第17話 叶わぬ想い

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 帰り道、祥奈と手をつないで帰っていた。


 祥奈は屋敷の敷地に生える緑の葉が茂った10メートルを越える木を指さした。所々に赤い葉がある高い場所には毛がふさふさしたような花が咲いている。


「ほら謙心、あれが前に美佳と話した『ホルトノキ』よ」


 根元には最近覚えたクチナシが群生している。ホルトノキを樹頭に向かって見上げていくと、樹頭の先に屋敷の見える窓。窓越し桜子さんが微笑んでいた。


「謙心、どうしたの?」


 祥奈の方を振り返って屋敷の窓を指さす。ユラユラと風によって葉擦れの音が耳にささやかれたように聞こえる。


「ほら、屋敷に住んでいる女の子がこちらを見てる」


 屋敷の窓に視線を向ける祥奈。握られた手に痛みを感じるほど強く握られる。


「誰もいないけど……」


 あれ? いない。奥に入ったのか、気のせいだったのか。


 祥奈を自宅に送り届けると家に帰る。今日は祥奈の足が治った記念日、親子水入らずで喜びを分かち合うと良いだろう。



 * * *


   

 湯船に浸かって明日の予定を考えていた。緑色に染まったお湯からはほのかに香る森林の湯気が1日の疲れをとってくれる。昔から使っている入浴剤の匂いがいつもの日常を感じさせてくれた。


「明日の予定どうしようかなー」

 祥奈と美佳と遊びに行く場所、男としてどこに行くか一つくらい考えておきたい。

 ショッピングモールはクラスメートが多くいるだろうな~。学校のみんなが歩いている祥奈を見たらビックリするかな。想像すると顔がにやけてくる。


 騒ぎになるのも嫌だし静かにお茶でもしたい気分。誰もいないような遠出をしてもいいかな……。でも治ったばかりの祥奈に無理をさせるのは良くないし。


 バスタオルで乱雑に頭を拭きながら心のモヤモヤを晴らす。温かくなった体を冷ますように冷蔵庫で麦茶を一気に飲み干す。階段を駆けあがったベッドに飛び込むとスマートフォンで色々と調べてみる。


 神社、カラオケ……遊ぶところはたくさんあるけどどれもパッとしない。いろいろなことがあって精神的に疲れていたのか直ぐに意識を手放した。



  ○。○。○。○。



 頭がガンガンする。瞼が重い……一生懸命に瞼を開くが眼球が上を向くだけの感覚。一呼吸おいてゆっくりと瞼を持ち上げると、徐々に背景が瞳を通じて脳がこの世界を認識する


 頭がぼやける。掌底でこめかみを叩いて意識を取り戻す。

 

 長い……長い夢を見ていた気がする。気づくと笑顔。楽しい夢を見ていたのだろう。


 にやけた顔を戻すべく両頬を叩いて気合を入れる。


 緑の柿っぽい実パモンを食べたのは覚えている。三花みかが言った通り確かに眠ることができた。

 柿っぽい実パモンさえ食べれば現実に戻るものだと思っていた。しかし僕はここにいる。自然豊かなこの場所げんじつに。


 記憶がスッキリしている。会ったばかりの三花に何かしてあげなくてはならないという気持ちで頭がいっぱい。


 しかし大切な何かを忘れている気がする。僕にとってとてつもなく大切な何かを……。



「とりあえず食料の確保をしちゃわないとな……」


 襲ってくる影を避けつつ、サツマイモっぽい実ルポスヤシっぽい実パムを探し回る。両手に抱える程の収穫をすると家に戻った。


 なぜだろう……自分が通った場所が手に取るように分かる。ゲームで言うとオートマッピングのような……ん? ゲーム? オートマッピング? ふと浮かんだ発想がこの世界の物ではないことに気づく。


「──おかえりなさい」


 いつのまにか家の前まで戻ってきていた。三花の顔を見ると心が安堵する。

 それにしても那奈ちゃんとそっくりだな……んっ那奈ちゃん?


 記憶が混在する。襲ってくる不安が焦燥感を生み出し手に持った植物をボトボト落とす。両手をこめかみにあてて激しく頭を振った。


「うぅ……う……一体ぼくは何者なんだ」

 激しく振るう頭。心が不安で満たされていく……溢れ出した不安が振るう頭を更に激しくさせる。


「温かい……」


 小さな三花が僕を覆うように抱いてくれていた。

「大丈夫よ、ここに私がいるんだから何も心配しないで」

 僕の顔を優しく持ち上げる。うるんだ瞳が僕のくすぶった心にやさしい炎をともす。


 そのまま優しい目が僕の顔にゆっくりと近づいてくる。そして三花の唇が僕に重なった。柔らかい感触、頭が痺れる程気持ちいい……今までの不安が払しょくされたように力がみなぎり、この地の安寧を肌で感じた。


 そしてゆっくりと唇を話す。


「おかえり、謙心」

 ニコリと微笑む三花。僕は彼女の笑顔に心を盗まれてしまった。



 * * *


「謙心は凄いね。たくさんサツマイモっぽい実ルポスヤシっぽい実パムを見つけてきたんだ。これだけあればしばらくは大丈夫ね」


 ニコニコする三花。僕の存在を肯定してくれる心地よさ。


「実を採るたびに影が出てくるんだね、最初はビックリしたけど隠れれば見つからないことが分かったよ」

 身振り手振りを交えて探索した時のことを説明する。


「気を付けて下さいね。油断した時が危ないんですから……前にここにいた人は自らが影に向かっていったんです」


 手に持っていたサツマイモっぽい実ルポスを真下に落とす。わずかにバウンドするとラグビーボールのように転がった。


「なんで自分から? もしかして影を倒す方法があるとか?」


 転がったサツマイモっぽい実ルポスを拾い上げて一口かじる。この実の凄いところは食べたいと思った味イメージした味がする。不思議と食感や匂いまでもが……。


「そうですね。倒す方法はあります。この無数にある植物のどれかが影の耐性をつける植物みたいです。その植物だけは抜いても影が寄ってきません。きっとその植物を見つけて戦いを挑んだのかもしれません」


 ファンタジーのような展開に心がワクワクした。心から湧いてくる不思議な感情……これは夢? さっきから生まれてくる思考があきらかにこの世界のものではない。この世界は僕が学んだ世界となにか違うのかも……そんな疑問が頭をよぎる。


「影はいるけどこんな平和な世界でわざわざ影に立ち向かう理由ってなんだろう」

 顎に右手を当てて考える。右肩と右手、右肘でつくられた三角形に三花は腕を絡ませ家に引き入れる。


「ここは森を囲うように不思議な空間が広がっていると前にも話しました。その空間は影の巣になっています。影を抜けた先に何があるのか……どんな秘密があるのか探しに行きたいと常々言っていました。ここは平和で何もない場所ですからね」

 

 幾段もある棚に中から一つの果物を持ってきた。見たことある植物。


「これは『病気を治す植物ポポン』……どうしてここに」


 両手をついて前のめりになる。足を組んだ形をしている根の部分。僕は誰かの病気を治そうとこの実を食べた記憶がある。


「謙心さん、あなたはどこかで誰かの病気を治したみたいです。あなたは何か大きな天命を背負っているのかもしれませんね。この先、役に立つかもしれませんので召し上がっておいてください」


 受け取った病気を治す植物ポポンを一口かじる。ツインテールの女の子が頭の中にふっと浮かんだ。


「祥奈……」


 手に持った病気を治す植物ポポンを一気に食べ尽くすと立ち上がって無意識に作ったこぶしに力が入る。


「またお出かけですか?」

 立ち上がって僕の腰に抱き着く三花。


「祥奈を助けなくちゃ。ありがとう三花ちゃん、思い出させてくれたんだね」

 彼女の両肩を掴む。小刻みに震える肩、表情は見えないが顔から垂れた雫が床を濡らす。


「また戻ってくるのを待っています」


 僕は彼女を強く抱きしめると家を出て走った。

 


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《登場人物紹介17:7月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意。謙心と1度つきあった。

   謙心、祥奈、美佳の仲良し三角関係

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の姉、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

   謙心、美佳、祥奈の仲良し三角関係

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。歴史小説を好む

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい。


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという。

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