第27話 秘密の旅行
下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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[美佳] 謙心さん、前に約束した旅行に行きませんか。わたし、友人の家に泊まることにします。
こんなメッセージから秘密の旅行が始まった。美佳が使う車いすは電動、ある程度の距離なら自分で移動できる。コンビニや学校程度ならひとりで行けるのだ。
駅前ロータリーで待ち合わせ。迎えに行くと伝えたのだが、待ち合わせに憧れがあるようでバスで駅まで行くと拒否された。
駅前は5階建てのテナントが多く入るビルが建ち、駅の2階から歩行橋で繋がっている。1階の
祝日の8時前だというのにコンビニだけは人の出入りが激しかった。約束は9時、期待やら不安で居ても立っても居られなくなって広く取られた歩行者区域にある女性像の脇にあるベンチでスマートフォンをいじっていた。
バスが到着するたび美佳が乗っていないか確認。そんなことを繰り返しながら何台ものバスを見送る。約束の30分前に到着したバスから運転手のサポートで降りてきた女性がいた。深々とお辞儀をして笑顔でお礼をいう女性。僕を見つけると車いすのスピードを上げて近づいてきた。
「謙心さん早いですね。私が先に来ようと思ったのに~」
頬を膨らませる美佳。「待ったー?」「今来たところ」がやりたかったらしい。
「じゃあ行こうか」
改札は駅の2階、普通に生活していると気づかないものだが、エレベーターは必要な所に設置され電車に乗るのも駅員さんが手伝ってくれる。バスのことといい車いすでも公共交通機関が使いやすく整備されているんだなぁと気づく。
揺られる電車。車窓から見える風景が見たこともない風景へと変わっていく。大きな川、広大な田畑、土手にあるグラウンドでプレイする野球少年。全てが新鮮だった。
「旅行先、本当に体育館で良かったの」
「うん。今日までわたしはバスケ部の一員だからね。決勝戦を応援したいの」
「友達たちに会っちゃうんじゃない?」
「ふっふっふー。これを見なさい」抱えられたバックから取り出したカツラとメガネ「これがあれば絶対にばれないって。試合は午後だから午前中は観光しましょ」
* * *
先ず行ったのは神社。巨大な庭園が併設された有名な場所である。観光客も多く訪れることから参道もしっかり整備されている。
──ガシャン。 参道の中央に敷かれた石畳から脱輪。宙に浮いた車輪は空回り。
「キャー、ごめんなさい。謙心さんと一緒にいるのが楽しすぎて油断しちゃった」
ペロッと舌を出す美佳。頭をポンポンして参道に戻した。車いすを後ろから押して参道を進む。これなら脱輪の心配もないし安心だ。
「僕が押すよ。これなら脱輪の心配もないからね。それに何か繋がっているようで一体感があってなんか嬉しいね」
「えへへ~」
僕の顔を見上げる美佳。笑顔がとても可愛い。この笑顔を守りたい、そんな気持ちにさせる。なんとなく恭平の気持ちが分かるような気がした。
神社にある拝殿で賽銭箱に小銭を投げて鈴を鳴らす。そして手を合わせて神頼み。
「謙心さんは何をお祈りしたの?」
「美佳との旅行が幸せのまま終わりますようにってね。美佳は?」
「お参りはね、『祈り』を捧げるものでお願いするものではないのだよ…………プッ……なんてね。わたしはね、夢彩高校がインターハイ優勝しますようにって……」
「自分のためじゃなくてみんなのたに祈るなんて偉いねー」
美佳の顔が陰った。
「違うの、自分のためなの。わたしね、謙心さんにお願いがあるの。前にも言ったでしょ、付き合って欲しいって。バスケを引き合いに出すのはずるいんだけど、私は今日までバスケ部、みんなの仲間でありたいの。インターハイで夢彩高校が優勝したら付き合って欲しいの。1日でもいい、わたしがバスケ部にいた証として」
目線を落として笑顔の火が消えていく。どこを見ているのか分からないほどボヤっとした目線。
「もちろんいいよ。それまでは恋人の練習だね」
パーッと笑顔になる美佳。両手を広げて喜んでいる。アニメで見るような喜び方に思わずクスリとした。
参拝を済ませると、この場所ならではのお昼を食べてインターハイ決勝会場へ向かう。遠くに見える見知った面々、応援席には生徒や保護者が大勢詰めかけていた。
「はいこれ?」
美佳がバックから取り出したのは変装道具。別人格を具現化して戦う主人公のようなヘアースタイルのカツラに黒縁メガネ。彼女は老舗旅館の若女将のようなロングヘアーのカツラと赤縁メガネで変装する。
スタッフは美佳の車いすを見て障がい者座席に案内してくれた。2階の最前列に用意された席はコートが一望できる場所だった。
「なんかドキドキしちゃうね。スパイみたい」
「謙心さん、そのカツラ似合っていますよ」
赤縁メガネの
「美佳ちゃんも似合っているよ。いつものおっとりした雰囲気がカッコいい女性って感じ」
変装したことで自分と違う人間であるような錯覚、知り合いに見つからないかというドキドキした感情がお互いを饒舌にさせ会話が尽きない。
『それでは。全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会決勝を開始します。決勝戦は初めて決勝に駒を進めた夢彩高校。対するは連覇を狙う花桜高校です。試合開始までもう少々お待ちください。』
それぞれのゲートから選手が登場、半面ずつを使って選手のウォーミングアップが始まる。徐々に高まる緊張感、観客席に広がる雑談も徐々に小さくなりコートに目線が集まってくる。
ピリピリとした空気、緊張感が最高潮に達するとプレッシャーに負けた観客が大きな声援をあげる。追いかけるように声援の連鎖が次々と広がり隣と会話が出来ないほど大きなものとなった。
試合開始を告げるブザーと共にジャンプボールから試合が始まる。最初にボールを取ったのは夢彩高校、ゆっくりとしたパス回しから放たれるシュート。惜しくもゴールリングに弾かれる。ボールは相手チームに渡り素早いドリブルとパス回しによって2点先制された。
試合は花桜高校が有利に進め前半が終わって62対40。花桜高校に大差をつけられていた。
「大丈夫だよね大丈夫だよね」
いつのまにか美佳の握る手が強くなる。ガッチリと握られた手に熱い汗を感じた。美佳はコートを凝視したまま呪文のようにメンバーの名前を呼んでいた。
「信じよう」
美佳の手を強く握り返す。
後半……。
64 - 46
70 - 58
76 - 66
──徐々に縮まる点差
84 - 82
射程圏内に捉えた。観客たちは歓声を忘れ聞こえるのは激しく動き回る選手たちとボールの跳ねる音、次第に夢彩高校に疲労の色が見え始めて動きが鈍くなっている。それは花桜高校も同じ……。
しかし決定的に違う差があった。『選手層』。タイミングよく選手を入れ替えていく花桜高校、気合で乗り切る夢彩高校。キャプテンを中心に素晴らしいチームワークでとうとう追いついた。
88 - 88
試合は残り5分。そんな中花桜高校のシュートが決まった。ゴールを知らせるブザーと共に花桜高校に2点が加算される。
90 - 88
必死に攻撃を仕掛ける夢彩高校、花桜の速いパス回しに翻弄される。美佳の握る手が更に強くなり爪が食い込む。
残り数秒……夢彩高校のロングシュートが放たれた。ボールは綺麗な弧を描きゴールリングへ……
──ゴイーーン
わずかに、ほんのわずかずれたボールはリングに跳ね返されコートに転がった。
そして……。
試合終了を告げるブザーが会場に鳴り響く。その音は長く、とても長く感じた。
『90 - 88』。夢彩高校は敗れた。
涙を流す美佳。バスケ部員として表舞台から降ろされ陰ながら声援を送り続けた日々が終わった瞬間だった。
僕たちは足早に体育館を後にした。
スポーツセンターの敷地内にある体育館から離れた場所にある広い公園。ツクツクボウシやヒグラシが鳴いているが日差しはまだ強い。熱気盛んな体育館でかいた汗、見つからないように
公園内の人はまばらで夏休みのせいか小学生が走り回っている。近くにあった自動販売機でスポーツドリンクを2本買って1本を美佳に渡す。
ペットボトルを首筋に当てて涼しそうな顔をする美佳。そのまま中空を見上げる。
「あーあ、負けちゃった。せっかく謙心さんと付き合えると思ったのに」
汗とも涙ともいえる雫が美佳の顔を伝わっては地面を濡らしていた。夏の虫たちが一緒に悲しんでいるように騒がしかった。
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《登場人物紹介26:8月の終わり》
夢彩高校
1B:
平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。
1B:
従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?
謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?
1B:
親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)
1E:
恭平と双子の妹、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。
妹のように可愛い、所属部活なし、事故で下半身不随に。
2A:
読書好きな先輩。不思議系小説を好む。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。
1B担任:
読書部顧問でもある
不思議な世界
不思議な少女、那奈代に似ている。
見つけた者を消滅させるらしい。
その他
祥奈の
謙心の母の妹、名前を
謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。
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