第11話 それぞれの事情

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

==========


 祥奈の事故と怪我のことは学校に瞬く間に広がった。


 同情、哀れみ、悦、心配、祥奈に向けられる様々な感情。


 通学は両親が車で送迎できるが校内はそうはいかない。1年生の教室は1階、少しある段差のサポートがあれば問題はない。

 音楽室、美術室などの実習棟は2階以上、どうしても人の力が必要になる。


「「~略~「大丈夫よ、私たちが手伝ってあげるから」~略~」」

 同じクラスの女子たちが協力して祥奈のサポートをしてくれることになった。


「いい、階段は4人で抱えるのよ。ゆっくりね」

「車いすの後ろにバーがあるから踏んで前輪を持ち上げるのよ」

「坂は背中側を下に向けて落ちないようにするのよ」


 僕は引き続き学校が終わると祥奈の家に行って足に感覚を与え続けた。美佳は電話やドコネを使って祥奈の話を良くいていた。


 異性である僕が、別のクラスの美佳が、同じクラスの女子たちがサポートしてくれるのにでしゃばる必要はない。僕たちは祥奈に困ったことがあったら何でも言ってねと伝えるだけにとどめていた。



 

「ふぅ~」

 図書室のカウンターで頬杖をつきながら貸与履歴画面でマウスのホイールを上下に回すといった意味のない行動をしていた。


「大丈夫ですか?」

 女性がカウンターに3冊の本を置いた。彼女を見上げると見知った女性。


「あ~那奈ちゃん。ごめんね。祥奈のことが心配で考えてたんだ」


 近くにある椅子をカウンター前に移動して座る那奈。ニコニコ微笑んでいる。

「そうですよね。幼馴染ですものね……私の母が祥奈さんのお母さんと知り合いみたいで。心配していました」


 彼女の持ってきた本をハンディスキャナーで読み込んでいく。


 ──違和感


「あれ? 歴史小説」

 思わず顔を見上げる。目が合うと那奈は僅かにうつむき頬を染める。


「ええ。いつもの歴史小説です。なんか反応されると恥ずかしいですね」


 パソコンに目線を移す。貸与履歴を目で追うと歴史小説が並んでいる。以前にもこんなことがあった気が……動揺を隠すように手続きを進めていく。


「あ、いや……そんなつもりじゃなかったんだけど。ごめん」

 首をかしげる那奈。可視できそうな程にハテナマークが飛び交っている。


「前にも話したことありますが、私は日本という土地が誰によってどう活用されてどう動いてきたかを調べるのが好きなんです。私みたいな歴女の相手をしてくれるのは謙心さんくらいですけどね」

 クスリと笑う那奈。


 そうだ! 待ち合わせ。祥奈とご飯を食べに行ったり色々あったから忘れていた。今の元気な那奈の姿を見ると何かがあったとは思えない。


 僕の勘違いかもしれないから直接は聞きにくい……。


「な、那奈ちゃん。ドコネのフレンド交換をしたことあったっけ?」

 精一杯の回り道をした質問。言った後に気づいたが間接的にフレンド交換を申し込んだようで心臓が必要以上に仕事を始める。脇から滲み出る汗。


 人差し指を顎に当てて中空を見つめる那奈。

「ありませんね。折角だから連絡先を交換しましょう。本のことや他のこともお話ししたいですからね。でもなんで交換済みだと思ったんですか?」


 手続きの終わった本を袋に入れて手渡す。両手で受け取る那奈。


「うーん、夢でね不思議系の本が好きな那奈ちゃんと連絡先を交換したんだ。あまりにもリアルだったから現実とごっちゃになっちゃって」

 頭を掻いて照れを隠す。那奈の顔が一瞬だけ真剣な表情を見せた。夢で登場させた上に連絡先交換だなんて、ひかれたのだろう。


 よくよく考えてみると嘘をついて連絡先交換を目的に話を作ったようにも感じる。


「ふふふ、面白い夢ですね。今は祥奈さんのことで大変でしょうから落ち着いたら一緒に本を探しにショッピングモールに行きましょう」


 カウンターに置かれた袋を拾い上げると図書室を出ていった。


 

 * * * 



 祥奈が学校に復帰してから1か月ほど経った6月のある日。美佳から一通のメッセージがドコネを通じて届いた。


[美佳] 土曜日あしたショッピングモールにある個室珈琲だんコーヒーで相談に乗ってほしいんだけどいいかな。

[謙心] 僕でいいの? 相談する人なんてたくさん……あっ、祥奈のことか

[美佳] そうよ。祥奈のことで相談したいの。ちょっと文字じゃ伝えにくいから明日よろしくね。

[謙心] 了解


 スマートフォンをポケットにしまうと目の前に人の気配を感じた。


 両肘をついて頬杖をしている那奈。


「うわぁ」


 いつに間に座ったのか全然気づかなかった。僕の視線に気づくとニコニコしていた那奈はクスリと笑った。


「どうしたんですか。随分と真剣な表情でスマホを見ていたようですけど。女の人とデートの約束ですか」


 意地悪な表情に変わる那奈。1年先輩なのに丁寧な言葉づかいで接してくれる。最初は淡々とした感じだったが、慣れたせいか様々な表情を見せてくれていた。


「そんなんじゃないよ。ただ祥奈のことで相談したいって。そういえば那奈ちゃんの母親が祥奈の母親と知り合いって言ってたよね。祥奈の母親は僕の叔母なんだ」


「私も良くは分かりませんが、母がそう言っていました。昔の知り合いとだけ聞いています」


「今度叔母さんに聞いてみるよ。代口さん那奈ちゃんとどういう知り合いなのかって」


「ふふふ、そうですね。わたしもお母さんに聞いてみます。それじゃあ私は用事があるので失礼します」


 手を振って「じゃあね」と見送った。少し心が軽くなっている。

 窓の外を見ると17時だと言うのにまだまだ明るい。雲一つない青空が明日の美佳の相談が良い話である予感をさせていた。


  


 ──翌日



 昨日とは打って変わってぶ厚い雲が青空を覆い太陽を隠している。光を透過させないほど薄黒い雲はいまにも泣き出しそう。


 待ち合わせのショッピングモールは自転車で5分ほど、歩いて向かう近所の人たちは片手に傘を携えている。家を出ると直ぐにぽつりぽつりと降り始め地面に薄い網掛けを作っていく。

 降り始めた雨を避けるようにペダルを漕ぐ足にも力が入る。お店につく頃には道が雨で塗りつぶされるほど強くなっていた。


 

 お店に到着すると自転車を駐輪場に止めて頭を隠すように手で覆って入口に走った。衣類はずぶぬれ、店内に入ると涼しい空気が服の温度を一気下げてブルっとなる。


「うう、寒い」

 

「だめだなぁ、ちゃんと傘くらい持ってきなさいよ」

 ビニール袋に入れられた傘を縦に持って腕組みしている美佳がいた。


「ハハハハ、近いから余裕かと思ったらこの有様だよ」

 腕を横に広げてダランと垂れる袖を見せる。ポタポタと雫が垂れている。


「まあいいわ、お店に行きましょう。温かい珈琲でも奢ってあげるわ」


 お店は個室珈琲だんコーヒー、店外にはオープンカフェも整備され広々とした店内の一角に、静かに珈琲を楽しみたい人やビジネスパーソンをターゲットにした個室まで作られている有名店。


 予約した席に着くとテーブルに置かれたタブレットでオーダーする。注文品は奥のBOXを介して受け取り、表示するQRコードで決済すれば誰にも会わずにお店を出られる。


「それで美佳ちゃん、祥奈のことで相談ってどうしたの?」


「祥奈の悪口を言っているのを聞いたの。どうしたらいいか分からなくって相談したかったの」




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《登場人物紹介11:5月→6月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部、夢の記憶に悩んでいる。

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、元気?病気? 楽器演奏得意

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子、祥奈の親友。小4まは良く遊んだ

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。歴史? 不思議系?

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい 


その他

 祥奈の叔母

   謙心の母の妹、名前を祥子あきこという

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