§4:北都解放軍 対 央都軍

4・1

 「莉亜奈っ! 大変っ!」

 東浦明星(東浦和明星学園)の生徒会室、つまり解放軍、統合幕僚本部の扉がバンッといきなり開いて、飛び込んできたのは蒼衣だった。しかし、その室内に勢揃いした幕僚長を始め、錚々たる面々を見て小柄な蒼衣がさらに縮こまる。

 地図を広げたテーブルを囲んでいた、解放軍の頭脳集団の中にいた莉亜奈が慌てて駆け寄った。

 「どうしたの、蒼衣。ここは作戦立案室よ。勝手に入ってきちゃダメじゃない」

 「あ、あの・・・ でも、どうしても莉亜奈に伝えなきゃって・・・」

 すると一番奥に陣取っていた、幕僚長の果蓮が言った。

 「どうした、莉亜奈? 妹さんか?」

 「いえ、与野副女時代の友人で・・・」

 すると蒼衣が莉亜奈を押しのけて名乗りを上げた。

 「情報保全隊の蒼衣です! この度、央都軍の不穏な動きを察知しましたので、報告に上がりました!」

 「ほぅ、央都軍が?」果蓮が目を細める。「よろしい、蒼衣。入室を許可しよう」


 直立不動の姿勢のまま、蒼衣が報告する。その緊張が見ている者にも伝わって来そうだ。

 「ここ数日、央都軍側でのLINEの通信量が大幅に増大しております。不審に思い、主要な基地局に毎にそのパケット数を精査してみたところ、赤羽、和光、川越の各基地局において、顕著な増加が認められました」

 莉亜奈が口を挟む。

 「赤羽、和光、川越・・・ 蒼衣、貴方それって・・・」

 しかし果蓮は莉亜奈に釘を刺した。

 「莉亜奈。友人の報告は最後まで聞け」そして果蓮は蒼衣に向き直り、優し気な表情で報告を促した。「それで? 蒼衣はそれをどう評価する? お前の意見を聞かせてくれ」

 蒼衣はゴクリと唾を飲む。

 「はい。この三都市、いずれも現在の戦線から北に位置し、全てが荒川沿いに当たります」

 「うむ。つまり?」

 「つ、つまり・・・ 央都軍が我々に対し全面攻勢に出る準備を、着々と進めつつある可能性を示唆するものと愚考いたします!」



 「いいか、よく聞け!」

 川越にある前線基地、星高等学校において兵員を前にし、央都軍副司令官である千夏が直々に訓示していた。

 「これは北都内戦への干渉に有らず。我らが麗しの央都、そして央都軍の尊厳を守る戦いである」

 校庭に勢揃いした央都軍兵士は、一糸乱れぬ完璧な整列を維持したままそれを聞いている。

 「あの卑劣で愚鈍な北都解放軍が我々の聖域に土足で上がり込み、月島女子高等学校を汚らしい毒牙で蹂躙したことを思い出せ。月女は我々、央都女子高連合のメンバー校であったことを忘れるな。北都政府軍は当てにならん。今こそ我ら央都軍が前線に立ち、北都の田舎者を蹴散らす時だ」

 ここで千夏は、自分の言葉を兵士たちの心に浸透させる為、更に自らの言葉に重みを与えるための僅かばかりの沈黙という、時間のトリックを用いた。

 「何者も我々の進攻を阻害することは出来ない。さぁ、あの豚どものケツを引っぱたき、央都の威厳を見せつけるのだ! さすれば、央都軍の威光の前に、奴らはひれ伏すことになるだろう! 諸君らが最強であることを、この戦場で証明せよ!」


 うぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!


 央都軍兵士たちの、地響きのような雄叫びが轟いた。その士気の高さを見て満足気に頷いた千夏は、右手を掲げて高らかに宣言した。

 「今こそ北都のウジ虫どもを殲滅する時だ! 進軍開始っ!」


 朝の4:30。街がまだ眠りから覚め切らぬ早朝に、央都軍の大行軍が開始された。しかもそれは、川越だけでなく、富士見、朝霞、和光、赤羽に至る荒川西岸ラインにおいて、同時刻に組織的に始まったのだった。

 央都軍の目的は明白だった。それは、東京湾から荒川沿いに約50km以内に限定されていた戦線を一気に拡大させることによって、物量に任せた体力で解放軍を圧し潰そうという『富める国の戦争』へと、北都内戦を変貌させようというものだ。10発撃って1発当たればそれでいい。それが央都軍の戦争だ。



 川越の大隊が西大宮バイパスを通って荒川を越えようとしていた頃、時を同じくして赤羽の大隊が新荒川大橋を渡っていた。その後方、赤羽の前線基地となっていた聖女子学院高等学校では、総司令官の桃佳が校長室のソファに座り、スマホを耳に当てていた。

 「あら。礼節を重んじる貴方とは思えぬ発言ですこと。まぁ、私と貴方との仲です。回りくどい言い方ではなく、はっきりとした物言いだと考えておくことにしましょう、双葉司令官」

 『・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・、・・・・・』

 「つまり、我々央都軍が北都の内戦に干渉しているとでも?」

 『・・・・・・・・・』

 「それは政府軍の総意と捉えても良いのかしら? それとも貴方の個人的な見解?」

 『・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・』

 「ホホホホホ、冗談ですよ、双葉さん。と言うか、貴方の意見が北都政府軍の意見であると、私は認識しているということです。私は常々思っておりましたの。あの方・・・には北都、ひいては北都政府軍の舵取りなど任せられぬと」

『・・・・・・、・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・』

 「大丈夫です。既に央都政府と北都議会の間で、話は付いていますから。貴方は心配せず私の言う通りにしていれば良いのです」

 『・・・・・・・・!? ・・・・・・・!』

 「これはもう決定事項なのですよ、双葉さん」

 『・・・・!?』

 「そうです。本日6:00時をもって、北都政府軍は暫定的に央都軍の、つまり私の指揮下に置かれます。そして、現総理大臣に付与されていた指揮権を剥奪し、名実ともに政府軍の頂点に貴方を据えることといたします。今日から貴方は、政府軍の司令官という肩書と共に、央都軍副司令官として私と共に戦うのです。

 私が最も信頼を置く千夏と同格の統合参謀本部副議長ですよ。如何かしら? 私の副官の一人として名を連ねる気分は」

 『・・・・・・・?』

 「えぇ、これはあくまで暫定的な処置となるでしょう。この泥沼化した内戦を平定後は、貴方には別の立場を与えることになると思います。その件に関しても、私には腹案が有りますの。楽しみにしていて下さるかしら? ホホホホホ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る