第22話 散らばったサンドイッチ

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 夢彩高校、1学期終業式


 雲一つない晴天に恵まれた終業式。赤点をとった生徒は補講の説明があるが、ギリギリ免れた僕たちは恭平と教室で雑談をしていた。


「美佳と約束してるんだろ。弱虫だからあんまり追求しないでやれよな」


「ああ、祥奈のことを聞くだけだ。僕が祥奈に会いに行った時に気になる事があってな。そのことを美佳ちゃんに聞きたかったんだ」


 あれ? 美佳って姉御肌でしっかり者だった気がするけど……。記憶の差異、嬉しくはないが当たり前のようになってきた出来事に落ち込むほどではなくなっていた。



 * * *



 午前中とは打って変わってぶ厚い雲が青空を覆い太陽を隠している。光を透過させないほど薄黒い雲はいまにも泣き出しそう。

 

 待ち合わせのショッピングモールは自転車で5分ほど、歩いて向かう人たちは片手に傘を携えている。家を出るとぽつりぽつりと降り始め地面に薄い網掛けを作っていく。

 降り始めた雨を避けるようにペダルを漕ぐ足にも力が入る。お店につく頃には道が塗りつぶされるほど強くなっていた。


 お店に到着すると自転車を駐輪場に止めて頭を隠すように手で覆い入口に向かって走る。衣類はすでにずぶぬれ。店内に入ると涼しい空気が服の温度を一気に下げてブルっと寒さを実感させた。


 風除室の壁に一人の女性がポスターを背に佇んでいた。


「美佳」

 紛れもなく美佳。喫茶店で頼んだキレイなカフェオレ色に染められたナチュラルボブの女の子


「け、謙心さん。お久しぶりです……良く私だって分かりましたね」

 姉御肌とは真逆、妹のようなおとなしい感じの女の子。演技で出せるようなものではない。雰囲気からして違う。ほわっとした感じが守ってあげたくなる。


「もちろんだよ、よく一緒に遊んだからね。じゃあお店に行こうか」

 歩く姿もおとなしい。微笑むような笑顔で後ろを付いてくる。



  お店は個室珈琲だんコーヒー、店外にはオープンカフェも整備され広々とした店内の一角に、静かに珈琲を楽しみたい人やビジネスパーソンをターゲットにした個室まで作られている有名店である。


 予約した席に着くとテーブルに置かれたタブレットでオーダーし注文品は奥のBOXを介す。表示するQRコードで決済すれば誰にも会わずにお店を出られる。


「それで謙心さん、祥奈のことってなんでしょうか」

 

 テーブルの奥に置かれたタブレット。コーヒーをひとつタップする。

「美佳……ちゃん、学校終わったばかりだからお昼食べてないでしょ。サンドイッチでも食べる?」

 頭の中で呼び捨てのプレッシャー……、記憶に残る美佳と全くの別人。 


「謙心さん……初めてですね。入口では呼び捨てで呼んでくれましたよね、そのままでいいです。昔から騒がしい恭平兄きょうへいにぃと優しい謙心兄さんのように見てましたから……」

 うつむく美佳。頬が桜色に染まる。その姿が大きな矢となって僕のハートに襲い掛かった。


「そ、そうなんだ。なんか照れるなぁ。一緒に遊んだのも小4位までだもんなぁ」


「謙心さんは兄さんとばっかり遊ぶようになりましたからね」


「ははは、確かにね。あの頃は妙に女の子を意識するようになっちゃって。なんか恥ずかしくてね」


「わたしは5年生から兄の影響でバスケを始めましたからね。中学校ではバスケ漬けでしたよ」


「あ、とりあえず何か頼もうか。サンドイッチでいい? 飲み物は何にする?」


「はい。じゃあ飲み物はカフェオレで」


 タブレットを操作して注文する。QRコードで決済して元の場所に戻す。動揺する心が手元を狂わせたのか、置いた場所が悪くタブレットは台座から滑り落ちる。慌てて拾い上げると丁寧に置きなおした。


「そ。それで美佳に聞きたいことがあるんだ。祥奈のことなんだけど……」

 慌てて取り繕うように言葉を発する。


「はい」

 右手の平を頬にあててかしげる美佳。


「美佳が良く祥奈の家に様子を見に行ってるって聞いたんだ。どんな様子だったのかなぁと思ってね」

 前のめりになって両肘をつく。両手で貝殻繋ぎをして反応を待つ。


 美佳は人差し指で右頬をぷにぷにしながら考え始める。

「……そうですね。何を聞きたいのか良く分からないけど普通に寝ていました。病気ということが信じられないくらいに。この間、謙心さんから連絡もらった日にも行ったんですよ」


「それって何時ごろ──」

 奥の受け渡しボックスのランプが点灯する。彼女はボックスからサンドイッチとコーヒーを取り出して僕の前に置く。もう一つのサンドイッチとカフェオレを取り出すとストローを差し込んでカフェオレを一口飲んだ。コーヒーとミルクの良い香りが漂う。


「お昼頃ですよ。夕方、謙心さんがくるって言ってたので」


「祥奈が病院に行くとかどっかに出かけるとか言ってなかった?」


 焦燥する心を押さえつけるようにサンドイッチを一つつまんでかじる。ハムの甘みとレタスのシャキシャキ感が美味しい。


「ええ、祥奈はあそこに寝たままのはずですよ。ほら、前に一度目を覚ましたじゃないですか。また寝ちゃったけど体だけ見ると元気そうですよね」

 ニコリと笑う美佳。サンドイッチに手を伸ばす。


 ありえない。僕にだけ祥奈の姿が見えない? いや、そんなはずはない。

 パンの間に挟まったハムやレタスがテーブルにポロポロと落ちる。支えを失ったパンも具材を追うようにテーブルに転がった。


 慌ててテーブルに散らばったサンドイッチを重ねて拾い上げるとペーパーナプキンに包んでお皿に乗せた。

 

 記憶を思い返す。僕が気づかなかっただけ? キチンと祥奈の姿を見たけどいつものように記憶が間違っているのか……驚かそうとしてみんなでドッキリを仕掛けているのか、そもそも祥奈の病気自体が……。


 グルグルとめぐる思考、一人貝殻繋ぎしていた手は力なく前に倒れ手指がテーブルに大きく広がる。頭の中に何も浮かばない、何を発していいのか分からない。


 

 ──温かい。手に感じる温もり。項垂うなだれた頭を上げると美佳が手を重ねて微笑んでいた。




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《登場人物紹介22:8月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係は幻?

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の姉、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   妹のように可愛い

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。不思議系小説を好む?。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという。見えない祥奈を看病している。

 ???不明 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

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