2・2
「・・・で、月女は完全に機能を消失したと?」
「はい。仰せの通りでございます、総司令官閣下。閣下のご配慮により提供頂いた物資の90%が焼失する事態に、なんとお詫びを申し上げれば良いか・・・」
桃佳を前にした祐貴は、猫に睨まれた鼠のように威圧されていた。そもそも大尉の分際で、友軍の総司令官にお目通りを願うなど、身の程知らずもいいところだ。それなのに政府軍のお偉いさんたちは、自分が近くにいないのをいいことに、面倒事を祐貴に押し付けたのだった。しかも、爆発で失った物資の再供給の約束を取りつけて来いとは、随分と身勝手な命令ではないか。
勿論、まんまと大部分の軍備を失ってしまった責任は、駐屯部隊の長である自分に有ることは百も承知している。それにしても、そんな重要な折衝を大尉ごときの私に、というのが祐貴の偽らざる気持であった。
「お詫びなど不要です。失った武器弾薬は、また補給すれば良いだけのこと。お気になさらないで下さい。あら、お茶が冷めてしまったようですわ。千夏。大尉にお代わりを」
「はっ、只今」
恐縮する祐貴の前に、熱々の紅茶が運ばれてくるのを待って、桃佳が再び口を開く。
「軍備補充の件は、私が責任をもって指示致しましょう。千夏。判りましたね?」
桃佳の右後ろに控えていた千夏は低頭し、声に出さずに「承知いたしました」の意思を伝えた。
「はっ、ご温情、感謝いたします!」
併せて祐貴も、潰された蛙のようにテーブルの上で頭を下げた。有難い。これで基地に帰っても、お偉いさんたちにまともな報告が出来そうだ。
「それより・・・」
「そ、それより?」
ひれ伏す祐貴が顔を上げると、ティーカップを右手に、その下に左手で持ったソーサーを添えた姿勢のまま、桃佳が感情の籠らない視線で見降ろしていた。その冷たい眼力に射すくめられた祐貴は、背筋に冷たいものが走るのを感じてブルリと震えた。
「教えて頂きたいことがあります」
「はっ、何なりとお尋ね下さい、総司令官閣下」
「貴方がたを急襲した敵ですが・・・ 彼女らが使用した火器や爆薬の種類は何だったのでしょう? 敵の姿を見た者はいませんか? 直ぐに月女に戻って生存者に聴取を行い、どんな情報でも結構です。この私に報告して下さらないかしら? 何者が月女を貶めたのかを」
「はっ、かしこまりました!」
「貴方には期待していますよ、大尉」
緊張でカチコチに固まった祐貴を送り出した応接室には、桃佳と千夏が残された。まだ半分ほど残っているウェッジウッドのティーカップを傾けながら、先ほどまで祐貴が座っていた席の前に残された、空の器を見た桃佳が苦々しい顔で言う。
「こんなに上等なお茶を出す必要なんて無かったのに。どうせあの娘たちに、味なんて分かりはしないのだから」
飲み干した器を優雅な所作でテーブルに戻すと、桃佳はソファに深く身体を預けた。
「それにしても嫌ね。政府軍と言えども所詮は北都の人間。何だか田舎臭い匂いが私の服にも染み着きそうで、とても気が気じゃなかったわ」
いつもの明け透けな言い草を聞き流し、千夏は念を押した。
「桃佳様。物資は再補給できたとしても、失った友軍の兵員までは補給できませんが」
それを聞いた桃佳は、背もたれから体を起こして目を丸くした。
「友軍ですって? 私はあの娘たちを友軍だなんて思ったことは、一度だって無くてよ。央都に憧れを抱く可哀そうな田舎娘たちでしょ? 私にしてみれば下僕みたいなものかしら」
「その田舎娘たちが、兵員不足に陥る可能性が有ります」
再び背もたれに寄り掛かった桃佳は、つまらなそうな顔で煩い蠅を追い払うような仕草だ。
「知らないわよ。そこまでは責任持てません。だいたい、下僕の命が幾つ失われようと、私の知ったことではありません。自分らで何とかするんじゃなくって?」
「かしこまりました。関連して、今回の件に関し政府軍から正式に・・・」そこまで言った時、桃佳の眉毛がピクリと動いたのを千夏は見逃さなかった。「つまり、
途端に桃佳の相好が崩れ、またしても身体を乗り出した。
「そう、それが楽しみ! あのイケ好かない女が、どのようにして私に礼を述べるのか見ものだわ。分不相応にプライドだけが高いあの軽薄女が、私に頭を下げると思うと、今からでもワクワクしちゃう。それだけでも薄汚い政府軍に協力する甲斐が有るってものよ」
「お言葉ですが、桃佳様。あの方は一筋縄ではいかないかと。おそらく何らかをこじ付けて、央都が協力するのは当然であるという体で・・・」
桃佳がダンッと立ち上がる。
「私はショパンを弾きに戻ります」
一瞬にして凛とした表情を取り戻した桃佳は、千夏の言葉が終わるのを待たず、席を立って出て行った。
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