第39話 植物、占星、そして……

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「お兄様ごめんなさい」


 学校の帰り道、亜巫と一緒に家に帰っていた。

 10月の終わりともなれば18時過ぎの時間は、太陽は隠れカップルがイチャイチャしながら座っていそうな三日月が低く浮かんでいる。


「いいんだよ。それだけクラスメイトが亜巫のことを大事に思ってくれているってことなんだから」


「みんな優しい人たちで良かった。今までこんなに優しくされたことがないから嬉しいです。友達はいましたけど私と一緒にいると目をつけられちゃうので次第に離れていくんです」


「そうだったんだ。でも、これからは僕たち家族が亜巫を守るし、学校でそんなことになったとしても僕は味方だからね」


「ありがとうございます。心強いです」


 秋の始まり、空には沢山の星が輝き涼しい風が吹き抜ける。屋敷に近づくにつれて大イチョウの紅葉した葉が宙を舞い薄手のパーカーに幾つか当たる。


「あれ……」


 屋敷の窓から見える女性。ナチュラルボブの女の子。


「どうしました?」


 吸い込まれるように目線が亜巫の口元に向かう。闇に照らされた彼女の顔は不安そうな表情。思わず窓に見えた女性のことを話そうと喉元まで言葉が出たが、朝のツインテールの女性を思い出しもう一度窓へと視線を戻す。


 ……いない。電気の点けられた部屋、人影はない。思わず肩をがっくり落としてパーカーを被った。フードの中からイチョウの葉がパラパラと落ちてきた。


 慌ててフードを脱ぐ。亜巫はクスクス笑いながら僕の頭の払ってくれる。目と目が合うとふたりで大笑いした。

 ……とはいっても亜巫はいつもより口角があがっている程度だが。


「また屋敷の窓に人影が見えたように思えてね」


 頭を掻くと思わず口元が緩んだ。亜巫がストレートの髪をかきあげるとほのかに植物の香りが脳を刺激し記憶の断片をぼやっと引っ張った。


「もしかしたら本当に見たのかもしれませんよ。『目に見えるものだけが全てではない』ですからね」


 『目に見えるものだけが全てではない』……どこかで聞き覚えがあるような……何か、何か大事な局面で……思い出せない……思い出せない……。

 頭の中で記憶の断片がかれ、断片同士がぶつかりあって散らばっていく。


「お兄様、お兄様……」


 亜巫の声でぼやけていた意識を取り戻す。


「ああ、ごめんごめん。亜巫が言った『目に見えるものだけが全てではない』ってどこかで聞いたことあるような気がしてね」


 口元に手を添えてクスクス笑う亜巫。中空に目線を移す。視線の先には強く輝く星があった。


「そのセリフは占い好きのわたしが使う決め台詞みたいなものです。昔から霊感があったようで占いを始めたら良く当たるって褒めらて好きになったんです。でも占いは良い結果だけじゃないから……どんな結果でも的中させていたので気味悪がられてしまったので隠すようになったんですよ」


「僕に教えちゃって……あれ? さっき教室で占いをやっていなかった?」


 スクールバックを持ち上げると、わずかな光できらりと輝くキーホルダーを手の平に乗せる亜巫。どこかで見たことのある絵柄。


「タロットカードの『審判』を模したキーホルダーなんです。これに気づいた果凛さんクラスメートに『占い好きなの?』って……『はい』って返事したら盛り上がっていつのまにか……という感じです」


「そうだったん──あぁ、思い出した」ポケットの中から1枚のカードを取り出す「これ図書室で渡されたんだけど同じ絵柄だね」


 狐につままれたような、呆気に捉われた不思議な表情へと変わる亜巫。ゆっくりと右手がカードに向かって伸びていく。


 カードに触れた瞬間、次元が切り裂かれたように周りの空気が変わる。目の前には……あみ? 高校生とは思えない大人の女性。気のせいか体の輪郭がぼやけて見える。


「き……君はいっ……」

 唾を飲み込み言葉を止める。この人に質問は出来ない……そんな記憶の断片が脳に突き刺さる。


 女性亜巫はニコリと笑う。心のトゲトゲを取っ払うような優しい笑顔。 耳か……脳か……心か……どの感覚を使って理解しているのか分からない言葉が僕に入ってきた。


『あなたにとっての結末を迫られています。祥奈を生贄とするのか、美佳……恭奈を生贄とするのか……。あなたが永遠にひとつとなる者を選ぶのです。さすれば何も知らぬまま生あるうちは彼女と結ばれるでしょう』


 たくさんの枯れ葉が地面から舞い上がる、反射的に目を瞑った瞬目反射した一瞬で世界は現実に戻っていた。目の前に不思議そうな顔をしている亜巫、手には『審判』のタロットカード。


「お兄様、ありがとうございます。このカードを無くしていたんです。私の本当の両親からプレゼントされたたったひとつの遺品なんです」


 夢のような世界で見た亜巫の言葉が頭の中を飛び回る。ふつうの女子高生にしか見えない亜巫を心配させないようにいつもの日常を過ごした。


 何をしていても彼女の言葉が繰り返される。食事中もお風呂中も部屋で本を読んでいても気になってしまう。ざわついた心を冷まそうと窓を開けて外の空気を浴びた。


 冷たい風が体を芯から冷やすように吹き込んでブルっとさせる。闇に包まれた遠くの空では強い風の音がゴーゴーと吹き始めた。


 そんな風が記憶の断片を運んできたように彼女たちのことを思い出す。祥奈……美佳……。彼女たちの記憶。夢のようなふたりとの出来事、ふたりが足の怪我を乗り切って一緒に旅行をした思い出。


 ふたつとも僕の大切な思い出。彼女たちの姿は思い出せない……あるのはぼやけた映像と鮮明なストーリー。手の届かない彼女との距離。


「きっと何か方法があるはずだ」


 心は晴れやかだった。力強く窓を閉めてカーテンを引くと電気を消した。そのまま布団に飛び込んだ。


 コンコン──。か細いノックが静かな部屋に優しく響く。


「お兄様、入ってもいいかしら」


「ああ、どうぞ」


 常夜灯が優しく灯る。暗い部屋に優しいくドアが開く。パジャマ姿のまま入ってくる亜巫。僕はベッドに座ると彼女は床にゆっくりと座った。


「お兄様が見つけてくれたおかげで全てのカードが揃いました。そのカードでお兄様の占いをしてみたんです。円形で放射状の中に描かれた、黄道十二宮の記号や太陽、星、人物そんな風景が頭に浮かんで導かれるよう……」


「黄道十二宮?」


「ええ、意味はちょっと違うのですが、誕生日で決まる12星座だと思って下さい。……そして結果ですが、『鍵の者、ふたりの愛すべき人物のうちひとりを選び、選択する者とともに屋敷に向かいて一夜の契りを交わさん。さすれば道は拓けるであろう』と、いう結果でした」


 どちらかと共に屋敷に向かえという事か。何を僕に求めているのかは分からない、しかし那奈代か三花のどちらかを連れて行かなければならないという事だけは分かる。


 選択の先に何があるのか、亜巫の言葉を借りれば僕は金建カギということになる。いったい何が待ち受けているのだろうか。



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《登場人物紹介39:10月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:建金たてがね 亜巫あみ

   不幸な少女、家を転々として謙心宅にたどりついた。


 1A:代口しろくち 那奈代ななよ

   那奈代と三花は双子の姉妹。祥奈と重なって見える。

 1A:余乃よの 三花みか

   那奈代と三花は双子の姉妹。美佳と重なって見える。


彩光高校

 1C:沼田ぬまた 天音あまね

   屋敷に引っ越してきた。キーとなる屋敷に住む理由とは。

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