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父の死もまた、洋文に大きな影響を与えることになった。


親孝行したいときには親はなし、という言葉があるが、親孝行や親に限らず、相手が生きているうちにしか、お互いに話せるうちにしか、確執や誤解、わだかまりを解くことはできず、恩返しも罪滅ぼしもできない、ということだった。


洋文は、これまでの人生で、ひとりも友達がいなかったわけではなかった。

成人式に行くのが怖いと思うほどに、義務教育時代に受けたいじめはいまだに夢に見るほどであり、結局成人式には行けなかったが、それでも少ないながらに友人はいた。

高校でも大学でも友人はいた。

社会に出てからも、SNS等を通じて友人ができたりもした。


だが、そういった友人たちは彼のまわりにはもういない。


今思えば、自分は何を勘違いしていたのだろうと呆れてしまうのだが、洋文は友人や知人を自分より下に見ていたように思う。

喧嘩をしたり、何か気に入らないことがあると、すぐに友人や知人を切り捨ててきたのが、その証拠だろう。

感情的になり、携帯電話や無料通話アプリなどの連絡先を消し、着信拒否やブロックといった方法をとり、二度と自分からも相手からも連絡をとれないようにしてしまっていた。

数ヶ月連絡がないだけで、連絡先を消すことも度々あった。


大切な人を、簡単に手放すような真似だけは絶対にしてはいけない。


喧嘩をしたなら仲直りできるまで、誤解があるなら誤解が解けるまで、ちゃんと話し合い、理解を深め、関係を修復していくことをしなければ、それすらできなくなってしまってからどれだけ後悔したところで手遅れなのだ。


そんな当たり前のことに、洋文は37歳になってはじめて気づかされた。


洋文は、自分の元を去った恋人と、きちんと話をしなければいけないと思った。


プロポーズを断られてから、毎日のようにささいなことで喧嘩をし、互いに罵声をあびせるだけで、いや、洋文が一方的に罵声をあびせていただけだった、冷静に話し合いをしたことが一度もないまま、最後のデートでまで喧嘩をしてしまった。

なぜプロポーズを断られてしまったのかすら、彼はよくわかってはいなかった。


同棲期間は8ヶ月と短かったが、互いに結婚を考えていた。

同棲の許可とその後の将来についても許可をもらうために、彼女の家へ、両親に挨拶にも行った。

彼女の両親は、自分たちのことをもう家族だと思ってくれていいとまで言ってくれた。

きっと、やり直せるはずだと思った。


だが、洋文は知ることになる。


死に別れることだけが、本当の別れではないのだということを。

相手が生きていても、関係の修復が不可能なほど、話をすることさえ拒絶されてしまうほど、とりかえしのつかないことがあるのだという、これもまた当たり前のことに、彼は37歳になってようやく気づいた。



仕事をしているうちはよかった。

自分の代わりの社員がいないだけ、ただの数合わせ、だということは理解しつつも、自分がいなくなれば店はまわらなくなると思っていたし、必要とされていると感じることができた。仕事を生き甲斐だと思うことができたし、職場を自分の居場所だと思うことができた。


だが、会社というものは、社員がひとりいなくなったところで、店はまわってしまうのだ。

自分の代わりがいない、数合わせという認識は、それなりに卑下した自己評価であったが、それすらも誤りだった。

居ないよりは居た方がいい、むしろ、居なくても良かった、自分の価値はその程度のものだったのだと思い知らされた。


洋文は、恋人が自分の元を去った時点で、人生の目標を再び見失い、自分の人生について、やはり余生だったのだと考えるようになっていたが、それでも仕事をその後二年も続けられたのは、自分が職場に必要とされていると感じていたからであった。

恋人が、いつか自分のもとに戻ってくるかもしれないという、淡い期待もあった。

だが、どちらも、勘違いと、本当に淡い淡い期待でしかなく、二年間心を磨り減らし、薬を飲んで無理矢理体を動かしてきたことはすべて無駄だったのだ。


だが、勘違いと淡い期待の中で生きていた方がまだよかったかもしれなかった。たとえその先に待っているのが過労死であったとしても。


誰からも必要とされず、孤独に苛まれ続ける人生よりは、はるかにましであったのではないだろうか。


いや、どちらもただ地獄だ。


そして、それはすべて自業自得であり、洋文以外の者は、誰も悪くはないのだ。



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