第20話 記憶にない記憶

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 流れる雲、自転車と同じスピードで流れているのか止って見える。


「夕方にでもまた来てちょうだい」。祥奈の母叔母の言葉、祥奈のことを詳しく教えてもらおう。


 夕方にはまだ早い時間。屋敷を遠目に見える場所にある歩道の一角、広く取られたスペースに数名で輪を作って雑談が出来るよう石椅子が置かれている。

 地元民の憩いの場として設置され、明け方や夕方は高齢者の溜まり場。そこで屋敷に生える木々を眺めていた。サラサラと葉が風に揺られている。


 一本だけ目立つ大きな木、樹齢500年ともいわれる8メートルある地元で有名な大イチョウ。


「懐かしいなぁ……良く祥奈と一緒に遊んだっけ」


 腿に肘をついて目線を落とすと風で飛んできたのか青いイチョウの葉。拾い上げて物思いに更けているとコクリコクリ……意識が遠のいてくる。



 ~・~・~ 


 赤い大きな屋根の上社、古びた建物が歴史を感じさせ安心感を与える。ブロック塀で区切られた敷地の中にコの字を描くように墓石が並ぶ。

 敷地の一角には地域の会館が作られ子供会の行事がおこなわれ、小学生のたまり場でもあった。


「謙心~、早くおいでよ」

 イチョウの葉が雨のように降り注ぐ。近所にあるお寺が僕たちの遊び場だった。幼心にモラルや倫理といった概念は薄く、墓石でかくれんぼをしたり鬼ごっこをしたり……高鬼たかおには怒られたっけ。


「ほら恭奈ちゃん。一緒に祥奈を捕まえよう」

 いつも両手で作ったグーを胸の前に重ねてオドオドするおとなしい女の子。そんな恭奈の手を引いて祥奈を追いかける。

「謙心ちゃん、わたしじゃ足手まといだよ。スポーツも勉強も苦手だもん」

 彼女の両肩に手をのせて真っすぐ見つめる。

「大丈夫、耳を貸して……。ごにょごにょごにょ」

 両手で筒を作って彼女に内緒話をする!


「謙心、恭奈ーずるいぞー。ふたり組なんて」


 祥奈に向かって一気にダッシュする。祥奈は墓地をうまく避けながら逃げていく。

「よし!」

 彼女をイチョウの木に追い込んでいく。

「祥奈ちゃんつかまえたー」

 恭奈の元気な声が響いた。何を隠そう、僕が考えた作戦!

 足の速い祥奈は小学校で屈指の鬼ごっこの女王。無駄な走りで余計なことは忘れさせイチョウに誘い込む。木の陰に恭奈に隠れてもらって。


「謙心ちゃん、祥奈ちゃん、つぎはわたしかくれんぼやりたいなぁ」


 ~・~・~ 


 ハッ。大きくこうべをたれると意識を取り戻した。ほんの数秒だろう懐かしくも温かなものが心に残っていた。


 スマートフォンを見ると既に16時過ぎ、ドコネに1件のメッセージ。


[那奈] 今日はありがとう。また新しい話しを見つけてくるね。謙心くんも面白い話があったら教えてよ (笑顔顔文字)。今度また一緒に出掛けようね。


[謙心] 僕も楽しかったよ。趣味が同じだと楽しくて時間を忘れちゃうね。ちょっと恥ずかしい一面を見せちゃったけど(照) 大きな本屋を探しておくね。


 那奈と何回かメッセージのやり取りをすると、祥奈の家に向かった。


 インターホンを押すと軽快な音楽が小さく聞こえる。鍵を回す音、扉が開かれる音、出てくる祥奈の母叔母


「いらっしゃい謙心くん。ささ、中に入って」

 促されるままリビングに向かう。ソファーの感触、ピアノ専用のくぼみ。昔から変わらない祥奈の家。


祥奈の母叔母さん、祥奈の調子はどうですか?」


「やっぱりキチンと言っておかないとと思って。5月に一度意識を取り戻したでしょ。その時、謙心くんにも一度来てもらったじゃない」


「え!?」

 頭の中を色々な記憶が高速回転する。そんな記憶はどこの棚を開けても出てこない。


「うなされるように『腰が痛い、足が痛いって』言ってたけど美佳ちゃんも来て一緒に喜んでくれたでしょ。あれから少しづつ顔つきが穏やかになって……、ふたりとも時折顔を見せてくれてねぇ。嬉しかったわ」


「…………」


「でも期末テストが終わってから『夏休み中は学生として過ごしなさい』って言ってふたりに来てもらうのを断ったのよ。美佳ちゃんはそれでも部活の合間に顔を出してたけど……。実はね、また祥奈が目を覚まさなくなったの。謙心くんにいつまでも隠せないし今日は来てもらうことにしたの」


「目を覚ました……また覚まさなくなった……」


 思考を巡らそうと努力するが何も出てこない。空回り状態。


「お医者様も良く分からないみたいで……。でも大丈夫よ。一度意識を取り戻したんだからきっとまた良くなると思うの。こんな祥奈をいつまでも心配してくれてありがとうね。……どんな病気も治すような薬があったらいいんだけどね」


 祥奈の母叔母はフフフと笑う。そんな薬はあるわけない。自分自身でも馬鹿なことを言っていると思っているのだろう。でも……藁にもすがりたい気持ち。分かる気がする。


 ちょっと待てよ……。心の奥底にある記憶。頭の中に熱湯のように沸々と湧き出してくる想い。キス……病気を治す? ポポン? 勢いよく立ち上がる。


祥奈の母叔母さん、祥奈に合わせて下さい。祥奈の様子を見させてください」


 戸惑う祥奈の母叔母、僕の並々ならぬ思いに気おされたのかゆっくりと立ち上がった。


「こっちよ」

 なぜか玄関を入って直ぐの部屋にいることを知っていた。前に一度こんな経験をした記憶がある。


 予想を裏切って2階へと続く階段を上っていく祥奈の母叔母。一歩踏み出すたびに板の軋む音、予想とは違う展開にギシギシ音が心を突き刺し不安を増長させる。


 見覚えのある扉、中学生の時まで良く遊びに来ていた場所。ふんわりと部屋の香りが隙間から抜けてくる。それは記憶にある祥奈の匂いではなくアルコールの匂いだった。


 ゆっくり扉が開かれる。廊下から見える部屋のフローリング面積が徐々に大きくなっていく。学習机や本棚が姿を現し、祥奈の部屋の記憶が蘇る。


「どうぞ」


 ドアノブを掴んだまま目線を送り部屋の中に入るよう促される。


 そこで見たものは…………


「え、あ、祥奈??」


 

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《登場人物紹介20:7月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。病気で寝たきりらしい?

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の姉、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   謙心、美佳、祥奈の仲良し三角関係

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。不思議系小説を好む?。仲良くなると心を開いて喋ってくれる。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという。

 ???不明 恭奈きょうな

   謙心、祥奈と共に昔遊んだ記憶が夢に現れたが記憶には残っていない。

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