のベールに包まれている極東において、陽菜がどういった立場なのかは不明だ。しかし、メッセージの送信者である陽菜が、軍を統括しているとみて間違いないだろう。
会は和やかな雰囲気で始まった。「得体の知れない」といった形容をされがちな極東ではあったが、実際に顔を突き合わせてみれば、やはりどちらも女子高生。極東の彼女たちが身に着けているグレーのチェックのスカートは、図らずも、蒼衣の母校である与野副女の冬服と似ていたし、首に巻いたストライプ柄のえんじ色のリボンタイも可愛らしい。結局、取り留めも無い雑談が続くのだった。
苺ジャムを落とした紅茶とパンケーキで軽く腹を満たした四人は、その後に出てきたデザートのロールアイスクリームに歓声を上げる。
「わぁ、すごーーぃ!」
「モエるぅーーーーっ!」
「こ、これ、SNSに上げてもイイですか!?」とは蒼衣の言いようだ。
葉琉はニコニコしながら頷くと、「私も撮っておかなきゃ」とスマホを取り出した。
皆して、このフォトジェニックなスイーツを写真に収め、舌鼓を打った後は屋外に出て、江戸川河川敷の散歩が始まった。その辺に落ちていた小石を拾った蒼衣は、「エィッ!」と江戸川に向かって投げたが、それは川の遥か手前の草むらに力無く吸い込まれてゆく。
それを見た陽菜は、蒼衣のよりももう少し大きめの石を拾い上げた。
「ダメですねぇ、蒼衣さん。こうやるんですよ」
そう言って野球選手のような華麗なフォームを披露した。彼女の投じた石は、長い滞空時間の後に、ポチャリと江戸川に飲み込まれ、蒼衣の拍手と歓声が続いた。
「すごーーーぃ、陽菜さん、すごーーぃ!」パチパチパチパチ・・・。
石投げに興じる二人を遠巻きに見ながら、果蓮と葉琉は土手に座り込んでいた。
「果蓮さん。先の央都軍との戦闘はお見事でした」
来たな、と果蓮は思った。ここからが本題だろう。
「ありがとうございます、書記長」
「葉琉と呼んで下さい」
「はい、それでは葉琉さんと」
葉琉はにこやかな微笑みを果蓮に返した。
「我々はあの戦況を注視しておりましたが、感服いたしました。あれだけの大規模な敵の攻勢を完膚なきまでに跳ね返した手腕は、かなりのものと言わざる負えません」
「恐縮です。我が軍に優秀な分析官がいたのが幸いでした」そう言って陽菜と戯れている蒼衣を見た。「彼女の洞察力が無ければ、あそこまでの戦果を上げることは出来なかったでしょう」
「そうでしたか。蒼衣さんが」
さぁ、世間話はこれ位で十分だろう。極東軍が解放軍に接触してきた、本当の理由は何だ? その腹に抱えるモノを曝け出せ!
「ところで果蓮さん。腹を割ってお話しさせて頂きたいのですが・・・」
「何でしょう?」
「果蓮さんは、このまま央都軍との全面戦争に突入した場合、勝算はお有りですか? ごめんなさい、不躾な質問で。お気を悪くされたのなら謝ります」
「いいえ、葉琉さん。私も軍略家の端くれです。自軍の戦力に、そこまでの幻想は抱いておりません。央都軍から物量にものを言わせた戦争を仕掛けられた場合、我々は劣勢に立たされることは間違いないでしょう。
無論、我々とてムザムザとやられるつもりなど有りませんが、根拠に乏しい精神至上思想や非科学的な根性論、或いは狂信的な玉砕主義で兵を戦場に送るのは、指揮官として最も恥ずべき行為だと認識しております。そうならないためにも、早々に内戦を ──つまり政府軍との戦争を── 終結させたかったのですが、私の能力不足ゆえにここまで長引かせてしまい・・・ 遂には央都の参戦という、最悪の事態を招いてしまいました」
果蓮の話にジッと耳を傾けていた葉琉は、満足気に頷いた。
「良かった。果蓮さんが客観的な視点をお持ちで。もし盲目的に勝利を信じておられるような方だったら、どうしましょうって思ってたんです」
「と、言いますと?」
「我が極東が、貴方がたと央都の仲裁に入りましょう。このまま無益な戦いを続ける必要など、全く有りません。勿論、北都がそれを望めばという話ですが、我々の仲介により無駄に流れる血を抑制できるのであれば、喜んで一肌脱がせて貰いたいと思っています。どうでしょう?」
やはり、思った通りだ。極東は解放軍が央都軍に負けるという前提に立ち、その前に手を打ちたいのだ。果蓮は東浦明星の生徒会室での、喧々諤々とした議論を思い出した。だが、改めて問われるまでも無く、解放軍の方針は既に決まっている。このままズルズルと央都との戦争を続けていけば、先にスタミナ切れになるのは解放軍なのだ。それは火を見るより明らかなのだ。
懸念点は残されているが、今は極東の提案に乗るしか選択肢は無い。そしておそらく、葉琉もそのことは認識している。私がこの提案を断ることは無いということを。
「ありがとうございます。我々としても央都との全面対決を回避できるのであれば、ご提案を断る道理はありません。何卒よろしくお願いいたします」
「判りました。喜んで引き受けさせて頂きます。ただし、これには一つだけ条件が有るのです」
そら来た! 何だ? 極東は何が欲しいのだ? まさか江戸川と中川に挟まれた地区を、極東に引き渡せとか? あのエリアは、そこまで魅力的な地域とは言えないが、東京湾にまで出れば、浦安、つまりあの東京ディズニーリゾートが有る。大区域と言えども、経済的には央都に遠く及ばない極東が、それを欲しがる可能性は捨て切れない。
葉琉は果蓮の顔をジッと見据えた。
「条件はただ一つ。先の戦闘以来、川越、富士見、朝霞、和光、赤羽の対岸に展開し常駐している解放軍を撤退させて下さい」
「えっ・・・」
「私としても、手ぶらで央都軍に矛先を収めろと言うわけにもいきません。何かしらの確かな行動として、相手に誠意を見せる必要が有ることはお判りでしょう。その手土産を持って、央都との折衝に当たらせて頂きたい。如何ですか?」
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