3・4

 三人のライフルが一斉に火を噴いた。その凄まじい連射によって、こちらのビルと茶色いビルの窓ガラスが盛大に飛び散った。直ぐに硝煙が立ち込めて、先が見えなくなってしまったが、理央も歩奈も、一心不乱に引き金を引き続けた。

 そんな二人を現実の世界に引き戻したのは、希悠の声だ。

 「撃ち方止めーーーっ!」

 その声が届かなかったら、おそらく二人とも、マガジンが空になるまで撃ち続けたに違いない。

 「オッケー。手ごたえは有った?」

 冷静な希悠の問いに、理央は呼吸を荒くしながら答える。

 「多分。最初の1・2発は命中したんじゃないかと思います」

 「歩奈は?」

 彼女も肩で息をしていた。

 「私は・・・ 自信ありません。すいません・・・」

 「いいよ、いいよ。私も手応えは有ったから、多分、大丈夫だよ。じゃぁ、二人は向かいの茶色いビルに行って、敵の破壊を確認してきて。私は隊長に一報入れとくから」

 そう言って希悠は懐から星やハートでカラフルにデコられたiPhoneを取り出すと、「ここ、Softbank入るのかなぁ」などとブツクサ言いながら操作を開始した。


 理央と歩奈は急いで階段を降り、表に出ると道路を横切って茶色いビルに向かった。その際、四階のガラスを消失した窓から顔を覗かせた希悠が、抑え気味の声を掛けてきた。

 「警戒を怠るなよ!」

 振り返った理央は、希悠の方を見上げながら敬礼の仕草で「了解」と伝えた。


 二階まで一気に駆け上がった二人は、三階へ向かう階段をゆっくりと登った。手応えは有った。だから大丈夫なはずだ。しかし万が一を考え、ここは希悠の言う通り、慎重に事を運ぶべきだろう。

 表通りに面していると思われる部屋のドアまで辿り着いた理央は、そのドアノブに手を掛ける。そして後ろを振り返ると、黙って頷く歩奈と目が合った。理央はそれをゆっくりと回す。そして僅かに開いた隙間から内部を窺った。


 室内の照明は落とされたままだ。不規則に乱れた事務机の数々が、混沌とした雰囲気を醸し出している。窓は閉まっていたが、三人が銃弾を撃ち込んだ一角だけはガラスを失い、カーテンがユラユラと風になびいていた。その窓際には机が二つほど並んでいて、おそらく敵はそこに腹這いになって、腰高の窓から狙撃していたに違いない。

 カーテン以外に動きの有るものを察知できなかった理央は、一気にドアを全開にして部屋に侵入した。そのすぐ後に歩奈も入ってきて、理央とは入り口を挟んだ反対側の壁に身体を預けた。理央は左手で合図を送り、左右に分かれて部屋を探索するように指示を出す。階級的には二人に差は無かったが、実戦配備された日が理央の方が早いので、こういった時は理央が上官とみなされるのだ。


 その配列に規則性を失った事務机を迂回し、歩奈が左側を、理央が右側を進む。敵が机の陰に隠れているかもしれないので、慎重に壁際を進む。歩奈は窓側だ。

 一歩踏み出すたびに、敵が潜んでいそうな暗がりや隙間にいちいちライフルを向けて、そして胸を撫で下ろすような時間が過ぎた。そして暫くすると、歩奈が声を掛けてきた。

 「理央。ちょっと来て」

 顔を上げると、歩奈がブラインドの降りた窓を背景にして、事務机の向こうに立っているのが見えた。その姿は全く辺りを警戒しておらず、黙って床を見つめているようだ。多分、敵が死体となって転がっているのだろう。安心した理央は、警戒を解いて彼女に近づいた。

 「どうした、歩奈?」

 彼女の背後から近づいてゆくと、やはりその足元に横たわる何者かの姿が目に入った。そして歩奈と肩を並べて見下ろした時、理央は思わず息を飲んだ。

 「き、金髪・・・ 外国人か?」

 二人の足元に横たわっていたのは、金髪にグリーンの目をしたお人形のような少女だった。しかもその娘はまだ息が有るようで、うつろな目をしたまま、しきりに言葉にならない声を発している。

 「私、この制服、見たことある。麻布のウイザード女子高の制服よ」

 本人の流血で真っ赤に染まった制服を指さす歩奈に、理央が聞き返す。

 「麻布だって!? それって、央都軍じゃねぇかっ!?」

 「やっぱり央都軍が兵員も出しているって噂は、本当だったみたいね」

 理央は何だか嫌な感じがして言った。

 「んな事はいいから、さっさと止め指して引き上げようぜ」

 そしてホルスターから拳銃を抜くと、それを歩奈が止めた。

 「待って。この娘、お祈りを唱えてるんだわ。それくらいはさせてあげて。私もクリスチャンなの・・・ お願い」

 理央は歩奈の顔をまじまじと見つめたが、こう面と向かってお願いされては断ることも出来ない。彼女は「チッ」と舌を鳴らして拳銃を仕舞うと、歩奈に向かってこう言った。

 「んじゃぁ、歩奈。そのお祈りとやらが済んだら、お前が始末しろよな。あたしはあっちで希悠先輩に報告を入れてるから」

 「うん、判った」

 そう言って部屋の入口あたりまで戻り、理央は友人たちから「男物か?」とからかわれ続けた武骨なAndroidを取り出した。「まだ、隊長と話してるかな?」そう思いながら、アドレス帳を開いてスクロールする。


 歩奈の足元では、相変わらずウイザード女子高の兵士がお祈りを口にしていた。そして最期に彼女が「エイメン」と唱えると、歩奈も両手を組んで目を瞑った。

 「エイメン・・・」

 暫くの黙祷の後、目を開けた歩奈が最初に見た物は ──そしてそれは、彼女が見た最後の物でもあった── 央都軍兵士の右手が構えるM1911の銃口だった。歩奈はそれを、天使の輪みたいだと思った。


 パンッ・・・。


 その音を聞いた理央は、希悠とスマホで会話をしながらも、「やっと終わったか」と視線を巡らせた。しかし、向こうの窓際に立っていた歩奈のシルエットがドサリと崩れ落ちる瞬間を目にし、一瞬にして逆上した。

 「歩奈ぁぁぁっ!」

 スマホを放り投げて駆け寄ると、床に倒れた歩奈の向こうに、先ほどと同じ姿勢で仰向けに倒れている央都軍兵士が見えた。理央は構えていたライフルを横たわる敵兵に向けたたまま、ガツガツと近付く。よく見れば、敵の右手には見慣れぬ拳銃が握られているではないか。その銃によって歩奈が撃たれたことは明白だ。理央は右手にグィと力を込めて、その引き金に力を込めようとした。

 「貴様ぁぁぁぁぁっ!」

 しかし、その央都軍兵士は既に息絶えていた。天井を見上げるその美しい緑色の目は、もう何も映し出してはいないようだ。理央は「クソッ!」と吐き捨て、そして歩奈に駆け寄った。

 「歩奈っ! 大丈夫かっ!?」

 抱き起した歩奈の茶色い目も、同様に何も映し出してはいなかった。



 茶色いビルから出てきた理央を、表通りで待っていたのは希悠だった。理央が肩に担いでいる、歩奈の小さな身体を見て希悠は言った。

 「ごめんね。私が行けばよかったね」

 体温を失いつつある歩奈に手を添えた希悠に、理央は言った。

 「先輩のせいじゃありませんよ。歩奈は優し過ぎたんです・・・」


 歩奈の重さを直に感じて、丁度、蒼衣と同じくらいだろうかと理央は思う。そして連鎖的に奈々香が思い出られるのだった。

 狙撃兵とは、なんと孤独な戦いを強いられているのだろう。死ぬ時だって一人っきりだ。遺体を運んでくれる仲間もおらず、身体はウジ虫とゴキブリに食い散らかされながら腐ってゆく。そんな最期と背中合わせの毎日を、奈々香は送ってきたというのか? そして今日も、そんなクソみたいな戦いを続けているというのか?

 彼女の置かれている立場を、今更ながら実体験として理解し ──今まで、それを汲み取ってあげようとすらしていなかった、思慮の浅い自分がいた── 理央の胸は張り裂けそうだった。

 「で、副隊長はどうでしたか?」

 希悠は黙って首を振った。

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