第25話 揺れる想い
下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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「わたしね……」
静かな声、感情のないただ発しただけの声。次の句を待つ僕の焦燥感を煽るようにエアコンの涼しげな風の音が少し耳障り。今出来ることは黙って聞いていることだけ。
「わたしね謙心さんが知っている今の私のまま伝えたいことがあるの」
天井を見つめる目線が足元に落ちていく。
「伝えたいこと? ぼくに……」
空気感に気圧されるように次の句をゴクリと飲みこむ。久しぶりに会った僕に伝えたいことなんてよっぽどのことなのだろう。
「ええ、謙心さんから誘われてコーヒー屋さんで話しができたのは運命だったような気さえするんです。そうでなかったらこんなこと言えませんでした」
天井を見つめて回想する。小学生のころに遊んだ思い出、懐かしい。
「美佳とも幼馴染だもんな、神社でよく遊んだよなぁ。小学生の時だっ──」
「──好きなんです」
美佳の頬は桜色に染まる。照れた顔を隠すように勢いよく掛布団で鼻まで隠す。美佳の匂いが布団の匂いと共にそよ風に乗って香った。
「はい? 好きなものがあるなら何か買ってこようか?」
無意識に財布のある尻ポケットに手を添える。
「違います。けっ謙心さんが好きなんです……ずっと、ずっと前から」
更に掛布団を持ち上げて顔まで隠す。布団の中で上半身がモゾモゾ動いているのが分かる。掛布団からはみ出して顔を覗かせた足だけは微動だにしていなかった。
「え、あ……僕を? 急に……ビックリしたよ」
両手を前に突き出して変な動きをしてしまう。予想外過ぎる告白に激しく動揺する。掛布団をめくって顔だけ出す美佳。反応をうかがうようにこちらを見ている。
「前にも言いましたが、騒がしい恭平兄ぃと優しい謙心兄さん。小学生からずっとずっと見てました。憧れてたんです……でもこのままじゃいけないって。高校に入って思ったんです。ボーイッシュを卒業してバスケの大きな大会で優勝したら謙心さんに告白しようって……。でも、もうその夢も叶わなくなってしまったので……」
再び顔を覆う美佳。掛布団の中で嗚咽を漏らしている。こんな……泣いている美佳を見たのは小1の時、鬼ごっこで転んだとき以来かもしれない。
「どうして夢が叶わなくなったの? 退院したらまたバスケに復帰しようよ、また僕にバスケを教えてよ」
美佳は布団から目だけ出した。目線は下、いったいどうしたのだろうか。
「……、……………………ないんです」
掛布団越しに聞く声は聞き取りにくい。鼻のすすりながら発する涙声、音が重なり
「ごめん、良く聞こえなかった」
「わたし、もう歩けないかもしれないんです」
非現実な病院の雰囲気の中、告白、病状、全てが予想外過ぎて心の中を
「謙心さん、元気なままのわたしからの告白として聞いてほしかった。今のわたしを知ってからだと同情されちゃうかもしれませんからね。嫌じゃなかったらまた友達として一緒に遊んでください、部活ももう出来ないから暇ですし……」
「み、美佳。僕は……──」
「いいんです。返事なんてしなくて。ずるいかもしれないけどわたしの心の区切りなんです。せめてひとつだけお願いがあります」
人差し指を前に出してニコリと笑う美佳。
「なんだい。出来ることなら何でもするよ」
ベッド柵に両手をついて美佳の顔を覗き込む。耳に向かって涙痕が残り枕が涙で濡れている。
「動けないので布団を直してください。このままじゃ恥ずかしいです」
「オッケー。じゃあ、そっちの布団の
頷く美佳。両手を広げて布団の
「け、謙心さん? 今、わたしの足に何かしました?」
驚嘆とも不安ともとれる美佳の表情。強く当たったわけじゃないけど
「さっき布団を直す時に手が
掛布団を勢いよく引っ張って腿まで上げる美佳。おっとりした口調の美佳の言葉が早くなる。
「もう一度、もう一度足を触ってください。腿から撫でるようにゆっくりと」
「えっ?」
顔が一気に熱くなる。足を撫でてなんて、妄想が頭を駆け巡る。
破顔する美佳。両手が素早く宙を泳ぐ。
「ち、違うんです。変な意味じゃありません。試したいことがあるんです。それで……」
必死の顔へと変わる美佳。動けない女性の肌に触るという罪悪感を押し潰して腿に手を伸ばす。「あっ」。彼女の声、そのまま足元に向かって指を這わせた。
「ちょ、謙心、お前何やってるんだよ」
病室に入ってきたのは恭平。怒りとも混乱しているともとれる声を出しながら駆け寄ってくる。
「い、いや……。美佳に」
掴みかかりそうな勢い。見たこともない怖い
「ちょっと待ってお兄ちゃん、わたしが謙心さんに触ってもらうようにお願いしたの」
美佳に目線を向ける恭平。僕の顔と交互に見比べる。
「はぁ? 意味分かんねぇよ。動けないのをいいことに謙心が襲い掛かったんじゃないのか」
「お兄ちゃん止めてよね。謙心さんがそんなことする訳ないでしょ。何年友達やってるの。そんなお兄ちゃんは好きじゃないわ」
ふたりの間に入っていけない……。それにしても美佳は本当におとなしい。怒っているのだろうが、それを感じさせないおっとりさがある。
そんな言葉でも恭平をノックアウトするのに十分だった。『好きじゃない』という一言と共に、この世の終わりのような顔をしながら崩れ落ちた。
「み……美佳……」
乞うように這ってベッドまで行くと、ベッド柵を手掛かりに力なく立ち上がる恭平。
「謙心さんがわたしの足に触れたときに感覚があったの。お医者さんやお兄ちゃんに
「本当か! ん? でも、なんでお見舞いに来た謙心とそんなシチュエーションになるんだ?」
「お兄ちゃん、それはもういいから……」
美佳は枕元にあるナースコールを掴んでボタンを押し込む。ほどなくすると「どうしました」と看護師が病室に入ってきた。
「看護師さん、感覚が……謙心さんが私の足に触ったら感触があったの」
驚きの表情を見せる看護師、首にかけられた院内PHSで電話をかける。
「大林さん、直ぐに先生が来ますからね。ちょっと試してみましょう」
無言の病室。黙ってじっと待っているが、恭平は病室の中を行ったり来たりウロウロしていた。手を叩いたり足音を響かせ、ついには看護師に「少し落ち着いてください。大変なのは妹さんであってあなたではないんですよ」と怒られていた。
5分ほど経つと病室にひとりの看護師と共に医師がきた。身体の大きな貫禄のある看護師と20代の若い医師。病室にいた看護師からボソッと「師長……」と小さく聞こえた。
医師の指示によって試した結果、美佳の足に僕が触ったときだけ感覚があることが分かった。その場で医師を中心に今後の事について説明があった。
* * *
「謙心、頼む。美佳のために毎日病院に来てくれ」
深く頭を下げる恭平。力強い言葉に心から美佳の心配をしているのが分かる。
恭平をはじめ、医師、看護師が触覚や痛覚に訴えてみたが、実際に皮膚感覚を与えたのは僕だけだった。
医師からは皮膚感覚を与え続けることで、神経が活性化して下半身の動きを改善する可能性があると告げられていた。
帰り電車の色々と考える。揺れる電車が心地よく自分の世界を創り上げる。美佳のこと、僕が出来るこれからのことに頭を巡らせていた。
ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ
尻ポケットに入れたスマートフォンが小刻みに揺れる。相手は美佳、ドコネを通じてメッセージを受信していた。
[美佳] 今日は突然の呼び出しに来てくれてありがとうね。恭平兄ぃに毎日来てって頼まれてたでしょ。あんまりわたしに関わると重荷になっちゃうから無理しなくていいからね。
[謙心] 大丈夫だよ。入院も1週間って言ってたでしょ。夏休みでどうせ暇だから毎日行くよ、それと美佳の代わりに祥奈の見舞いも行っておくよ。
[美佳] 祥奈……さん? 誰でしたっけ。私は誰のお見舞いも行っていませんよ。
呆然と電車に揺られたまま時が止まる。気づくと駅員に「終点ですよ」と声をかけら現実に戻った。目の前にスマートフォンを持ったまま。慌てて電車から降りた。
[謙心] ははは、ゴメン。電車で寝ちゃってね。夢を勘違いしたみたいだ。
こう返すのが精いっぱいだった。
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《登場人物紹介25:8月》
夢彩高校
1B:
平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。
1B:
従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?
謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?
1B:
親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)
1E:
恭平と双子の妹、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。
妹のように可愛い、バスケ部(レギュラー)、事故で下半身不随に。
2A:
読書好きな先輩。不思議系小説を好む?。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。
1B担任:
読書部顧問でもある
不思議な世界
不思議な少女、那奈代に似ている。
見つけた者を消滅させるらしい。
その他
祥奈の
謙心の母の妹、名前を
謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。
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