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橋本洋文は、1981年8月15日、愛知県で生まれ、愛知県で育った。
今年(2020年)の8月に39歳になったばかりで、来年は40歳になる。
現在は、七十歳を過ぎた母親と実家で二人で暮らしている。
兄弟姉妹はおらず、父親は二年前に他界していた。
洋文には、恋人はおらず、友人と呼べる者もひとりもいなかった。
洋文が外出するのは週に二度、コンビニに煙草を買いに行くときだけ。
一日中自室に引きこもっているわけではなく、体調さえよければ、母親とリビングで共に食事をとるし、テレビを観たりもする。
39年も生きていて、恋人はともかく、友人と呼べる者がひとりもいないというのは、彼がいかに人間関係を不得手としているかを如実に現していた。
その一方で、不得手だから仕方がないと、本人が諦めてしまっていることも原因のひとつだった。
改善しようとしたこともあった。
だが、どうしたらいいのかすらわからなかった。
そのため、書店などで売られている、より良い人間関係を築く方法が書かれている書籍を読んだりもしたが、どうにもならなかった。
過去には洋文を愛してくれ、お互いに結婚を考えた女性がいたが、結局結婚には至らなかった。
友達と呼べる者がいないため、洋文は恋人に激しく依存する傾向にあった。
そんな彼を愛してくれた女性たちは、最初こそかわいいと思ってくれるのだが、日に日に強くなる依存に、次第に心が耐えられなくなっていった。
それだけでなく、彼は相手の言葉や仕草では愛されているという実感が得られず、体を重ねなければ愛されているということだけでなく、生きている実感さえ得られないという問題があった。
そのため、毎晩のように体を求めた。
彼のせいで疲弊した恋人の心は、体を求められ続けることで心身ともにさらに疲弊していった。
やがて、彼と同じメンタルクリニックの診療を受けることになり、そして最後には彼の元を去っていった。
彼はそうやって、自分だけでなく、愛する女性の人生までも狂わせてきた。
そのことは、大きな罪の意識として彼に残っていた。
彼の心と神経の病は、今ではありふれた、ただの鬱病と自律神経失調症だった。
鬱病は、幸福を感じる脳内物質であるセロトニンの減少が主な原因であり、彼が毎晩のように愛する女性の体を求め、愛されていることや生きている実感を得られたのは、性交渉によって脳がセロトニンを分泌させるからだった。
それは、医師から処方されている薬よりもはるかによく効いた。
その代わりに彼は愛する女性の心を壊した。
医師から処方されている薬は、飲まなければ自律神経が乱れ目眩がし、まっすぐ歩くこともままならなかったが、心に関しては飲まないよりは飲んだ方がまし、というレベルのものでしかなかった。
症状の悪化を訴えても、処方される薬は変わらず、医師はただ、毎回同じ薬の処方箋を30日分出すだけのマシンだった。
薬を飲んでいても、朝目が覚めた後ベッドから起き上がれず、指を動かすことすらできないことが度々あった。
誰かぼくを殺してくれ、と洋文は毎日のように思う。
洋文は、過去に何度も自殺を考え、身辺整理まで済ませ、あとは死ぬだけというところで、どうしても首に縄をかけることができなかった。
自分には生きている価値はない、生まれてきたことがそもそもの間違いだったとすら思っていた。
だが、自ら命を絶つことだけは、どうしても出来なかった。
生きたいのに生きられない人がいるのに、死にたくても死ねない自分がいることは、とても不条理なことに思えた。
できることなら残りの寿命をすべてもらってほしいとさえ思っていた。
だが、そんなことはできはしない。
一昔前に、無差別殺人事件を起こした人間が必ず口にしていた動機が、洋文には痛いほど理解できた。
「死刑になりたかった」
彼らは、そんな動機で何の罪もない人々を殺害し、マスコミや大衆は、死にたければ自分で死ね、と声を荒げたが、自分で死ぬことすらできないから、死刑になるために他人の命を奪うという選択をした犯罪者たちの気持ちが、洋文には理解できてしまった。
それは自分が彼ら側の人間であることを意味し、彼をますます絶望させた。
自分は人殺しこそしなかったが、世界で一番大切な人の人生を滅茶苦茶にした。
それは、人殺しと一体何が違うのだろうか。
なぜ、ぼくはまだ生かされているのだろう。
洋文は、不思議でならなかった。
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