第36話 重なる想い

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

==========


 常夜灯小さい電気が部屋をかすかに照らしている。


 うっすらと映る普段とは違う天井や壁紙の模様が非日常を演出し、水の流れる澄んだ音、葉の擦れる音がお泊り旅行を実感させる。


 布団と石鹸の入り混じった匂いが心を落ち着かせ、歯磨き粉のすっきりとした味わいが心を晴れやかにする。


 そして柔らかな布団と祥奈の手の温もりを心に感じる。


 五感の全てが幸せだ。今まで感じたことない……いや、心の奥深くに同じような幸せの断片が心を引っ張る。


 でも今は祥奈のことだけを見ていたい。


 静かな祥奈に目を向ける。既に祥奈はこちらを見つめていた。


「謙心、眠れないの?」


 祥奈の息を頬に感じる。好きな女の子とふたりきりという空間に脳が麻痺する寸前。


「緊張しちゃって……ドキドキしてるよ」


 布団の中で手の這う音。ゆっくりと僕の胸の上に置かれた。


「ホントだ、凄くドキドキしてるね」


 空いている手を祥奈の手に重ねる。柔らかな手のぬくもり、恋の香りに脳が麻痺する……祥奈への愛おしさが最高潮に達した。


 近づける唇。祥奈の目が閉じられる。布団がすれる音と共に体をくねらせ近づいていく。


 触れる唇。柔らかい感触が雷に打たれたように体中を駆け巡る。


 体の中から何かが出てくる。何かは分からないが青い光を感じる……体中から丹田に集まった光は大きな息吹となってかけあがる。そのまま僕の口を介して彼女の中へと入っていくのを感じた。


 こころ……僕の心から祥奈が好きだという気持ちが光となって彼女と一つになったような気分。ゆっくりと唇を離す。


「えへへ、やっと恋人らしいことができたね」

 ニコリとする祥奈。見たことのない可愛らしい彼女の顔にドキドキすることしかできない。


「祥奈……」


「謙心。初めてだから優しくしてね」


 僕たちは一つになった。彼女と愛し合った時間、聞いたことのない彼女の声に僕だけの彼女であるという独占欲が生まれた。


 立ち上がる祥奈。「あああっ……。わたしは謙心の……。そうだったの、謙心の記憶の混濁。美佳……」彼女の言葉は僕の耳に届かなかった。


「きれいだね」

 常夜灯小さい電気を背にした祥奈の肢体に見とれてしまった。


 裸であることに気づいたのか座り込んで布団を体に巻き付ける。

「謙心、変なこと言わないでよ。」


「ご、ごめん。あまりにもきれいだったからそっちの方に目がいっちゃって」

 祥奈は再び立ち上がるとロケットのように抱き着いた。耳元で囁かれた一言が印象的だった。


「愛の力ね。わたしは謙心と一緒が幸せよ。また戻ってきてね」

 この言葉、前にも一度聞いたことがある気がする。どこで……僕は祥奈と一緒にい……た……い……。



  ○。○。○。○。



 意識を脳が取り戻す。寝起きのホヤホヤした感覚にもう少し寝ていたい気持ちが瞼を抑えつける。


「謙心、おかえり」


 心地よい声、心を温かくしてくれる声、唇に感じる温かくも柔らかい感触、幸せの味。何か力が沸いてくるような感覚


 慌てて上体を起こす──


 ゴチーン。物凄い衝撃を頭に感じた。思わず額を抑えてしまう。

「いたたたた」


 当たったのは三花の頭、跳ね返されて頭を抱える。そんな三花は動じることもなく心配をしている。


「大丈夫、謙心?」

 僕の額を撫でる三花、頭の奥にある響くような痛みが根元から消えていく。何事もなかったような状況に呆気にとらわれる。今の僕なら、『頭がぶつかってなんか居ないわよ』なんて言われたらまた記憶の混濁かと思ってしまうほど。恐る恐る聞いてみた。


「今、頭がぶつかったよね。三花はなんともないの?」

 額を撫でるがやはり痛みも何もない。あるのは不思議な感覚に悩む頭痛くらい。


「ふふふ、大丈夫よ。謙心さんはまだ思い込みが激しいのかもしれないわね。早くこの場所にも慣れて下さいね」


 さっき頭を打ったショックなのか頭の中に鎮座する遺跡がパッと頭に浮かんだ。なぜかこの建物が頭から離れない。僕にとって重要な気さえする。


「ねえ三花、この世界に遺跡ってない? なんか古びて風化しかかった建物が頭に浮かんで離れないんだけど」


 三花は一瞬だけ眉間にしわを寄せたような気がした。立ち上がると背中をこちらに向けてゆっくりとしゃべり始める。


「そう、さすが謙心さんね。そこはあなたの目的地でもあるの。この世界で謙心さんがそこにたどり着いた時に全てが終わるの。いや、始まると言っていいかもしれない」


 おっとりとしたいつもと雰囲気が違う。いったい何のことだか分からない。


「三花、いったい──」


「謙心さん、わたしとこの世界を平和に生きていくためにどうしてもあなたの力が必要なの。お願い、わたしとの未来のためにお願い」


 いつもの三花、さっきの雰囲気はいったい何だったんだろう……気のせいか。


「もちろんだよ、ぼくは三花のためなら何でもやるよ。三花のためだったら何だって……」


 三花の華奢な肩、手の平に深く収まる。三花から感じたことのない植物の香り……。心が癒されていく。


「謙心さん、目をつぶってくれる」


 言われるがまま目をつぶる。手の平に感じる三花の華奢な肩が僅かに膨らんだ気がする。彼女と繋がっているような……そんな感覚を覚えた。


「いいわよ」



 ゆっくりと目を開く。僕は声が変わった事さえ気づかなかった。


「一体どうしたんだい『天音あまね』、いきなり目を瞑れって何かと思ったよ」


「謙心さん、ごめんね。今度はボクと仲良くしてね」


「え、さっきも言ったじゃない。天音のためだったら何だってやるって、謝る必要はないよ」


 天音はひとつの植物を僕に渡した。ひとつめはハート形の葉、垂れ下がった茎、茎の先には所狭しと赤い実がついている。根は人参芋に似た形。


人参芋に似た根ポッキャよ。まずはこれを体にこすりつけてもらっていいかな」


 言われるがまま腕におろし金ですりつぶすようにこすった。見た目とは裏腹に感触はない。右手で握った人参芋に似た根ポッキャを持っている感覚はあるが、こすられている腕の感触がないのだ。あるのはそこから体の中に何か入ってくる感覚だけ。


「謙心さん、もう大丈夫だよ。次はこの3つの実をいっぺんに食べてもらっていいかな」


 渡されたのは馴染みのある植物柿っぽいパモン。赤い実と黄色い実、そして藍色の実。


「これは柿っぽいパモン……、1つ食べたら眠くなっちゃうんじゃないかな」


「大丈夫よ、『眠らない』と強く念じるの。黒い頭髪の様な葉の根マンドラの時のように強く……強く」


「分かった、やってみる。『眠らない』『眠らない』『眠らない』」


 赤い柿っぽいパモンを口に含む、フルーティーな香りが鼻腔を抜け脳に到達する。とても幸せな感覚を生み出すとともに急激な眠気に襲われる。


「眠らない……眠らない……」


 続けて黄色い柿っぽいパモンを口に含む、幸せな感覚を飛び越え脳が麻痺するようだ。立っていられない、崩れ落ちて膝をつく。


「眠ら……ない……眠ら……な……い……」


 藍色の柿っぽいパモンを一口かじるとそのまま倒れて意識を失った。



==========

《登場人物紹介36:9月の終わり》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。

   謙心の変わりように戸惑っていた。

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   一体誰?

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。


その他

 沼田ぬまた 天音あまね

   宗玄の居る道場で現れた。何者だろうか。

 ???《不明》 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る