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橋本洋文(はしもと ひろふみ)は、自分のことが嫌いだった。
彼をよく知らない者は、真面目で穏やかで誰にでも優しく、年齢のわりには若く見え、おしゃれにいつも気を遣っている、といった印象を必ず持つ。
だが、それはすべて彼が人目を気にして、そういった印象を持つように仕向けるため、作り上げた虚像でしかなかった。
人に嫌われたくない、優しくされたい、好かれたい。
そんなあさましい理由から、常に人の顔色を伺い、腹が立つことがあっても感情をあらわにすることは滅多にない。怒りはただただ溜め込む。優しい言葉をかけ、人を誉める。
童顔で、いまだに顔にしわひとつないため、同世代の男たちに比べると若く見えるのは確かだが、何についても経験不足で年相応の貫禄がないため、年相応の服が似合わない。いまだに二十代の若者たちと変わらない服装の方がまだ似合うのだ。
しかし、そんな虚像はすぐに見抜かれ、落胆され、嘲笑されるようになる。
見抜かれなかったとしても、こいつには何を言ってもいいだろう、こいつなら簡単に騙せるかもしれない、そんな風に相手を図に乗らせるだけだった。
しかし、二十年以上そうやって生きてきてしまった彼には、もはやその生き方を治したくても治すことができない。
体に脳にこびりついてしまっていた。
煮えくりかえったはらわたで、自分を笑う人間に対して、彼は必ず思うことがあった。
ぼくは、殺そうと思えば、いつでもお前を殺せる。
だが、殺さないでやっているだけだ。
お前は、ぼくの慈悲によって生かされているだけだということにまだ気づかないのか。
いつになったら、気づけるのか。
ぼくに一度、殺されないとわからないのか。
そんな風に思うと、自分を笑う者たちの生殺与奪権を自分が握っている気になれた。
同時に、そんな自分を最低だと思うのだった。
本当は何も言い返せないだけだ。
頭の回転が遅く、何時間かしてから、ああ言ってやればよかった、こう言ってやればよかった、とようやく思い付く。
そして、その思い付いた言葉は、非常に論理的で、相手を徹底的に完膚なきまでに追い詰める。
洋文が実際に溜め込むのは、その後から思い付いた言葉だ。
溜め込んだものは、いつか爆発し、そして彼は仕事を失う。
世界で一番大切な人までも失う。
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