4・3

 結局、今回の央都軍による大規模な作戦は、失敗に終わっていた。双葉が暫定的に指揮をした赤羽の部隊だけは善戦をしたと言えなくも無かったが、それで戦局が左右されるわけでもなく、当初の目的である北都区域への進入も成し遂げてはいない。作戦の全体像を俯瞰してみれば、荒川西岸ラインの各部隊が揃って北都侵攻を果たしてこそ戦略的な意味合いを持つわけで、一つの駒 ──つまり赤羽部隊だけが── 踏ん張ったところで、既に作戦の意義は消失していた。正確に言えば、蒼衣が央都軍の動きを察知した時点で、この作戦の成否は決していたわけだ。


 三田女の音楽室では、桃佳がベヒシュタインの前に座り、しきりと爪を噛んでいた。後ろに控えていた千夏が、気遣わし気に声を掛ける。

 「申し訳ありませんでした、桃佳様。私は至らないばかりに、北都解放軍の行動を予見できず、まんまと大打撃を被ってしまいました。かくなる上は、各部隊の指揮官は皆 ──善戦した赤羽を指揮した双葉副司令官は、この対象外と存じますが── 私も含めいかなる処罰も謹んでお受けする所存でございます」

 桃佳の背後で項垂れる千夏に、険しい顔をしていた桃佳はフッと表情を緩めた。もしかしたら、その時初めて千夏の存在を思い出したのかもしれなかった。

 「気にする必要は無いわ。この大敗の要因は現場の指揮官には在りません。むしろ戦略的判断を下した私が、敵の諜報能力を過小評価したからに他なりません。皆さんの働きには、労いの言葉を送るべきでしょう。

 それに赤羽部隊の損害が少なかったのは、立地が味方したから。もしあの中州が無ければ、さすがの双葉さんとは言え、成す術が無かったと思います」

 「そのご温情、深く心に痛み入ります」千夏はさらに深く低頭した。

 「敵のスナイパーが大きな支障になったと聞きましたが?」

 「はい。解放軍はこちらの想定以上のスナイパー数を確保しています。おそらく中隊規模の人員を擁しているのではと推察されます」

 「それは厄介ね・・・」桃佳の表情が曇る。

 「おっしゃる通りです。おそらく解放軍は、我々が政府軍と同盟を結んだ時点で、物量戦ではなくゲリラ戦への移行を念頭に置いた兵員構成を模索し始めたのではないでしょうか」

 「なるほど、判りました。それでは各部隊の損害状況を報告して頂戴」

 「はい、川越、富士見、朝霞、和光の各部隊は、兵力の七割から八割を失いました。一方、赤羽部隊は二割弱の損失に留まっております。地勢が優位に働いたとはいえ、双葉副司令官の力量は卓越していると判断せざるを得ません」

 「そう?」

 何故か桃佳は嬉しそうな顔をして、Cmaj7の和音をポロロンと鳴らした。



 「オーーーホッホッホッホ。央都軍がケチョンケチョンにやられたですって? いい気味だわ。はぁ、あの女の吠え面を見たかったわ。オーホッホ」

 清女の校長室、つまり北都政府軍の総理大臣執務室に妃代の高笑いが響いていたが、彼女の机の前に立つ双葉は、その態度に苦言を呈した。

 「総理、お言葉を慎み下さい。かりにも央都軍は我々の友軍なのですから」

 途端に妃代は、つまらなそうな顔に戻る。

 「やめてよ、双葉。二人っきりの時は友達だって言ったじゃない。それに今回の作戦に関し、何の事前通達も無かったのよ。それのどこが『友軍』と言えるわけ? おおかた私たちを差し置いて解放軍をやり込めて、でかい顔しようと企んだのに違いないのだから」

 「うん。でも、さすがに今回の件に関して、何も反応しないというのはマズいんじゃないかしら? だって妃代、貴方は政府軍の首相なのよ。ここは大人の対応をして頂戴」

 「貴方がそう言ってくれるのは嬉しいけれど、私はもう戦争には興味は無いわ。だって私、あのお嬢様のお計らい・・・・によって、政府軍の指揮権を失っているんでしょ? 貴方が対応しなさいよ、司令官閣下」

 「やめて、そんな言い方。私だってあの人に関わるのは嫌なんだから」

 途端に妃代の顔がパッと明るくなった。

 「でしょ!? もう、双葉ったら~。心の中ではそう思ってたんなら、早くそう言いなさいよ。いっつもいい子ちゃんぶって、嫌な娘ね双葉ったら」

 「それはこっちの台詞よ。だって貴方があんな・・・だから、私が取り繕うしかないじゃない。貴方はいつも言いたいこと言ってスカッとしてるかもしれないけど、私はムカムカしっ放しよ」

 「アハハハ。やっぱり貴方って最高ね!」



 央都の侵略を完膚なきまでに跳ね返した解放軍内には、一時的とはいえ、戦勝ムードが漂っていた。むしろ政府軍との消耗戦に突入して以来、疲弊し切っていた彼女らにとって、この勝利は活力を取り戻し自分たちを奮い立たせるネタとして、喉から手が出るほど欲しかったものだ。果蓮は、自軍の兵士たちが一時的な勝利に浮かれ酔いしれるのを、あえて黙認していた。指揮官により発せられる百の言葉よりも、一の勝利が兵士にとって不可欠な糧となり得る好例だろう。

 「莉亜奈。あの娘を呼んでくれるか? ほら、情報保全隊の・・・」果蓮が言った。

 「蒼衣でしょうか?」

 「そう、蒼衣だ」


 東浦明星の生徒会室に呼び出された蒼衣は、相変わらずのカチカチだ。その緊張が伝わってきて莉亜奈も落ち着いていられない程である。だが果蓮は、そんな蒼衣が可愛いのか、ニコニコしながら彼女の功績を労った。

 「蒼衣、今回はよく働いてくれた。お前のおかげで央都軍を蹴散らすことが出来たと言っても過言ではないだろう。本当に感謝する」

 果蓮の男っぽい口調にも、どことなく優しさが滲んでいる。しかし蒼衣の緊張は解れることは無く、相変わらずの直立不動だ。それを見ている莉亜奈は、我が子を、いや我が妹の晴れの舞台を見守るような気分で、何だかハラハラし通しである。

 「とんでも御座いません、幕僚長。私はたまたま、敵地区の通信量の増大に気付いただけで、大したことはしておりません。私などよりむしろ前線で戦った兵士たちこそ、そのお言葉を受ける資格があるものと心得ております」

 「うむ。そうか」

 「それより幕僚長。たった今、幕僚長宛に重要な通信が入りました。これです」

 そう言って蒼衣は、手にしていたメモを差し出した。それを受け取った莉亜奈は、そのまま果蓮に手渡そうとしたが、それを右手で制しながら果蓮が言った。

 「読み上げてみろ、莉亜奈」

 「はい」


 ─ 北都解放軍幕僚長さまへ。。

 ─ なんだか最近、解放軍へのすきぴ度増してるなぁ、、、増し増しだぁ、、、

 ─ あの央都軍を秒でバイバイなんて、沸いた!!!!

 ─ きゅんきゅんしました。。。マジ卍卍卍卍

 ─ だってあっちパリピ多すぎて、私らの肩身が狭いっしょ

 ─ 一度、ガッツリ逢いたいな。央都にはヒミツだよ!

 ─ おつあり、、、くうぅ、、、

 ─ 極東軍元帥 陽菜


 莉亜奈と果蓮が驚愕の眼差しを交差させた。

 「幕僚長! 極東軍から秘密裏に接触したいとの打診です!」

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