§3:政府軍のスナイパー

3・1

 この時、解放軍の南域前線基地として接収されていたのは、浦安地区の女子高、麗星高等学校であった。この地区の解放軍兵士は、ここでつかの間の休息を経て、再び戦場へと赴いて行く。従って、北都各地の女子高の制服が色とりどりに入り乱れ、花々が一斉に咲いた庭園のような華やいだ雰囲気だ。

 そういう奈々香も舞浜での作戦行動を終え、久し振りにベッドで眠るという至上の幸福に浸ったのは昨日のことだ。もう少し長い休暇が得られれば地元の大宮にまで戻るのだが、さすがに軍隊が兵隊に対してそこまで大盤振る舞いをしてくれるはずも無く、仕方なく彼女は今朝から基地内をブラブラとしていた。


 学園祭の出店よろしく、食事配給用のテントが美味しそうな匂いを撒き散らしながら、長蛇の列を作っていた。それを見た奈々香は、昨年の学園祭に仲良し四人組で焼きそばの出店に並んだことを思い出すのだった。あの時は、青海苔が一番多く歯に付くのは誰か?などという、どうでもいい話題で ──優勝は意外にも莉亜奈だったのだが── 盛り上がったものだ。奈々香はフッと思い出し笑いを漏らす。そう言えば昨日からCレーション以外、何も口にしていないことに気付いた奈々香は、黙ってその列に溶け込んだ。

 その時だ。ふと視線を上げると、隣の列の5mほど先に見慣れた後姿がいるではないか。あの制服、あの長身。そしてあのベリーショート。奈々香は思わず声を上げた。

 「理央っ!」

 その声に振り向いた理央は、奈々香の姿を認めるや否や、目を丸くして大声を上げる。

 「おぉーーーっ! 奈々香ぁ! 久し振りじゃん!」



 ワンプレートにチャーハンとチキンソテー、豆の煮ものとカップに注がれたオニオンスープを持った二人は、人混みから離れた植え込みの脇に腰を下ろすと、久しぶりの再会を喜び合った。

 「元気にしてたか、奈々香?」

 「うん。理央も元気そうね」

 「あぁ、あたしはいつだって『明るく元気な理央姐さん』さ! アハハハハ!」

 チキンを突き刺した先割れフォークを振り回しながら、理央は意味不明のポーズをとって見せた。

 「ウフフ。相変わらずね、理央は・・・ あっ、そうそう! この前の月女の戦果、凄かったそうじゃない!? もう基地中、その話題で持ちきりよ。あれって、理央んとこのブルーフォースでしょ?」

 「へっへぇ、まぁね」照れくさそうに理央は洟をすすった。

 「私には特殊部隊なんて務まらないなぁ・・・。本当に凄いよ、理央って。でも、あんまり無理しないでね。みんなが心配するから」

 「みんな? そうだ、奈々香はまだ聞いてないかな? 莉亜奈と蒼衣も配属になったよ」

 「えっ・・・ 嘘・・・」

 「あっはっは。心配性だな奈々香は!」そう言いながら理央は、眼を剥いて固まる奈々香の肩をバンバン叩く。「大丈夫だよ。二人とも後方の司令部配属だから安全さ。莉亜奈は統合幕僚本部、蒼衣は幕僚本部直属の情報保安・・・ 何だったっけな?」

 「情報保全隊ね。いわゆる防諜部隊」奈々香は胸を撫で下ろす。「そう、それなら安心だわ。莉亜奈はともかく、蒼衣まで前線に送られたら気が気じゃないから・・・」

 しかし理央は我慢し切れないといった様子で、自分の腹を押さえた。

 「クックック・・・ 変わってないな、奈々香は。心配されてるのは自分の方なのに、いっつも人の心配ばっかしてさ。それって遺伝か何かか?」

 「ううん、私は狙撃兵だから。一番心配なのは・・・」

 その時、遠くの方から声を掛ける者がいて、奈々香の言葉を遮った。

 「おぉーーぃ! 理央! そろそろ集合だ!」

 理央は慌てて立ち上がった。声を掛けたのは、同じ特殊部隊の隊員らしい。

 「あっ、はいっ! 直ぐに行きます!」

 理央は立ち上がり、そして奈々香を見下ろした。

 「んじゃぁ、あたしは行くよ。上官がお呼びだ」

 「待って、理央。今度はどっち方面に行くの?」

 「うぅ~んと、確か上の方。北千住って言ってたかな?」

 「北千住ですって!?」奈々香の目が大きく見開かれた。「理央、お願いだから気を付けて! あの辺に凄く腕の立つ狙撃兵がいるの。私、やられそうになったことが有るの」

 しかし理央は、たいした緊迫感も無いようで、呑気な様子で応える。

 「へぇ~、奈々香がやられそうになったなんて、かなりの腕前じゃん。つぅかさ、政府軍つったって、元々はあたしらと同じ北都軍でしょ? 奈々香以外にそんな腕の立つ狙撃兵っていたっけ?」

 「判らないわ・・・ ひょっとしたら央都軍から派遣されているのかも・・・」

 「確かに。表立って兵員を送れば波風が立つけど、目立たない狙撃兵だったら、傭兵的に央都軍から参戦してるかもな」

 奈々香はじれったくなって、理央のスカートを掴んだ。

 「そんなことはどうでもいいの! お願い。約束して、理央! 気を付けるって!」

 立ち上がっていた理央は「しょうがないなぁ」という様子で、再び奈々香の横に腰を下ろした。

 「ポニーテールが緩んでるよ。あたしが直してあげるから、あっち向いて」

 理央に促されるまま、後ろを預ける奈々香。緩んだリボンを一旦解いて、奈々香の髪を集めながら理央が言う。

 「この戦争が終わったらさぁ・・・ あたしも髪伸ばそうかな」

 「うん」

 奈々香の声は、校内を満たす女子生徒たちの華やかな喧騒にかき消されそうだ。

 「ほら、あたし中坊ん時からソフトボール部で、ずっとベリーショートじゃん。だから、奈々香みたいな髪型ににずっと憧れてたんだよねぇ・・・」

 二人の間に、ほんの少しだけ沈黙が顔を覗かせた。それを埋めるかのように、理央が続ける。

 「あたしにも出来るかな、ポニーテール?」

 「出来るよ。理央、きっと似合うよ。その時は私が結んであげる」

 少し寂しそうな笑顔の理央は、最後に奈々香の頭にポンと軽く手を置いた。

 「はい、出来上がり。んじゃぁ、そん時はよろしく頼むわ」

 そう言って立ち上がった理央に、追いすがるように奈々香が手を伸ばす。

 「理央・・・」

 その手を掴んだ理央は笑顔を作った。

 「大丈夫。約束するよ。絶対気を付けるって」

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