第29話 美佳の記憶

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 布団を横に並べてふたりで天井を見上げていた。常夜灯小さい電気が部屋を小さく照らす。


 うっすらと映る見慣れぬ天井や壁紙の模様が非日常を演出し、水の流れる澄んだ音、葉の擦れる音がお泊り旅行を実感させる。


 布団と石鹸の入り混じった匂いが心を落ち着かせ、歯磨き粉のすっきりとした味わいが心を晴れやかにする。


 そして柔らかの布団と手の温もりを幸せを感じる。


 五感の全てに幸せを感じる。今まで感じたことない……いや、なにか記憶の断片が心を引っ張る。でも今は美佳のことだけを見ていたい。


 横になったまま美佳の方を見る、既に美佳はこちらを見つめていた。


「謙心さん、眠れないんですか」


 美佳の息を肌に感じる。好きな女の子とふたりきりという空間に脳が麻痺する寸前。


「緊張しちゃってね。ドキドキしてるよ」


 布団の中で手の這う音。ゆっくりと僕の胸の上に置かれた。握った手と反対側の手、僕の方に体を向ける美佳。空いている手を美佳の手に重ねる。


 柔らかな手のぬくもり、美佳の香りに脳が麻痺して愛おしさが最高潮に達した。


 近づける唇。美佳の目が閉じられる。布団がすれる音と共に体をくねらせ近づいていく。


 触れる唇。柔らかい感触が雷に打たれたように体中を駆け巡る。


 体の中から何かが出てくる。何かは分からないが緑色の光を感じる……体中から丹田に集まった光は大きな息吹となってかけあがる。そのまま僕の口を介して彼女の中へと入っていくのを感じた。


 こころ……僕の心から美佳が好きだという気持ちが光となって彼女と一つになったような気分。ゆっくりと唇を離す。


「えへへ、やっと恋人らしいことができたね」

 ニコリとする美佳。見たことのない可愛らしい彼女の顔にドキドキすることしかできない。


「美佳……」


「謙心。初めてだから優しくしてね」


 僕たちは一つになった。彼女と愛し合った時間、聞いたことのない彼女の声に僕だけの彼女であるという独占欲が生まれた。


「あれ? そういえばさっき足を動かしてなかった?」

 愛し合う中、彼女が足を動かしていたことにふと気づいた。


「そんな訳は………………あれ、動く」

 そのまま立ち上がって見せる彼女。


「きれいだね」

 立ち上がった事より、常夜灯小さい電気を背にした美佳の肢体に見とれてしまった。


 裸であることに気づいたのか座り込んで布団を体に巻き付ける。

「謙心、変なこと言わないでよ」


「ご、ごめん。あまりにもきれいだったからそっちの方に目がいっちゃって」

 美佳は再び立ち上がるとロケットのように抱き着いた。耳元で囁かれた一言が印象的だった。


「愛の力ね。えっ……そうか……わたしは……」一筋の涙が美佳の頬を伝わる「……わたし……謙心と一緒が幸せよ。また戻ってきてね」

 足が治ったら恋人関係が解消される。そのことを危惧しているのだろう。大丈夫、僕は美佳と一緒にい……た……い……。




  ○。○。○。○。



 頭がガンガンする。瞼が重い……一生懸命に瞼を開くが眼球が上を向くだけの感覚。一呼吸おいてゆっくりと瞼を持ち上げると、徐々に背景が瞳を通じて脳がこの世界を認識する


 頭がぼやける。掌底でこめかみを叩いて意識を取り戻す。

 

 長い……長い夢を見ていた気がする。気づくと笑顔。楽しい夢を見ていたのだろう。


 にやけた顔を戻すべく両頬を叩いて気合を入れる。



 青い柿っぽい実パモンを食べたのは覚えている。三花みかに言われるがまま僕の使命を果たしに出かけたことは覚えている。


 誰かを助けに……誰だ? 女性……見えない女性? 記憶が混在している。しかし戻ってくることができた。この自然豊かなこの場所げんじつに。


 記憶は曖昧だが三花に何かしてあげなくてはならないという気持ちが心を支配していた。 


 家までの道のりは分かる。頭の中に通った道が場所が全て記録されている。途中でサツマイモっぽい実ルポスヤシっぽい実パムを収穫する。お腹がすいたらサツマイモっぽい実ルポスを食べ喉が渇いたらヤシっぽい実パムを飲む。


「おかえりなさい。謙心さん」

 家の扉を開くと笑顔で出迎えてくれた。


「ただいま。いつもの実を収穫してきたよ」

 戸棚のいつもの場所にサツマイモっぽい実ルポスヤシっぽい実パムをしまう。


「ここにも随分慣れてきたね。たくさん食べて早くここに馴染んでね」

 三花は僕に抱き着いてキスをした。混在していた記憶が喪失するほど頭がスッキリする。僕は力強く彼女を抱き返した。


「好きだよ三花。ずっと一人で僕を待ってくれていた三花を大事にしたいんだ。記憶が曖昧な僕を助けてくれた三花に恩返しがしたいんだ」


「わたしはねここを平和にしたいの誰の犠牲も必要ない世界に」


「三花ちゃんごめん。僕にはここは平和としか思えないんだけど、何か問題があるの?」


「ええ、この世界を保つためには犠牲がいるのよ。いつかきっと……きっと謙心さんが成しえてくれると信じてるわ」


「三花が望むなら僕は期待に応えるようにがんばるよ。何をすればいい?」


「植物を探して欲しいの。土から出した黒い顔、髪の毛のように葉が茂るマンドラという植物よ」


 どこかで見たような植物。たしか探索している時に見かけたような気がする。地理は頭にあるが植物がどこにあったのかまでは覚えていない。


「分かったよ。その植物を探して持ってくればいいんだね」


「ええ。一つ注意しないといけないのは引き抜く時に叫ぶから『絶対に耐えられる』と意識をしっかり持ってから抜くのよ。その根っこを食べれば良いのよ」


「分かった。行ってくるよ」


 小屋を飛び出し黒い頭髪の様な葉の根マンドラを探す。去り際に「影には気を付けるのよー」と三花の声が聞こえた。

 

 随分と長い間この場所にいる気がする。ずっと……ずっと前からこの地を知っているような感覚さえ覚える。失われた記憶が蘇っているのか、それとも違う何かが僕に干渉しているのか。


 この場所のことについては分からないけど、影にさえ気を付ければ平和そのもの。この平和を壊す者を許すことが出来ない。今はこの場所に詳しい三花の話しを聞いて植物を探すのみ。


ほどなくすると黒い頭髪の様な葉の根マンドラは見つかった。人型の植物。頭だけ出した根に大きな卯形ウサギ耳形の葉が髪のように生えている。


「耐えられる、耐えられる、耐えられる」

 気合を入れて植物の頭部分をしっかり握る。そして思い切って引き抜いた。

 巨大な石でも持ち上げているかのような抵抗。ピクリとも動かない。


 絶対に抜くんだ。三花との平和を絶対に守るんだ。


 抜ける、抜ける、抜ける、抜け「る、抜ける、抜ける、抜ける」

 腕に足に手に体に力がみなぎってくるのを感じる。それに呼応するかのように僅かに植物が動いた。


『ギ、ギギ、ギギギ』

 土から抜けてくるたびに悲鳴のような音が響く。


『ギギギギ、ギギギギギ……』

 

 ──スポン。


『ギャーーーーーーーーーーーーーーーー』

 何とも言い難い、潰れた悲鳴のような音。耳が心が破壊されそうな勢い。


「耐えられる、耐えられる」

 必死の言葉を発して自分に言い聞かせる。


「耐えられる、耐え──」


 ──寒気さむけ


 影が来る。草葉の陰に隠れる。音でバレるのではないかという焦燥感が募る。


 ガブリと一口、黒い頭髪の様な葉の根マンドラを食いちぎった。鎮まるマンドラの音、あまりにも体力を消耗したせいかその場で意識を失いかけた。


 影がいつものようにゴソゴソ動き去っていく。そんな気配だけを感じる。


 ヤシっぽい実パムヤシっぽい実パムを……水を飲もうとポケットをまさぐるが何もない、諦めてポケットから手を出した時に何かを掴んだ。


 ──柿っぽいパモン


  橙色……美味しそう……一口かじった……眠い……


 ○。○。○。○。



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《登場人物紹介29:8月の終わり》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の妹、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   妹のように可愛い、所属部活なし、事故で下半身不随に。

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。不思議系小説を好む。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹

 ???不明 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

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