第32話 幸せな日常
下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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「さっき何を渡されていたの?」
神社の参道と並行する歩道に店舗を構える喫茶店に来ていた。
軒先でアイスクリームやクレープを売り中でも飲食できるお店。子供の頃にこの神社へ来ると必ず両親に連れられていたので懐かしい場所でもある。
店の中は年季があって古ぼけてごちゃごちゃしているが、その代わり映えのしない感じに懐かしさを覚えた。
ポケットにしまった紙を取り出すと、ビニールシートが敷かれた白いテーブルに広げる。
『神薙流剣術道場 宗玄』。連絡先、地図と共に書かれていた。
「一体何だろうね。もしかして僕の才能を見抜いたとか」
ストローでコーヒーをかき回す。氷同士がぶつかり合ってカラカラとした音で幾分か涼しさを感じる。
「そうかもよ。テレビで見たことあるけど水平に斬るなんて始めて見たわ」
桜の花が描かれた紙からクレープを引っ張り出して一口頬張る祥奈。話しをしながらも笑みがこぼれている。
「場所は……あれ。これって家の近くにあるショッピングモールの奥じゃない」
ショッピングモールが建つ前は田畑が広がっていた。その土地の所有者たちが農業が止め、眠っていた跡地を売却したことで建てられたのである。
古くからこの地に居を構える住人や巨大な団地に住む人達によって構成された地域の1角に道場があるようだった。
「ホントだ。確かにあの辺は古い建物が多いけど全然気づかなかったなぁ」
「フフフ、こういう出会いって面白いわね。何か違った自分が見つかるかもしれないわね」
食べ終わったクレープの包み紙を折りたたむ。満足したのか満面の笑み。彼女の笑顔を見て無意識に言葉が出てくる。
「ねえ祥奈、今度一緒に旅行行かない? 1泊でも良いからふたりでどこか行きたいなぁ~」
なぜこんなことを言ったのかは分からない。深い記憶が、記憶の断片が誰かと同じように旅行に行った方が良いと発しているのだ。
「え、あっ泊まり? えっ? わたしが謙心と泊まり?」顔を真っ赤にする祥奈、アタフタと折りたたんだクレープの包みを開いたり閉じたりする「ちょ……ちょっとお母さんに相談してみようかな……」
「うん。出来たらでいいんだ。なぜか祥奈と一緒にこうした方が良い気がするんだよね」
喫茶店を出ると市街地に向かって買い物などをして夏休み最終日を楽しんだ。
旅行は9月にある敬老の日と秋分の日を交えた連休に決まった。
祥奈に話しによると、足を治してくれたのが僕だと信じてきているようでお礼がわりに旅費も全部面倒を見てくれると言ってくれていたがそれは断った。
2学期初日、いつも通り学校に向かう。屋敷の窓を眺め桜子さんを確認する。遠くを眺める桜子さんを見つけたが心は浮かなかった。
「けーんしんっ!」
後ろから背中を叩いて僕を追い越すとクルリと回って笑顔になる女の子。白いシャツに羽織ったブレザーの下からリボンがチラリ。後ろに縛ったツインテールが動きに合わせてフワリと揺れる。
「祥奈(あきな)、急に叩いたらビックリするだろ」
いつものセリフを言うだけで幸せな気分になる。久しく忘れていた感覚。蝶のようにフワフワ舞い飛んで浮かれる心。僕の首に腕を絡ませると、人差し指で頬をツンツンとつつかれる。
「顔がにやけてるよ~。嬉しいんでしょ~」
頬を突く指がグーに変わる。
「分かった分かった。認める、認めるから離してくれ。痛いから」
そんな楽しい日々が続いた。祥奈の足が治ったことで再び男子たちが祥奈に声をかけてくるようになり、女生徒も同様に祥奈の周りに集まってきた。しかし、歩けなかった時のことを考えると、あまり深くまで関われないようになっていた。
* * *
「謙心さんは祥奈さんと付き合っているんですか?」
金曜日の放課後、図書室で不思議系の本を読み漁っていた。唐突に声をかけてきた女性。
「那奈ちゃん」
「ふふふ、随分と熱心に本を読んでますね。……えっと、『あなたの知らない不思議な世界』に『滝川埋蔵金伝説』……。不思議系の本ですね。滝川埋蔵金って大政奉還の時に密かに隠されたっていう金塊でしたよね」
カウンターに置かれた1冊の本をペラペラと捲る那奈。時折「へー」とか声をあげながら読んでいる。
「那奈ちゃんも興味を持った? ちょっと調べ物をしていてね。ヴォイニッチ手稿って言うんだけど」
那奈はかわるがわるペラペラと本を捲っては置いて捲っては置いていく。
「いえ、わたしは聞いたことないです。……あれ?」
捲る手を止めた那奈は両開きにして本をこちらに向けた。そこには不思議な植物が描かれた本の写真が掲載され、細かな文字で解説が書いてある。その本を受け取って文字を目で追っていく。那奈がいることも忘れるほど集中して……。
「はぁ、ネットで書いてあることと一緒かぁ」
本を閉じてカウンターに置くと、頭の裏で手を組んで天井を見上げた。
「随分真剣でしたね。何かその本に思い入れがあるんですか」
集中しすぎて那奈のことを忘れていた。慌てて彼女を向いて頭を下げる。彼女はニコリとしていた。
「あ、あれ? 前に那奈ちゃんとこの本のことで話し合ったことなかったっけ?」
ふとそんな風景が一瞬頭に浮かんだ。首を傾げ頬に指をあてる那奈。
「いえ。わたしは初めてこの本のことを知りましたので。それはそうと、謙心さんは祥奈さんと付き合ってるんですか」
両手をついて前のめりになる那奈。いつも以上に大きな目。
「うん。最近また付き合ったんだ。昔なじみだし一緒にいて気楽だからね」
思わずはにかんでしまう。
「そうですか……。ちょっと残念です。でも、わたしは謙心さんを応援しますよ! 絶対に祥奈さんのことを選んであげてくださいね」
小さく手を振って那奈は図書室を出ていった。
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《登場人物紹介32:8月31日→9月のとある日》
夢彩高校
1B:
平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。
1B:
従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。
謙心の変わりように戸惑っていた。
1B:
親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)
1E:
一体誰?
2A:
読書好きな先輩。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。
1B担任:
読書部顧問でもある
不思議な世界
不思議な少女、那奈代に似ている。
見つけた者を消滅させるらしい。
その他
祥奈に近づく人物……誰だろう
祥奈の
謙心の母の妹
謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。
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