第34話 キスマーク

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「好きな人を守るときが必ず訪れる。あなたにはその守る術を身に着けて欲しいの。


  天音あまねの言葉。

 僕は踏ん切りが付かなかった。突然そんなことを言われても……。宗玄と天音の言葉は彼たちに何のメリットがあるのか……それに──


「いいね、迷っている暇はないよ。君のいる世界は止まっているけど時はしっかり刻まれているんだからね」


 宗玄と天音、何者なのか、それに目的も分からないし。しかし好きな人を守る術を身に着けるという言葉に、修行に臨んだ。


 ──神薙流

 主に薙刀や剣がメインの武術で、体や気の運びを何度も何度も繰り返し体に覚えさせられた。


 ~・~・~・~


 この空間で睡眠や空腹といった概念はない。どれほどの時間を訓練に費やしたのかもわからない。ただ分かっていることは、宗玄と天音を家族のように感じる程の時間を過ごしたことだけ。


 ~・~・~・~



「謙心殿、そこまでできれば大丈夫だろう。後のことは天音、お前から話しておきなさい」

 師匠として厳しく教えてくれた宗玄は静かに奥へと消えた。


「お疲れ様。亜巫様の協力があったとはいえ随分がんばったな。よっぽど彼女たちが好きなんだな。ビンビン伝わって来たよ」


「彼女……たち?」


「まあいいや、ここでのことは記憶から消えてしまうけど、体に覚えさせたことは残っているからね。きっと役に立つよ」


「記憶から……消える?」


「ああ、ここで覚えたことは必要な時にだけ使えればいいんだ。知っていると試したくなるだろ。君が世界を壊しちゃあ意味がないからね」


 天音の姿が音もなく消えた。すかさず握った薙刀を振り払う。柄が天音を弾き飛ばし地面に叩きつける。


「あ、ごめん。無意識に……って、あ……」


 ボーイッシュな髪形がハラリと垂れさがりロングヘアーへと変わる。とても可愛らしい女の子だった。


「やっぱり凄いな、これでまだ半分程度しか力を受け取ってないってんだからな」


 垂れ下がったロングヘアーを整えながら立ち上がる。彼女はそのままゆっくりと僕に近づくと頬にキスをした。


「ちょ、ちょ……そ、それに……女の子」

 慌てて頬を抑えて身を引いてしまう。


「こら謙心。女の子にキスされた場所を拭っちゃだめだよ。そのままだからね」


 慌てて添えた手を頬から離す。「はい……」こう返すのが精いっぱいだった。


「謙心は覚えてないかもしれないけど最後だから伝えておくね。この世界は無数の世界があるんだ。その中で謙心は2つの世界で愛する者を見つけた。それぞれの世界とのつながりが強くなったせいだと思う。ただ無意味に多くの世界と繋がればいいってもんじゃないからそれでもいいと思う。ただね、2つの世界とのつながりが強くなってしまったせいで、他の世界の記憶をほとんど引っ張り出せなくなっているんだ。だから、最近は記憶の混濁も減っているだろ。でも大丈夫、審判が上手くやってくれると思う。君はしっかりと愛すべき人を守るんだよ。ボクも謙心に愛される世界に行きたかったなぁ」


 意識が遠のく、「天音……さん……まだ、聞きたいこと……」


「謙心さん……天音でいいよ。って覚えてないか。また会えたらいいな」



 * * *


 

 ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ


 スマートフォンの着信と共に目が覚めた。休憩所の石椅子の上、目の前には亜巫さんの姿。


「おかえりなさい、あなたが物語をどう紡ぐが楽しみにしていますよ」


 亜巫は立ち上がると屋敷へと歩いていった。後を追うように風が葉や土を舞い上げた。


 スマートフォンを見ると着信した履歴は何もない。心なしか体が軽い、なにか楽しい夢を見ていた気がする。浮き立って家路についた。



「ただいまぁ」


「謙心おかえり。あら、頬、どうしたの?」

 頬をつつきながらこちらに何かを伝える母。


 洗面台に走って鏡を覗き込む。……鏡に映っているのはキスマーク。頬に手を添えると何かが体の奥底に入っていくような感覚。頬に添えた手を離すとキスマークは消えていた。

 

 母に見られたことが急に恥ずかしくなってリビングでくつろぐぐふりをしながら様子をうかがう。

 キッチンで昼食を作っている母、炒める音と共にソースの良い香りが漂ってくる。追いかけるように電動ミルの音、母特製の焼きそば、仕上げの煮干し粉を絡ませるのがウチ流。


「謙心、食べるでしょ」

 テーブルにことりとお皿を2つ置く。昔馴染みの焼きそば、久しぶりの味に一気に平らげると当初の目的はすっかり忘れていた。


「ふぅ、お腹いっぱいだ」

 柔らかなクッションのソファーを背にスマホに視線を移す。特に通知はなく少し気分がおちこみつつ祥奈と行った神社の写真を開く。


「あ、祥子祥奈の母:叔母から聞いたんだけど、祥奈ちゃんと旅行に行くんだって」


 僕の手からスルリと胸に落ちるスマートフォン。思わず跳ねるように立ち上がると


「え、あ、なんで母さん知ってるの」

 母はテーブルの前に座るとそっと封筒を置いた。少し厚みのある茶色い封筒。


「これ使いなさい」

 

 昔、こんな封筒をもらった記憶がある。祥奈の母叔母から渡された記憶の断片が脳内をよぎった。 ……中身は現金、1万円札が10枚。


「この現金は……」


「お金は祥子祥奈の母と話し合って決めたのよ。お互いに5万円ずつ出してあげようって。あっ、祥奈ちゃんの足は関係ないわよ。わたしたちからのプレゼントってことで」


「母さん……。祥奈の母叔母さんから聞いたんだ。祥奈の母叔母さんには断ったんだけど。かえって気を使わせちゃったみたいだね。……ありがたく使わせてもらうよ」


「ちゃんと祥子祥奈の母にも礼を言っておくのよ。私たちができるのは謙心と祥奈を応援することくらいだからね」


「ありがとう。9月こんげつ末の連休に行ってくるよ」


「あのね謙心、もしかしたらいつかどこかでお父さんと会うことがあるかもしれない。その時はしっかり話しを聞いてあげてね」


「父さん? 海外に出張中じゃないの?」


「本当はね、みんなを守りに行ってくるって出ていったっきりなの。私もね何か大事なことを忘れているような気がするのよ。でもね、思い出せないの」


「母さん、なんでそんな話しを? ドラマでも子供への隠しごとなんかは18歳とか20歳の区切りに重苦しくやるんじゃない」


「そうね、このタイミングで伝えておいた方が良い気がしたの。でもなんで急にこんな話になったのかしら……」


 食べ終わったお皿を重ねると流しに運んで洗い始める母、勢いよく流れる水道の音を耳に感じながらスマートフォンを開いた。実は旅行先をまだ決めていない。旅サイトや旅館を調べるが満室が多い。流石に9月の連休、初動が遅かったようだ。


「あっ!」


 雰囲気も良くふたりで泊まるのに十分な部屋を見つけた。どこも満室だったせいか心が焦り、祥奈に相談することもなく予約ボタンをポチった。



[謙心] 祥奈、旅行先決めたよ。連休中はどこも部屋が取れなくてたまたま空いていた場所を予約したよ。

[祥奈] おっけー。謙心と一緒ならどこでもいいよ。どこにしたの?

[謙心] 『ホテルゆめゆめ』ってところ。ホテルのアドレスと周辺のスポットを送っておくから一緒にどこに行くか決めようね。

 

──ホテルゆめゆめ

 健康ランドと宿泊施設を兼ね、近くにはスポーツ施設がある人気のホテルである。



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《登場人物紹介34:9月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。

   謙心の変わりように戸惑っていた。

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   一体誰?

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 沼田ぬまた 天音あまね

   宗玄の居る道場で現れた。何者だろうか。

 ???《不明》 宗玄そうげん

   黒胴着の初老の男、髪が薄いが武器の扱いに長けているようだ。

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹

 ???《不明》 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

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