0-3

青年は帰路についたが、すぐに見覚えのある小さな公園を見つけ、車を停めた。


そこは、彼が三年前に一度だけ、彼女とふたりでブランコに乗るなどして遊んだ公園だった。


もう少しだけここにいようかな、と青年は思った。


たぶん、自分がこの街に訪れることは、もう二度とない。

大切な人との、大切な思い出の場所を、目に焼き付けておきたかった。



「君は何をしてるんだ?」


そんな彼に、声をかけたのは、例の寿命売買を生業とする車椅子の少年だった。

傍らには、スク水ニーハイランドセルの少女もいた。


「お前こそ、こんなところまでなんの用だ?」


青年は明らかに不愉快そうに言った。

彼女との思い出の場所を汚されたような気がしたのだ。


「君みたいな行動に出る人間ははじめてだからね、何を考えているのかが気になったのさ」


「そのドローンでずっと俺をおいかけていたわけか」


少年の手には、モニター付きのコントローラーがあり、彼のまわりには無数のドローンが飛んでいた。


「なぜ自分のために金を使わない?」


「使ったさ、もう。あとはこれだけあれば十分だ。親には迷惑をかけ続けた。必ず幸せにすると約束した人を幸せにできなかった。お前には感謝してる。もし、お前があの時現れてくれなかったら、俺は死ぬことすらできずに、親にもっと迷惑をかけていたかもしれない。だから、ありがとう。俺の寿命なんてものに5000万も値段をつけてくれて。おかげで彼女に罪滅ぼしと恩返しができたよ。

でもな、一年もいらないんだ。今日で俺の人生は終わりでいい」


「これ以上は買い取れないぞ」


「そうか、じゃあ、やっぱり死ぬか」


青年は、ブランコから降りると、車に向かって歩き始めた。


「待ちたまえ」


引き留めようとする少年を、


「お兄様、ここはわたしが」


少女が制し、青年の手をつかんだ。

少女は深々と頭を下げると、


「遅ればせながら、自己紹介させていただきます。私は比良坂コヨミ。こちらは、比良坂ヨモツ。我々の役割は、生きたくても生きられない者の苦しみと、死にたくても死ねないものの苦しみを、相互理解させること。たとえばあなたの寿命を買い取ったのは、末期がんの患者です。寿命を買い取っても末期がんが治るわけではなく、余命数週間で済んだはずの末期がんの苦しみの中で、寿命を買い取ったことにより50年生き続けることになりました。これにより、生きたくても生きられない者が、死にたくても死ねない者になり、今は死を望んでいます」


「ひどい話だな」


青年の率直な感想に、


「しかし、君は、いまだに死にたくても死ねない者のまま。なぜ、自分のために金を使わない? 君が死を望んでいたのは孤独だからだろう? 愛も友情も金で買えるだろう? 金さえあれば孤独から抜け出すことなどたやすいはずだ」


「なるほど、死にたくても自分じゃ死ねない、死刑になりたくて無差別殺人をおかすような人間の気持ちがわかるようなやつが、生きたくても生きられない者の気持ちを理解させるために、大金を与えたというわけか」


青年は、少年と少女の目的を知り、知った上で答える。


「俺は生まれてきたことがまちがいだったんだ。ただそれだけだよ」


「そういうことか」


「相互理解か。死にたくても死ねないやつが、生きたくても生きられないやつの気持ちを知り、生きたくても生きられないやつが死にたくても死ねないやつの気持ちを知る、そのことに何の意味があるんだ? あんたらがしてることは、ただ人の寿命で遊んでるだけだろ」


青年の問いに、少年が答える。


「ぼくたちは人という存在を理解するために、寿命の売買を行っている」


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