第16話 夢か誠か

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「け、けんしん……。わたしの栞は……」

 上階に向かって震えながら必死に手を伸ばす祥奈。拾った本を手渡す。

「良かった……」

 祥奈は本を抱きしめて安堵する。緊迫した空気がほどけて温かな空気が周囲を包む。


「祥奈はどうしてこんなところに……大丈夫なのか」

 腰の下に膝を入れて抱えるように持ち上げるとをする。祥奈の怪我を早く診てもらいたい気持ちが力を与えているのか軽く感じた。



「トイレから戻ってきたら、わたしの本を持って教室を走り去った人がいたの……慌てて追いかけたけど上の階に行かれちゃって。必死で階段を上ったんだけどこの足じゃだめね」


 ぺろりと舌を出す。シャツの擦れや汚れ、膝に出来た擦り傷が必死さを醸し出している。痛々しい姿が見ていられない。


「そんなときは僕が新しい本を準備するから無理はしないでくれ」


「本はどうでもいいの。栞だけは……世界にひとつしかないこの栞だけは取り戻したかったの。謙心にもらった大切なものだから……」

 

 愛おしかった。たまたま飛んできたクチナシの葉、偶然手にした葉をここまで大切にしてくれる嬉しさが胸いっぱいに広がった。


「祥奈……」

 抑えられない気持ち、祥奈の目から目線を外せない。潤む目、引き寄せられるように顔を近づける。徐々に近づくふたりの顔、ゆっくりと目を閉じるふたり。そしてふたりの唇が重なった。


 ふたりにとっての初めてのキスは、っこしながらの幸せなキスになった。



 体の中から何かが出てくる。何かは分からない、緑色の光……体中から丹田に集まった光は大きな息吹となってかけ上がる。息吹は僕の口を介して彼女の中へと入っていく感覚を覚えた。


 こころ……僕の心から祥奈が好きだという気持ちが光となって彼女とひとつになったような気分。


 ゆっくりと唇を離す。お互いの瞼が開かれ見つめあう。


「えへへ、やっと恋人らしいことができたね」

 ニコリとする祥奈。見たことのない可愛らしい彼女の顔にドキドキが止まらない。フワフワした気持ちを心に残したまま教室に戻った。


「足を抱えている謙心の右手、温かいね。なんで謙心が触った時だけ感覚があるのか不思議だね~」


 誰もいない教室、ゆっくりと祥奈の机に向かって歩き出す。手放すには惜しい気持ちがもう一度キスしたいという衝動を沸き起こす──


「謙心、祥奈!」

 大声で教室に入ってくる美佳。


 キスしたいという感情が後ろめたさを生み、急に声をかけられたことで驚きが何倍にも増幅する。反射的に右手を引いてしまった。


 重力に引かれるようにお尻から落ちる祥奈。時間の進みがスローモーションへと変わり一瞬で驚きの表情へと変わる3人。


──ストン


 祥奈が着地した。反射的に足を動かして着地する。僕の左手から滑り落ちた祥奈の背中は地面に落ちることなく僕の背中と平行な場所で留まる。


「あれ?」

 つまさきを床にトントンさせる祥奈。無音の教室の中、ジャンプしたり腿を叩いたりする音だけが響いた。


「祥奈……あなた」

 ゾンビのようにゆっくりと近寄ってくる美佳。思考がまだ動き出さない僕。


「足が動く」


 時間が動き出したように3人の歓声が上がる。喜びのあまり駆け寄って左手を祥奈の首に回し右手を美佳の首に回して抱きついた。


 ……ハッ! 祥奈と美佳に抱き着いている現実が冷や汗を滝のように生み出しシャツを濡らす。


「ごごごめん」

 慌てて二人から離れる。勢いあまって机と椅子を倒してしまう。慌てて机と椅子を直すと祥奈の元に駆け寄る。大笑いしている美佳。


「祥奈に気軽に触ったら駄目よ。もう足が治ったんだから」


 そういえば忘れていた。祥奈の足が治るまでの時限付き恋人であったことに。言った手前引っ込められない。


「えっと……いいじゃない。わ……わたしも謙心のこと好きだし……」

 うつむいて両手を組み親指をくるくる回す祥奈。


「祥奈、私も謙心くんのこと好きになっちゃった。ふたりに付け入る隙がないのは分かるんだけど……ちょっとの間、三角関係でいさせてよ。奪ったりはしないから」

 僕と祥奈の間に割って入るとそれぞれと肩を組む美佳。二の腕に感じる美佳の柔らかな胸の感触。


「選ぶのは謙心だもんね。わたしは謙心にも美佳にも凄く助けてもらった。親友の美佳、兄妹のような謙心とずっと仲良くしたいわ」


「ちょ、ちょっと祥奈……」


「ふたりが付き合ったら間に入りにくいでしょ。だから謙心は祥奈と私がふたりとも彼女だと思えばいいだけよ。あっ、恋人だから謙心って呼ばせてもらうね。私のことも美佳って呼んでね」


 言っていることが良く分からない。美佳の思考についていけない……。


 祥奈の席に座ると頬杖ついて考え込んだ。


「えっと、僕には理解が追い付かないんだけど……」

 僕の前で膝をつくと両肩を掴んで目をウルウルさせながら上目遣いで見つめる美佳。


「謙心はわたしのことが嫌い?」

 涙があふれてくるのが分かる。今までの姉貴オーラは消え失せていた。


「い、いや……そんなことはないけど」

 思わずうつむいてしまう。ポケットからハンカチを取り出すと彼女に渡した。


 祥奈が美佳の後ろに膝をついて座る。そのまま美佳を抱きしめた。


「美佳、わたしも謙心が好き。美佳だって大好き」

 振り返って涙を拭う美佳。祥奈に抱き着く。


「ずっとじゃなくていいの。少しの間……少しの間だけでいいのよ。人のためにここまで頑張れる謙心。一緒の方向を歩いてみたいの。祥奈から謙心を取るつもりはないから。祥奈だって大好き、嫌われたくないもん」

 

 いつの間にか教室前に置かれた車椅子。不思議に思いながらも置いたまま3人で家路についた。


 祥奈は歩けるようになったことを両親に連絡したが、留守電。


 階段を這ったことでボロボロになった制服。それ以上に足が動く感動を表出するように明るい祥奈を見ていると涙が溢れる。

 ふたりにばれないようにあさっての方を向いて涙をぬぐう。さりげなく目をこすったがきっとバレていたことだろう。


「じゃあわたしはこっちだからお先にね。明日は休みでしょ、みんなで遊びに行こうねー」


 神社付近の分岐で別れる。自然と繋ぐ手。


「車いす置いてきちゃって良かったの?」


「うん。車いすを見ると夢から覚めちゃいそうで不安なの。あとでお母さんに運んでもらうわ」


「でも一体急に動くようになるなんて不思議だね。僕が毎日刺激したおかげかな」


「分からないけど……分からないけど謙心とキスした時に何かが流れ込んできた気がしたの。あの時、恥ずかしくて身体が熱くなっていたのかもしれないけど体の痛みも消えた気がするのよ」


「そうなんだ、それが本当だったら嬉しいな。僕の祥奈を想う心が体を回復させたって思うと夢があるし」


「そうね、そういうことにしておきましょう。ただ心配なのは、治ったのは夢で朝起きたらまた車いすに乗るところからはじめったら嫌だなぁ」


 フリーの左手で彼女の頬をつまむと軽く捻った。


「イタタタ、謙心何するのよ」


「良かった、夢じゃないようだね。僕はここにいるし祥奈もここにいる、ふたりにとってここは現実だよ」


 あれ? 昔、同じようなことを言われた気がする。気のせいだろうか……


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《登場人物紹介16:7月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな ※謙心と恋人

   従妹であり幼馴染、楽器演奏得意、事故で足が動かない……治った?

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子の姉、祥奈の親友、植物大好き、小4まで良く遊んだ。

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。歴史小説を好む

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい 


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという

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