1・3
「どんな様子なの、前線は?」
乾いた風が吹く屋上で、アップルジュースの紙パックにストローを刺しながら莉亜奈が聞いた。晴れた日はいつも、ここにペタンと座り込んでお昼を採ることが彼女たちの日課なのだ。勿論、今日は久し振りの奈々香も参加している。
「うん・・・」
奈々香は玉子サンドを頬張りながら、なんとなく答えあぐねているようだ。そんな二人の様子を交互に見比べながら、蒼衣は手持ちのお弁当箱の中からミニハンバーグを摘まみ上げた。
「機密に関する部分ならいいんだよ、別に無理に聞いたりはしないから。ただ、どんな戦況なのかなって思って。ほら、先生もその辺のことについては、私たちに教えてくれないでしょ?」
租借した玉子サンドをいちご牛乳で飲み下した奈々香は、静かに言った。
「膠着状態・・・ かな。解放軍も政府軍も、決め手に欠けるって感じ」
蒼衣が堪らず割り込んできた。
「戦況が悪化しているわけじゃないんですよね?」
心配そうに尋ねる蒼衣に笑いかけながら奈々香は続ける。
「それは無いかな。むしろ私たちが政府軍の抑え込みに成功してるって言えるのかもしれない。だけど・・・」
政府軍という北都の首都機能は実質的に崩壊しつつあったわけだが、彼女らがその規模以上に強大な軍事力を有しているのは、央都からのバックアップによるものと噂されている。それはある意味、当然であろう。央都寄りの政策を取る政府軍が北都を制すれば、北都全体が央都の傘下に入ることになるのだから。そうやって増強された軍備によって解放軍と激戦を繰り広げ、一時は攻勢に転じた時期も有ったが、地力に勝る解放軍が優位を保ったまま戦況が推移。結果、政府軍はジリジリと敗走を余儀なくされていた。
そして遂に、江戸川から荒川に至る広大な区域、つまり北都全域の掌握に解放軍が成功し、勝敗は決しつつあると誰もが思ったそのタイミングで、央都が政府軍との同盟を公式に表明したのだった。つまり、秘密裏に補給されていた兵装を、今や大手を振って供給しているというわけだ。
この政治的な思惑による央都の参戦は、戦争の長期化を意味し ──実際には央都軍が解放軍と戦火を交えることは無く、あくまでも政府軍への武器弾薬の供給にとどまっていたが── 戦況の膠着が決定的なものとなった。
一方、央都との同盟により「首の皮一枚」で敗戦を免れた政府軍は、荒川を越えて央都区域内にまで後退。荒川と隅田川に挟まれた狭窄地域に押し込められて久しかったが、解放軍としては荒川を越えてまで政府軍を追い立てるわけにもいかず ──つまり央都区域内に侵攻することで、央都軍との全面対決に発展することは避けたいという思いが有った── その後も、荒川を挟んだ膠着状態という名の激しい攻防戦が続いていた。
結局のところ、解放軍も央都軍も全面戦争に突入することは得策とは考えておらず、この両者間の
「だけど?」蒼衣が深刻な顔で聞き返す。
「だけど、このまま続けていてもお互いが消耗するだけで、何もいいことが無いような気がするんだ。所詮、前線の兵隊には戦況を変えるようなことは出来ないんだよ。特に私なんて、単独行動が基本の狙撃兵だし。こんな戦争、とっとと終わらせるのが一番・・・」
すると、三人の輪から一人だけ外れて、大の字に寝っ転がってアンパンを齧っていた理央がガバリと起き上がった。そして三人に向かって吠える。
「んな、しゃらくさいこと言ってないでさ、とっとと荒川越えて攻め込みゃぁいいんじゃん! 政府軍なんてパッパッとのしちゃってさ」
しかし、すかさず莉亜奈が釘を刺す。
「バカね、理央。そんなことしたら央都との全面戦争になっちゃうじゃん。だって政府軍は、央都の区域内にいるんだよ。そこに攻め込むってのは、央都の領地を侵略するってことなんだから」
蒼衣も莉亜奈に賛同する。
「そうですよ、理央さん。今は東京湾の夢の島から、だいたい川口辺りまでが戦線になってますけど、もし央都軍と交戦することになったら、もっと荒川上流の熊谷とか秩父まで戦線が拡大するってことなんですよ。央都軍はともかく、私たち解放軍には、そんなに広域で戦線を維持する体力なんて残ってませんって」
「そうね。央都軍だって、解放軍相手に無駄に戦力を消耗する気なんて、サラサラ無いでしょうしね」
「そ、そんなことは判ってるよ! い、言われなくたって・・・」
学業成績の優秀な二人にやり込められて、理央は不満そうだ。残っていたアンパンをポンと口に放り込むと、奈々香のいちご牛乳を奪い取ってチウチウと吸い、ゴクリと飲み込んだ。
「あたしが言ってるのは、何つうか、この・・・ 意気込みって言うかさ。奈々香みたいなショボくれた考え方じゃダメだっていう意味だよ」
すると奈々香が真剣な顔で莉亜奈を見据えた。
「莉亜奈、お願い。貴方の成績なら司令部配属でしょ? だったら早くこの、くっだらない戦争を終わらせてくれないかな。莉亜奈なら出来るよ」
「そ、そんなこと急に言われたって・・・」
いきなりの懇願にドギマギする莉亜奈に、蒼衣が追い打ちをかける。
「私もそう思います! 莉亜奈さんなら、きっとこの戦争を終わらせることが出来ます!」
「お願い、莉亜奈!」
「お願いします、莉亜奈さん!」
「え、え、えっとぉ・・・」
いきなり二人から無理難題を押し付けられて、窮地に立つ莉亜奈を救ったのは、以外にも理央であった。
「えぇ~、ゴホン、ゴホン」わざとらしくせき込む理央に向かって、三人がポカンとした顔を向けた。「お三人さんが盛り上がってるところ悪いんだけど、あたしから重大発表が有ります」
三人の顔を順番に見回し、息を飲む彼女らの熱い視線を一身に浴びていることを確認した理央は、若干、厳かな雰囲気を醸し出しながら続けた。
「えぇ~、この度、
「えぇぇぇ、マジで!?」
「本当ですか、理央さん!」
理央は得意げに洟をすする。
「おうよ! 座学じゃお前さんたちにゃ敵わないけどさ、実は要員訓練の方ではちっとばかし優秀だったんだよ、これでも。奈々香だけにいいかっこさせとくわけにもいかないっしょ。ビックリした? ビックリしたろ? ビックリした顔だな、それ?」
「うん、うん、ビックリしました」
目をキラキラさせながら、憧れの表情で見つめる蒼衣の頭をガシガシとかき混ぜながら理央は言った。
「配属は特殊部隊さ」
「と、特殊部隊って・・・ まさか、ブルーフォース!?」
遂に我慢しきれなくなった奈々香が聞き返した。
「あぁ。だから荒川を越えるミッションは、あたしが引き受けるよ!」
「凄い凄いっ! 理央さん、凄いっ! 新設のエリート部隊じゃないですか!?」蒼衣はピョンピョン飛び跳ねた。
「まさか、貴方に先を越されるとは思ってなかったわ。でも、頑張ってね、理央」莉亜奈は呆れたような顔をしながらも、優秀な友人を誇らしく感じているようだ。
「おぅ! 任せておきな。お前さんらが前線配備になる前に、あたしと奈々香でチャチャッっと終わらせちまうからよ。なっ、奈々香」
そう言って理央は奈々香の肩をガシリと抱き寄せた。
「そんなことよりさぁ。折角、久し振りに奈々香が帰って来たんだ。ここは大宮にでも繰り出してパァーッとやろうぜ、パァーーッとさ!」
「あっ、私、ルミネ2に新しいタピオカ屋さんが出来たの、知ってます! 一度、行ってみたかったんだぁ」と情報通の蒼衣が言うと、直ぐに理央が食い付いた。
「おぅ、それ行こうぜ! 決まりっ! あたし大盛りだかんね。大盛り!」
「あははは、ヤダ理央ったら、もう。あははは」莉亜奈がお腹を抱える。
「ぎゃはははははーーっ!」蒼衣は大爆笑だ。
「クスクス・・・」
つられて笑う奈々香であったが、理央の力強い腕にグラグラされながら、彼女の表情は少し悲しそうに曇るのだった。
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