§5:宿敵、極東の台頭

5・1

 極東は江戸川から東、房総半島に至るまでの広大な国土を誇る、文字通りの巨大区域だ。東京湾を挟んで、北都、央都、それから南港湾までを見据える軍事大区域であり、農業・漁業大区域としての側面も併せ持つ。経済の面では央都に遠く及ばないが、その無尽蔵の領土が当域を「大区域」足らしめていると言ってよい。

 北部は利根川を挟んで「未開の地」と接しており、その原住民との衝突を繰り返してきた歴史が、極東の軍事的な発達をもたらしてきたことは言うまでもないだろう。この「未開の地」をいかに平定するかによって、極東は更なる超大区域になり得るポテンシャルを秘めているのだった。


 「極東軍の提案に関し、まず私の私見を述べよう」

 この果蓮の言葉から、解放軍の戦略会議が始まった。勿論、先の戦勝の立役者である蒼衣も、この会議への参加が認められていた。

 「ただし、私と異なる考えを持つものは、都度、意見を述べることを許す。ここは皆の頭を持ち寄って、この事案に対する最も有効な対処策を講じようではないか」

 参加者全員が黙って頷いた。

 「先ずは極東の真意を探ってみよう。東の超大区域、極東にとって最大の敵は央都である。この点に関し異論を持つ者はいないと思うが・・・」

 そう言って皆の顔を順番に見回す果蓮に向かって、副官の一人、空が手を上げる。

 「央都軍の戦力が低下している今こそ、我々と協働して央都を潰そうという魂胆ではないでしょうか?」

 しかし莉亜奈は異論を唱えた。

 「ですがその思惑は、我々解放軍が今回の件の報復として、央都内に侵攻するという前提が無ければ成り立ちません。しかし我々には、央都とのいざこざをそこまで大ごとにする意思が無いことは、極東も知っているでしょう」

 「でも央都軍は、この北都区域内に侵略の意図をもって、あの作戦行動に出たことは明白よ。つまり我々には報復に出る大義名分が有るわ」

 空が食い下がったが、彼女と同期の梨沙がたしなめる。

 「大義名分があると言うなら、ブルーフォースが央都区域内での活動を開始した時点で、彼女たちには解放軍に報復する大義名分が有ったと言うべきでしょ? 違うかしら?」

 どうやら空は、心の底から央都軍が嫌いなようだ。半ば感情的になりながら言う。

 「でもあっちだって、政府軍と同盟を結ぶ前から央都軍兵士を参戦させていたわ。それって、お互い様じゃない?」

 この発言を機に、各自が好き勝手にしゃべり始めて、東浦明星の生徒会室は、黄色い喧騒に包まれた。その場で声を発していない者は、腕組みをしながら目を瞑っている果蓮と、借りてきた猫のようにチョコンと座る蒼衣だけだ。いやむしろ、いきなり喧嘩を始めた飼い主の間に挟まれて、どうしたらいいか判らずキョロキョロする仔犬と言うべきか。


 バンッ!!! 「いい加減にしろ、お前たちっ!」


 遂に堪りかねた果蓮がテーブルを叩き、一喝した。全員が口を開けたまま、彼女の方を向いて固まる。ただし蒼衣だけは、果蓮のこめかみの血管が切れる音に気付いていて、亀のように首をすくめていたのだった。

 「論点をぼやかすんじゃない、馬鹿者どもっ! 今は恨みが有るとか無いとか、正当性がどうだとか、そんな話をしているんじゃない! 極東の真意が問題なのだ!」

 皆がシュンとなった。果蓮は一つ長い息を吐いて、怒りを封じ込めてから続ける。

 「最後に莉亜奈が発言した通り、『一緒に央都を討ちましょう』って意図ではないとしたら、いったい何なんだ? 彼女たちの狙いは何だ?」

 大人しく莉亜奈が挙手をした。叱られて反省した子供のように。

 「言ってみろ、莉亜奈」まだ若干、怒っているようだ。

 「はい。やはり極東としては、北都が存続することを望んでいるのではないでしょうか?」

 「続けろ」

 「つまり宿敵である央都との間に、干渉地帯としての北都が健全に存在してこそ、極東の安定が保たれると考えているのではないかと思われます」

 「ふむ・・・ それは合理的な判断だな。極東は利根川沿いに、未開の地との戦闘地域を抱えている。もし北都が消え失せ、央都と直接接するような事になったら、とても戦線を維持できなくなるだろう。この意見に異を唱える者は?」

 皆、黙って首を振った。蒼衣はブンブンブンと盛大に首を振った。

 「じゃぁ、先の戦いで我々が勝利した、このタイミングで接触してきたのは何故だろう? 私はどうしてもこの点が腑に落ちなくてな。もし莉亜奈の言う通り、北都の存続を望んでいるのであれば、今はもう少し様子を見るべき時ではないのか?」


 しかし、この果蓮の問題提起に関しては、誰も決定的な意見を述べることが出来ず、ただ俯くしかなかった。恐る恐る手を上げた蒼衣以外は。

 「蒼衣」果蓮は頷きながら発言を促した。

 蒼衣はゴクリと唾を飲み込んでから言った。

 「極東は北都が負けると踏んでいるのではないでしょうか」

 生徒会室の空気が、いきなりピリリと引き締まった。いつもは気が弱くてオドオドしているくせに、こういった時の蒼衣のクソ度胸は見上げたものだ。彼女は臆することなく、果蓮を見つめ返しながら持論を展開した。

 「確かに、先日の戦闘では我が軍が大勝利を収めました。しかし圧倒的物量と規模で態勢を整えた央都軍の前では、解放軍が勝ち続けるは無いと考えているとしたら・・・ 北都全域が央都の手中に落ちてしまう前に、その芽を摘み取ろうと考えるのではないでしょうか」

 皆は押し黙った。暫くの沈黙の後、果蓮がようやく口を開く。

 「我々が負ける前提か・・・ 随分と耳の痛い意見だが、確かに耳を傾ける価値は有るな。よし判った、蒼衣。お前はこの作戦立案室に戦況分析官として常駐せよ。情報保全隊から統合幕僚本部に異動を命じる」

 「ははは、はいっ!」

 目を丸くした蒼衣が椅子から立ち上がった。そして気を付けの姿勢を取った時、こちらに向かってこっそりと親指を立てる莉亜奈の姿を視界の隅が捉えた。蒼衣は莉亜奈に向かってペロリと舌を出し、テヘッと照れ笑いしてみせた。

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