第23話 クチナシの葉

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

==========


 ──温かい。手に感じる温もり。項垂れた頭を上げると美佳が手を重ねて微笑んでいた。


「わたしには謙心さんが何を困っているのか分かりません。でも祥奈のことで悩んでいるならそれは違います。祥奈の病気は誰のせいでもありません。私たちに出来ることは回復を信じることと顔を出して呼び掛けてあげることくらいです」


 大人しい雰囲気を醸し出していた美佳が必死になって身振り手振りを交えて励ましてくれた。そんな彼女を見て恥ずかしかった。僕が悩んでいたのは祥奈のことではなく自分自身のことだったから……。


「ありがとう美佳ちゃん。なんか元気になったよ。そうだよね、一人で考えていても始まらない。もっと気楽にいくよ」


「そうですよ謙心さん、この後ちょっと付き合って下さい。体を動かしましょ、悩んだときはそれが一番です! その前に、ドコネのフレンド交換しましょう」



 食事を終えた後、夢彩高校がっこうの体育館に向かった。降っていた雨もあがり大きくてフワフワした真っ白な雲が青い空のなか泳いでいた。



 * * *



 夢彩高校体育館。


 終業式の日は部活がなく練習も禁止。スポーツ部にとって数少ない休みに誰もおらず静かだった。美佳はどうやったのか体育館の鍵を借りてきた。


 重厚な鉄扉の開く音。静かな空気の館内、板張りのフロアが広がる。履き替えた上履きがキュッキュと音を響かせる。前面には校歌がでかでかと張り出され、壇上には校章旗が掲げられている。


 美佳は用具室からバスケットボールがたくさん入った籠を転がしてきた。中からボールを拾い上げるとドリブルをしてループシュートを決める。美しいドリブル、綺麗なシュートの軌道、普段のおっとりした美佳とのギャップにドキドキしてしまった。


「ふふふ、どうですか謙心さん。上履きに私服だから少し動きにくいけど一緒にやってみませんか」

 

 僕に向かってボールが飛んでくる。ワンバウンドの跳ねる音、キャッチした硬いボールの感触がテンションを上げる。

 高揚した僕の脳、調子に乗ってその場からゴールを狙った。ボードの中にある小さな枠を狙って片手で思い切ってスローイング、ボールの重みはさほど感じない。


 手から放たれたボールは緩い弧を描いてゴールに向かう。


 ドゴン! ボードの中央にボールが当たる。巨大な音とともに跳ね返ってセンターサークルに飛んでいく。大きくバウンドしたボールはバウンドを緩めながら進んでいく。


「やっぱり入らないか。文化部の僕には難しいね」

 頭を掻きながら小走りでボールを拾いに行く。同じボールの方に美佳も走ってきた。


 バスケットボールを挟んだ場所で美佳と目が合った。ボールを拾い上げようと屈む──

「謙心さん、本当にバスケは初めてですか?」


 美佳を見上げて立ち上がる。


「体育でやったくらいかな。昔っから文科系人間だからスポーツはからっきしだよ」

 

 バスケットボールを拾い上げる美佳。僕の胸に押し付ける。それを両手で受け取ると両手の平で円を描くように転がした。ボールのボツボツがツボ押しみたいで気持ちいい。


「謙心さん、あっちのゴールにさっきみたいに投げてみてください。ボードにある小さな枠の真ん中に投げるんですよ」


 美佳の指さしたのは隣のコートのゴール。言われた通り枠を狙ってスローイングする。……ボールは緩い弧を描いてゴールリングへ……。


 ──ゴイーン


 ゴールリングに直撃。ボールはあさっての方向に飛んでいく。転がったボールは壁に直撃。大きな音とともに跳ね返った。


「あーあ、やっぱり入らないや。バスケって難しいね。あっ! そういえば、美佳は夏のインターハイに出るんだって? 1年生でレギュラーってすごいね」


「謙心さん、この場所からあんな軌道でゴールまで届く人なんていませんよ。物凄い強肩です。兄も1年生レギュラーですがとてもあんな芸当できません」


 褒められた心が特別を感じ、かごからボールを取り出すと美佳のキレイなドリブルをイメージしてループシュートを狙う……。


 ──ボスッ


 ドリブル中にボールを蹴ってしまった。イメージ通りにうまくいくわけがない。今までスポーツ苦手で通っているし特段何かを練習したわけでもない。


「ハハハ、やっぱりそう簡単には上手くいかないね」

 冷静になると恥ずかい。顔を洗うようにこすり両手で覆う。


「謙心さん、重心をもう少し低くするといいですよ……」

 

 手取り足取り美佳にバスケを教えてもらった。美しい美佳のドリブル、ループシュートなど様々な動きに感動。

 真似るように動くが何年も練習してきた美佳の動きに敵うわけはない。動いている間は嫌なことを忘れられる。美佳と共にバスケを楽しんだ。


 体育館に差し込む光も薄くなってきた。既に18時を回っている。


「ありがとうね美佳。楽しかったよ……、スポーツは苦手だけど体を動かすのもいいもんだね」


「ねえ謙心さん、全然疲れてなさそうだけど。もうかれこれ2時間以上動いているのよ」


 ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ


 スマートフォンにドコネを通じてメッセージが入る。慌てて取り出すとポケットに引っかかり落としてしまった。カバーが外れ中からひらりと1枚の葉が落ちる。


 落としたスマートフォンを拾い上げメッセージを確認した。カバーと葉は美佳が拾ってくれていた。


[恭平] 美佳がまだ帰ってないんだけど一緒か。一緒だったら暗くなるから早く帰れって言っておいてくれ。


 届いたメッセージを見せる。恥ずかしそうに頬を赤らめ膨らませる美佳。


「もうお兄ちゃんったら、美佳はもう子供じゃないっての。でも心配させるのも悪いから帰りましょ」

  

 手に持ったスマホカバーと葉っぱを手渡される。そういえばクチナシの葉をスマホケースに挟んでおいたんだっけ。


「け、謙心さん、そのクチナシの葉をもらえませんか」


 オドオドする彼女に笑顔で葉柄ようへいを掴んで彼女に渡す。


「綺麗に潰れちゃってるけどいいの?」

 

 受け取った葉柄を大事に手帳に挟み込む美佳。


「ありがとう。わたし植物が好きなの。花とか……押し花や押し葉を作ったりね。この葉は栞に使わせてもらうね。クチナシの花言葉は『喜びを運ぶ』。なんか嬉しいじゃない」


 昔、こんなことがあった気がする。


「じゃあ帰ろうか」

 片づけをして学校を後にした。家の方向は途中まで同じ、自宅に送ろうと思ったが、いつも部活で遅くなるので大丈夫と別れた。


 途中で恭平のメッセージに返信していないことに気づいたが後回しにして自宅に戻る。



 陽はまだ残り家々を照らして長い影を作る。そんな影を踏むように自転車を走らせ屋敷の前を通り過ぎたとき、窓越しに祥奈が見えた気がした。


 自転車を止めて窓に視線を向けるが誰もいない。あまりに祥奈を想う心が幻覚を見せたのだろう。



==========

《登場人物紹介23:8月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった、バスケ部(レギュラー)

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の妹、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   妹のように可愛い、バスケ部(レギュラー)

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。不思議系小説を好む?。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという。見えない祥奈を看病している。

 ???不明 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る