第28話 ひぐらしの鳴くころ

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「インターハイ負けちゃったね」


「はい。やっぱり花桜高校は強かったです……。あんな白熱した試合を観戦していると一緒にコートに立ちたかったなぁって」

 涙を必死にこらえて唇を噛みしめる美佳。少しばかり漏れる嗚咽。


「そうだよね。美佳とちょっとしかバスケをやってない僕でさえ体がウズウズしたよ」

 美佳の肩に手を乗せる。手の平にすっぽり収まる華奢きゃしゃな肩が震えている。あまりにも弱弱しい彼女をギューッと抱きしめたくなる衝動を必死で抑えた。


「バスケ部も残念だけど、謙心さんと1日でも付き合えると思ったのになー。ずるい考えをしたから天罰がくだったのかな。わたしがこんなこと考えなければ優勝したのかなぁ」

 うつむいてべそをかく。美佳の目から涙が溢れてくる。「ごめんなさい」と一言、人気ひとけのいない木に囲まれた木陰に向かって電動車いすを走らせる。彼女を小走りで追った。


 多く残る足跡をタイヤの跡で塗り替えしながら奥へと走っていく美佳。彼女の後ろ姿、地に残る人々が残した足跡、交互に見比べながら走っていると無性に悲しくなる。

 彼女は車いすを止める。追いついた僕は彼女の前に立って真剣な表情で見つめる。無意識に右こぶしに力が入った。


「美佳。こんな状況だけど僕からお願いがあるんだ」


「は……い……」

 涙をこらえながら絞り出した声。尽きぬ涙を悲しむかのように囲まれた木々からひぐらしが『カナカナ……』とハーモニーを奏でる。僕は膝をついて彼女の両肩に手を置いた。



「ぼくと付き合ってくれないか」



 時が止まる。ひぐらしだけはお構いなしに鳴き続け、祝うようにツクツクボウシが鳴き始めた。


「謙心さん……本当にわたしでいいんですか、普通の女の子だったらもっと気軽に楽しくお出かけしたりスポーツしたりデートできるんですよ」

 涙の粒が大きくなる。冷たい涙が温かくなる。言葉と裏腹に見える笑顔。


「僕は美佳の体が目的じゃないから……。美佳と付き合いたい。足が治るまででもいい。彼女になってもらえないか」


 僕の頭を抱き寄せる。大きな胸の感触を顔に感じ、温かな涙を頭に感じる。

 胸に密着している顔に気づいたのか慌てて抱える手を離す。顔は真っ赤、目線は中空を泳いでいる。既に僕の頭は彼女のことしか考えられなかった。


「ごごごごめんなさい。あまりにもびっくりしちゃって。でも、なんで足が治るまでなんですか」

 人差し指を頬に当てる美佳。えくぼのように膨らむ頬が可愛い。


「み、美佳の体が目的じゃないからね。足が治ったらまた一緒に考えよう。足が治った美佳が、どう思ってどう考えるか分からない。縛り付けておくのも悪いからね」


 上目遣いに頬を膨らませる美佳。微かに感じる怒りのオーラ。変なことを言ってしまったのだろうか。


「じゃあ、それでいきましょう。いいのかなーそんな約束しちゃって。わたしって結構モテていたんですよ」


「その時は、また僕の方を向いてもらうようにがんばるよ」


「ふふふ、ありがとうございます。でも、か……か……」真っ赤になる美佳「体が目的って……ちょ、ちょっとエッチですね」


 全く頭になかった。いろいろな妄想が頭に膨らみ顔が熱くなる。美佳の目を真っすぐ見れない。目が合ってもお互いに意識してしまい目線を外してしまう。そんなことを繰り返しているうちに麻痺してくる脳。


 目と目が吸い込まれるように近づいていく。

 

 追うように近づく唇。閉じられる瞼……



 ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ  


 冷静さを取り戻すふたり。真っ赤になりながらアタフタして電話に出る美佳。


 ここまで聞こえる大きな声は恭平。何を言っているのかまでは聞き取れないが美佳を心配していることだけは分かる。

 涙声になっているのが分かったのか恭平の声が徐々に大きくなる。美佳は「大丈夫よ、映画を観て泣いちゃっただけだから」とごまかしていた。



 この旅行で心の距離が更に近づいた。そんな心の距離を楽しむように公園を散歩する。笑い合い笑顔で会話する。とても幸せな時間だった。



 * * *



──ホテルゆめゆめ

 健康ランドと宿泊施設を兼ね、近くにはスポーツ施設がある人気のホテル。


「ご、ごめんなさい。隠してました」

 両手を合わせて額をつける美佳。実はシングルルームを2つではなくツインルームを予約していた。

 インターハイ優勝を信じて疑わなかった美佳は、1日恋人こいびとの思い出として一緒に寝ようと思ってたようだ。


「僕は全然かまわないよ。ゆっくり夜を楽しもうか」

 美佳の頭にポンと手を乗せる。美佳の顔が真っ赤になる……両手を頬に添えて目線がどんどんさがっていく。


「あっ!──」僕の言い方が悪かった。あの言い方だとまるで……「ごごごごめん。美佳と一緒に夜の時間で一緒にお話ししたりテレビを観たりゆっくり楽しもうって……。変なこと言ってごめん」


 顔を隠すようにさらにうつむく美佳。小さく「変なこと考えちゃってごめんなさい」と聞こえた。




 部屋は和室。美佳に言わせると洋室だとベッドが占有して動きにくいらしい。和室なら腕をついて這って移動できるし壁があれば座る事も出来るので比較的自由に動けるようだ。


 テーブルを隅に寄せて部屋を広くとる、食事は食堂があるのでそこまでおぶって移動。


「ありがとうね謙心くん。重いでしょ」

 背中に感じる胸の感触、美佳の匂いに頭がクラクラする。


「あ、ほらっ! なんか美佳をおんぶしても疲れないんだよね。思ったより軽いっていうか……それに美佳を感じられて嬉しいっていうか」


「謙心さんは力持ちだもんね。ありがとう。こんなに幸せだったら足が治らなくてもいいかなぁ。え、あ、わたしを感じられる」

 胸のことを言っていることに気づいたのか肩を掴んで背中から胸を離そうとするが諦めたのか首に抱き着いた「(小声)謙心さんならいいかな」。


 肉に魚に素晴らしいコース料理に舌鼓をうつ。かなりの量があったがあまりの美味しさに全て平らげた。



「あ……」美佳を背負った時に感じた食べた分の重み。


「謙心さん、『あ……』って体重のことでしょー」

 膨れるように強く首に抱き着く。そして笑い合うふたり。とても幸せな時間だった。



 残されたことはあと2つ。『お風呂』『睡眠』……


「ね、ねえ美佳ちゃん。お、お、お風呂はどうするの?」


「そうですね。家ではお母さんに………………」うつむいて赤くなる美佳「じ、実は家族風呂の予約をしているんです。け、謙心さん一緒に入ってください! 私の全てを知ってほしいんです!」


 1階にある家族風呂、美佳は移動だけ手伝えば全てひとりでできる。直接触れる美佳の感触に色々な意味でドキドキした。


 部屋で雑談し、地元では見れない地方のテレビ番組を観て笑い肩を寄せる。屈託のない笑顔、おっとりした美佳が見せた積極的な行動。今の自分に出来る精一杯のことをやろうと頑張る姿が愛おしかった。




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《登場人物紹介28:8月の終わり》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の妹、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   妹のように可愛い、所属部活なし、事故で下半身不随に。

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。不思議系小説を好む。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという。見えない祥奈を看病している。

 ???不明 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

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