第26話 それぞれの事情

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 やっと地元駅に戻ってきた。都会に向かう電車、田舎に向かう電車が毎日行きかういつもと変わらぬ風景。そんな風景に安心する。


 終点まで気づかず、見知らぬ地で折り返し電車に揺られているときの不安と祥奈に対する不安。マイナス同士が掛け算されたように心が冷静になっていた。


 ペダルを漕いで家に向かうがまっすぐ帰る気にはなれない。屋敷の見える小さな休憩所、石椅子に腰を下ろして空を見上げる。雲一つない青空、建物は赤く色づき始めていた。



『祥奈……さん? 誰でしたっけ』



 繰り返される美佳の言葉。事故にあった影響で出た言葉なのか……。


「そうだスマホ」

 尻ポケットからスマートフォンを取り出す。アプリを開き連絡帳や友だちリストを必死に探す。

 一枚の葉が画面に落ち、そのままスルリと滑り落ちると焦った心を遮断した。


「やっぱり……」


 どこを探しても『祥奈』という人間がいた形跡がない。

 あとは……。力なく母に電話をかける。


「もしもし母さん、聞きたいことがあるんだけど幼馴染で祥奈あきなっていなかったっけ」


『幼馴染? 私が知っているのは恭平君と美佳ちゃんくらいかな』


「そっか、ありがとう」


 そんな気がしていたんだ。祥奈という存在は夢なんじゃないかって。すべてのことは僕が見ていた夢なんじゃないか。祥奈を通じて見聞きしたことは僕の妄想だったんじゃないかってね。



「今のあなたはそう思うのですね」

 

 いつのまにか僕の対面に一人の女性が座っていた。見覚えのある女性……思わず口をついた言葉。


「桜子さん……」


 口を手で隠しながら笑う女性。考えてみれば僕がつけたただの呼称である。


「ふふふ、桜子さんですか。きれいな名前ですね。わたしの名前は亜巫あみ洞前ほらまえ 亜巫あみといいます。あなたは建金たてがね 謙心けんしんさんですよね」


 不思議な女性だ。なんで僕のことを知っているのだろう。たまに屋敷で目が合うだけの僕を。


亜巫あみさんはなんで僕のことを知っているのですか?」


「ごめんなさい。質問には答えられないの。今のあなたがすべきは美佳ちゃんを大切にすること。きっとその先に答えが見つかるでしょう」


「え、美佳のことまで知ってる君は一体何者なんだ」


「いーい、全てはあなた次第。あなたが見聞きしたものはすべてが現実。ふっと浮かぶ記憶の断片も全てが正しいの。現実いまを受け入れてもっと自信をもちなさい」


 彼女は屋敷に歩いていった。かすかに香る植物の香り……心が落ち着き嘘のようにモヤモヤした不安が解消されていく。


 亜巫あみ一言一言ひとことひとことに心のもやが払拭される。ギザギザした不安を全て取り除き、心が丸くなったようにさえ思える。


 迷っていても始まらない。僕にとって今が現実、美佳が元気になる事を考えよう。



[謙心] 退院したらどこか旅行にでも行かないか

[美佳] ありがとう元気づけてくれて。わたしねインターハイの応援に行きたいんです。出られなくなっちゃったからせめて応援だけでも……でもみんなから反対されていて

[謙心] じゃあ内緒で行っちゃおうか。美佳さえ良かったら

[美佳] それじゃあ謙心さんに迷惑が……

[美佳] あ、でも。ちょっと友達に相談してみます。少し時間をください

[謙心] いいよ。美佳が元気になれるならそれでいいんだ。別のことでもいいからね

[美佳] ありがとうございます。



 退院までの1週間、毎日病院へ行って美佳に感覚を与え続けた。しかし僕以外が触れても感覚を与えることは出来ず回復の兆しも見えていなかった。



 退院後、美佳は恭平に連れられてバスケ部の練習に顔を出すようになっていた。翌々週に迫ったインターハイ。応援しか出来ないけどみんなとひとつになって優勝を目指したい一心だったようだ。


 僕は部活の終わりに合わせて学校に向かい、隠れるように美佳の足を撫でていた。さすがに堂々とやるのは恥ずかしいので、部活終わりを狙ってかよった。


 数日経ったある日、インターハイ出場を決めた高校の密着取材という名目でテレビの取材が来るようになった。

 歩けなくなった1年生レギュラーの夢を叶えるため、一致団結したメンバーが優勝するまでのストーリーを作りたかったようである。


 大人しく健気に応援する美佳。インターハイを目前に控えて熱が入る夢彩高校女子バスケットボール部。


 いつものようにバスケ部の練習が終わるまで体育館裏にある鉄扉に寄りかかってスマホをいじっていた。


 木々が陽を遮って一帯は薄暗い。その奥にはプール、水の跳ねる音や気合いの入った声と鉄扉越しに聞こえるボールの跳ねる音や女子バスケ部の黄色い声をBGMに、一人待つこの場所がお気に入りになっていた。


 片付け始める音、練習が終わったのだろう。機材を片付ける音は取材陣が帰るのかな。


 いつもならワイワイ黄色い声を響かせキュッキュとゴムの擦れる音とともにモップ掛けしているが終始無言。


 今日はいつもと雰囲気がまったく違う。


「みんなー、おつかれさま。インターハイまであと1週間。怪我だけはしないように練習に励むんだぞ。解散」


 バスケ部顧問の言葉に「「ありがとうございました」」と一斉に声を張り上げる部員。


 やっぱり違う。部員たちは緊張したような声、すぐさま雑談が始まるが荷物を持って逃げるように帰っていく。


美佳おおばやしさん、ちょっと話しをさせてもらっていいかな」


「はい。キャプテン、兄はもうしばらく迎えにこないでしょうから」


 ふたりの声に集中する。『いつも応援ありがとう』とか労いの言葉でもかけるのかなぁと嬉しくなって思わず笑みがこぼれる。






「……美佳おおばやしさん、もう練習に来るのを止めてもらえないか」


「…………」


「邪魔という訳じゃないんだ。こんな話しをするのも申し訳ないと思っている。でもキャプテンとしてこの状況に何もしないわけにいかないんだ」


「は、はい……。話しを聞かせてください」

 か弱い声、泣き出しそうな美佳。


「毎日テレビの取材が来るだろ。明らかに美佳おおばやしさんを使った美談にしようとしている。インターハイ優勝を狙って頑張っている部員たちじゃなくて美佳おおばやしさんにスポットが当たっているのは許せないという声があるんだ」


「そ、そんな……」


美佳おおばやしさんが悪いわけじゃない。邪魔にするわけじゃない。でも、インターハイ優勝はバスケ部の夢、勝っても負けても平等に勝敗を分かち合いたいんだ」



「わ、分かりました。嫌な役目をやらせてごめんなさい。キャプテンはいつも私を励ましてくれました。せめてインターハイが終わるまではバスケ部に所属させてください。気持ちだけでもいいんです。バスケ部の一員でいさせてください」


美佳おおばやしさん、わたしはキャプテンとして君にひどいことを言っている自覚がある。1年生レギュラーとして短い間だが一緒にやってきた仲間として最後まで行きたかった。……インターハイが終わるまではわたしがキャプテンだ。それまでは美佳おおばやしさんの好きにしたらいい」


 キャプテンは体育館を後にした。


 慌てて鉄扉から中に入る。広い体育館のすみで電動車いすに座っている美佳。ゆっくりと近づく。


「謙心さん、キャプテンとの話し聞いていたんですね」


 黙ってうなづく。「美佳──」遮るように美佳が口を開いた。


「謙心さん、このことは謙心さんの胸にだけしまっておいてください。特に兄には言わないでください」


 努めて明るく振舞う美佳。そんなこととは知らずに元気に恭平がいつものように迎えに来る。


 そんな1日が終わった。



 翌日、美佳から嬉しくも予想外のメッセージが届いた。


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《登場人物紹介26:8月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の妹、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   妹のように可愛い、バスケ部(レギュラー)、事故で下半身不随に。

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。不思議系小説を好む?。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという。見えない祥奈を看病している。

 ???不明 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

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