第43話 世界の理

 僕は理解した。どちらか一方を選ばなくてはならないことに。 


 左の扉には那奈代、右の扉に三花がゆっくりと歩みを進める。扉の前で歩みを止め振り返ると笑顔で手を差し伸べる。


「『選んだ者と扉の中へ、選ばれなかった者は矛と共に扉へ』」


 翼を広げるように優雅に両手を広げる亜巫、神々しい雰囲気に包まれ本当にあの亜巫なのかと思ってしまう。


「亜巫……矛、矛ってなんなんだ、それに扉の先には何があるんだ」


「『質問に答えることはありません。どちらかを選べばそれはあなたにとっての役割を終結することになるのです』」


 すべての記憶を取り戻した。ふたりの記憶が蘇る。祥奈……美佳……いくら忘れていたとはいえふたりと同時に恋人になったことに心が痛む。


「だからといって一人を切り捨てて幸せになることなんてできない!」


 強い思念が僕を包む、それぞれの心の声が聞こえる。祥奈の元に歩ませようとする力、美佳の心に歩ませようとする力。


 どちらか一方を選べばもう一方が矛とともに……矛? 一体、矛とはなんのことだ。

 


 必死で抗う。


 

 体の奥底から力が沸き出てくる。眠っていた力が僕の中に広がっていく感覚……宗玄……天音……あまね? そうか、ふたりが僕の力を……。


 広がった力が包まれた思念を振り払う。意を決し歩みを始めた。あの人の元へ……。




 ──審判である亜巫。到着するよりも早く那奈代と三花によって遮られた。


「「これは世界の理を決める選択。あなたは神の使徒を選び生贄を決めるのです」」


「神? 使徒? 生贄? 一体何のことなんだ」


「「私たちは神であり、あなたとその使徒も概念としてわたしたちとひとつとなります。生贄は矛によってオンゴロロへ突き刺すことで次世代へのエネルギーに変わります」」


「全く話が分からないんだけど!」


「「分かる必要はありません。あなたがどちらを使徒としどちらを贄にするのか決めるだけでこの世界は救われるのですから」」


「一体…… 神? 世界? 救われる? 僕は普通の高校生だ!」


 那奈代と三花をかき分けて亜巫が前に出る。その表情は心なしか決意のようなものが見て取れた。


『謙心、あなたはふたりとも救いたいですか』


 亜巫でありながら亜巫ではない不思議な感覚。そんなことよりふたりを救いたい。そんな気持ちで溢れていた。


「もちろんだ、そのためにはどうすればいい」


『ふふふ、やはりまことの子ですね。あなたも鍵を使ってふたりをひとつにしたらいい』


「どういうことだ。ふたりをひとつにって……」


『そうね、那奈代と三花とひとつになりなさい。代口にあなたのカギを使ってひとつに合わせるの』


「え!? 鍵穴しろカギを使ってひとつに?」


 那奈代と三花が僕の両肘を掴む。体が動かない……抵抗することも出来ない。そのまま操られるように階段を登っていく……。



「「天音、そのまま待ちなさい。わたしたちがひとつになったらあなたの出番よ」」


 遠くに「はい」という天音の声が小さく聞こえる。こんな従順な返事は聞いたことがない。声も出せない、体も動かせない、動くのは思考のみ。全ての神経を乗ったられたようにさえ感じる。


「「ふふふ、わたしたちは言葉遊びが好きなのよ。わたしたちみたいな概念でしかない者にとってその世界で扱われる伝達手段で遊ぶのは楽しいわ」」


 連れられた部屋は2階の桜子さんが外を眺めていた部屋。見覚えはあるが幾重にも折り重なった記憶。抵抗することが出来ないまま部屋の中央に……部屋の感覚が徐々に別次元へと変わっていく。意識は薄れふたりの女性とともに服が消える。


「「あなたの『ひとつ』とはこういうことなのね。それではその方法でひとつになりましょう」」


 那奈代、三花、祥奈、美佳。4人の女性と僕の意識が結合する。いや意識だけではない……。快感と共に僕の頭に様々なことがが流れ込んでくる。


 余乃三花、那奈代はひとつの概念…… よのみかかみのよ、ななよ……

神世七代かみのよななよ……そういう訳か。



 この世界を作った神……いや、この世界そのもの。鍵を介してエネルギーをにえに注ぎ込み、ひとりを取り込み、その他を天音をもって『オンゴロロ』へ突き刺す。



 那奈代が祥奈を創造し、三花が恭奈を美佳として創造した。審判を介してどちらを取り込むか僕に選択させていた。

 祥奈の世界では美佳は敗れ、美佳の世界では祥奈が敗れた。その他にも神と呼ばれる概念によって数多の世界でにえとなるものを選び、『かみのよななよ』から主導権を奪うべく創造されたようだが僕の記憶に残ることなく消失した。

 


 この世界には人というモノは存在しない。全てが植物の意志である。地球に存在する生物は全て三花の存在した世界ウィルフリッドによって管理され植物主たちの思念で構成されている。この世界ではない言語で書かれたヴォイニッチ手稿。


 僕たちには五感がある。いや、あると思いこんでいるだけ。たった一本の植物主たちの思念がそう感じさせているだけ。目の前にあると思っている植物たちはただのアンテナにしかすぎないのだ。


 その植物主たちを司るエネルギーの源が鍵を介して神のエネルギーを授かったにえ。そのエネルギーを失った今、三花の存在した世界ウィルフリッドにある遺跡を探し出して中に隠されたオンゴロロに矛を突き刺さねばならない。


 

 これから僕は矛である天音とともに、世界ウィルフリッドで遺跡を探しだし矛を突き刺す。『かみのよななよ』に敗れた存在が影として堕とされた世界。その力は神と同等。


 かみのよななよとひとつになったことで全てを理解した。屋敷の部屋という空間から飛び出し、何でもある何もない場所、世界という概念に立っている。


『最後の柿っぽいパモンです』


 僕の手に握られている感覚。紫色のパモン。実際に握られているのかは分からない。それを食べるという行為を感覚としておこなう。


 体の中にある白い柿っぽいパモン。大きなひとつの柿っぽいパモンにこれまで食べた7色の彩があつまり何色ともつかない煌めく柿っぽいパモンへと変わると僕の体を包み眩い光が広がっていく。



 僕はあるべき場所に立っていた。三花と過ごした小屋の前。隣には天音の姿。天音は矛へとゆっくり姿を変える。僕の奥底に眠っているキスが矛を引き寄せ、世界の概念とひとつとなった。


「さすが謙心だ、これで全ての力を手に入れたね。まこともここまでは出来なかったよ」


「天音、前から出てくるまことって誰のことなんだい?」


「君の知る世界で言うところの父かな。鍵となる者は必ず『建金たてがね 謙心けんしん』という名がつけられる。この仕組みを作った創始者が君たち小さな世界で言葉遊びを楽しんでいるんだろうね。


 正確には『鍵を兼ねる訫』って言う意味みたい。鍵を兼ねる『カギ』を使って『かみのよななよ』を復活させ『カギ』を失う。

 君も『兼』を失って、言『兼』心まことの者になったわけだ。まあ君の父である訫が贄を守ることに失敗したから君が受け継いだんだけどね」


「そっか……ということは、植物主たちの思念の中にある強い繋がりってことか。だから祥奈はにえの者になるんだね」


「そう。君は既にふたりの命を繋いだ。にえの一族とにえとしてこの先に狙われる一族。どちらを選んでも繋いだ一族はこの先も生き続けるって訳さ。選ばれなかった者は存在自体が消滅してただのエネルギーとなるけどね。でも、そのおかげで世界が循環しているんだけどね」


「循環?」


「『かみのよななよの』のもっと上の存在さ、実験の中で人間は最高の種族として思い込むようにまでなっただろ。その人間が顕微鏡でミジンコを見るように人間を見ている者たちがいるってことさ。さらに同じようにそれを見ている者がいる」


「そっか、じゃあ僕たちはその小さな人間世界を守っているってことでもあるんだな」


「そうだね。まあ簡単にいうと、上位の者が作ったプログラムが動きを絶やさないようにエネルギーを確保する仕組みをなぞっているだけなんだけどね」


「まあいいさ、祥奈と美佳を救うついでに世界も救ってやろうってことでいこうか」



 僕たちは遺跡に向けて歩みを進めた。




==========

 次回最終回

 謙心は、祥奈は、美佳はどうなるのか。

 『夢と真実と不思議な世界、そして僕は恋をする』

   乞うご期待!! ……してもらえるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る