3・2

 それはいきなりだった。先頭を歩いていた沙由美が、突然、崩れ落ちた。そしてほんの少しのタイムラグを伴って、発砲音が届く。


 タンッ・・・。


 片側二車線道路の右側の歩道を進んでいた理央たちに、何処かから一発の銃弾が浴びせられたのだ。発砲音の遅れからして、かなりの遠隔からだった。

 「狙撃兵!」

 最後尾を歩いていた、ブルーフォース隊長である由莉絵が大声を上げると、全ての隊員は速やかに車や植え込み、配電ボックスや建物などの陰へと散開した。先頭の沙由実を除いては。

 「隊長っ! 副隊長が撃たれました!」

 希悠は路上駐車してあった車の陰に飛び込みながら報告した。

 「沙由美っ! 報告しろっ!」

 由莉絵の問いかけに沙由美が応える。

 「すいません、撃たれました。右足です・・・ くっそぉ」

 そう言って沙由美は、肩に背負っていたコルトのM4カービンを持ち直すと、伏せ撃ちの射撃姿勢を取った。先頭を歩いていた彼女は、撃たれた瞬間に敵の位置を視認したのだろう。しかし由莉絵がそれを制した。

 「やめろ! 沙由美!」

 由莉絵が言い終わるよりも早く、沙由美の身体に銃弾がめり込む音が聞こえた。

 ボッボッボッ。

 「うがぁぁぁぁーーーっ・・・」

 そして少し遅れて三発の発砲音だ。


 タンタンタンッ・・・。


 敵狙撃兵の放った銃弾は、沙由美の顔、肩、胸に容赦なく食い込み、悲痛な声が街に木霊した。

 「副隊長ーーーっ!」

 理央が沙由美の救出に向かおうと身体を乗り出した瞬間、力強い腕が彼女の肩を押さえ付けた。ビックリして振り返るとそこには、黙って首を振る由莉絵がいた。

 「行くな、理央」

 「で、でも副隊長が・・・」

 「それが奴の狙いだ。私たちが沙由美を助けようと出てきたところを撃つつもりなのさ。だからとどめは刺さないんだ」

 そう言って顎をしゃくって沙由美を指した。撃たれた沙由美は何とかして横向きになると、「ゲホッゲホッ・・・」と咳き込んだ。肺に穴が開いて、横向きにならないと呼吸できないのだ。

 「でも、早くしないと副隊長が・・・」

 そう言いかけた理央を右手を上げて制した由莉絵は、ビルの陰ギリギリにまで近寄ると、沙由美に向かって再び問いかけた。

 「沙由美! 敵の位置は何処だ!?」

 それを聞いた沙由美は、そこを指差そうと左手を上げかけたが、それを由莉絵が止めた。

 「指を差すなっ! また撃たれるぞ! 言葉で伝えろ!」

 しかし顎を撃ち砕かれた沙由美は、もう意味のある言葉を発することが出来なくなっていた。血液の溜まった口からは、ゴボゴボと湿った音が聞こえるだけだ。

 「くそ、ダメか・・・ モルヒネだけでも打ってやれたら・・・」

 由莉絵は唇を噛んだ。


 沙由美は激痛にさいなまれながらも、頭では事態を冷静に俯瞰していた。そして自分自身に対しては、何一つとして希望的な要素を見出せないことが判っていた。傷の具合を見れば、自分はもう助からないことは明確なのだ。這って逃げようと試みても、それは次の銃弾を呼び込む効果しか示さないだろう。もって、あと30分と言ったところだろうか?


 だったら、もう一つの大事な事案に対してケリを付けねばならない。


 そう。自分がこんな様だから、仲間が危険に晒されているのだ。このままでは自分を助けようとした仲間が ──由莉絵が自分を見捨てることなど、決して無い── 同じ目に遭ってしまう。どうせ助からない命なら、大切な仲間を守ることに使いたい。

 沙由美は腰のベルトから9mmのSIG SAUERを取り出し、慣れない左手でそれを握ると、自分の頭に銃口を向けた。

 それを植え込みの陰から見ていた歩奈が、悲鳴に近い声を上げる。

 「副隊長! やめて下さいっ!」

 歩奈の絶叫に隊員たちが固まった時、その銃声が響いた。


 タンッ・・・。


 狙撃兵が放った銃弾は、沙由美の左手ごと拳銃を吹き飛ばした。

 「ぎゃぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 再び沙由美の悲痛な叫びが響いた。死ぬことも許されないらしい。沙由美は血反吐を吐きながら、そして泣きながらのたうち回った。


 「くそぉ、好き放題やってくれるわね。ねぇ、歩奈! 貴方のザックの中にペリスコープ入ってるんじゃなくって?」

 「ぺ、ペリスコープ?」

 突然の隊長からの問いかけに、歩奈はシドロモドロになる。見かねた希悠が、車道側から助け舟を出した。

 「屈曲スコープのことだよ! ほら、潜望鏡みたいなやつ!」

 「あぁ、あれですね。ちょっと待って下さい・・・」

 急いで背中のザックを降ろして、中をゴソゴソやる歩奈。そして彼女は、黒い棒状のものを取り出した。

 「有りました! これです!」

 「よくやった、歩奈。それで敵の位置を確かめるんだ」由莉絵の声だ。

 「わ、私がですか?」歩奈は驚いた様子で固まる。

 「あぁ、やってみろ。実習で習ったろ。お前が沙由美を助けるんだ」

 新兵を励ますような由莉絵の口調に勇気を得て、歩奈はしっかりと頷いた。

 「は、はいっ! 判りました!」

 相手は、かなりの腕前の狙撃手らしい。小さなスコープの影にも気付いて撃ってくるかもしれない。歩奈はペリスコープが敵に見つからないように、植え込みの中から慎重に先端を出した。

 「準備完了です!」


 ここからが問題だった。敵の位置を補足するには、もう一度発砲してもらう必要が有る。かと言って、これ以上、沙由美を撃たせるわけにはいかない。だったら危険を冒して、敵の前に姿を現すかだ。しかし、準備万端調えた狙撃兵の前に身体を投げ出すなど、自殺行為である。

 すると理央が、得意げに言った。

 「隊長。こういった時の為に、とっておきの裏技を友人から聞いています」

 「裏技?」

 聞き返す由莉絵に、理央は腰のベルトでぶら下がって揺れていた『忍者ハンゾー君』のマスコットを取り外すと、それを顔の前に持ってきてウィンクして見せた。そしてそれを、建物の陰からゆっくりと覗かせる。慎重に・・・ 慎重に・・・。


 ボフッ・・・。それから、タンッ・・・。


 ハンゾー君の頭が消し飛んだ。

 「どうだ、歩奈!? 補足できたか!?」

 歩奈は、なおもペリスコープを覗きながら答える。

 「えぇっとぉ・・・ 良く判りませんでしたが・・・ 多分、2ブロック程先の左側。茶色いビルの三階辺りだと思われます。かなり遠いです、隊長!」

 「よしっ! それだけ判れば十分だ。」由莉絵はテキパキと指示を出す。「希悠! 二人連れて、一本右側の道から接近しろ。沙由美には治療が必要だ。急げっ! 走れっ!」

 「了解っ! 理央、歩奈。私に着いてきな!」

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