第10話 足の裏

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「ひどいわね覚えていないなんて。美佳みかよ。大林おおばやし 美佳みか


 彼女の名前を聞いて頭のもやが晴れる。


 友人である大林恭平の双子の姉。小学校時代に恭平や祥奈と一緒に遊んだことはあるが、短髪でボーイッシュな風貌だったので女性らしい今の姿と結び付かなかった。


美佳おおばやしさんか、女の子らしくなって全然分からなかったよ」

 エアコンから出る微風でサラサラ揺れる髪、口角を上げてほほ笑んだ。


「中学校ではほとんど会わなかったものね。祥奈とは良く遊びに行ってたけど」

 美佳がハンバーガーを一口かじる。バンズに挟まったサクサクチキンの衣が 良い音を立てる。


美佳おおばやしさんはどうしたの、こんなところで」


「祥奈からメッセージが届いたの。怪我しちゃって1週間くらい入院するって……これからお見舞いに行こうと思ってね」

 サイドメニューのサラダに手を伸ばす美佳。レタスのシャキシャキした音が気持ちいい。


「さっき祥奈のところに行ってたんだ。元気そうではあったよ……」


 煮え切らない話し方に何かを察したのか美佳は食べる手を止める。


「ねえ謙心たてがねくん、ひとりじゃ不安だから一緒に来てくれない?」

 両肘をテーブルに置いて両手を組むと駅の方に目を落とす美佳。不安そうな表情。


「一緒に行こうか。僕もまた祥奈に会いたいし一緒に行こう」


謙心たてがねくん、私のことを美佳って呼んでくれる? なんか名字で呼ばれると余所余所よそよそしくってね。私も謙心くんって呼ぶから」

 不安な心を紛らわすように明るく努める美佳。口はにこやかだが目が笑っていない。


「オッケー。じゃあ美佳ちゃんって呼ばせてもらうね。恭平に怒られちゃうかな」


 軽い冗談に美佳の目力が抜けて目尻が下がる。わずかに下りた肩。


「恭平が? ないない。家では父と一緒に小さくなってるわよ。うちは母が強いからね」

 手のひらを左右に素早く振る美佳。学校ではクラスを引っ張る男らしさがある恭平とは違ったイメージにクスリとしてしまった。



 * * *



「祥奈、大丈夫!」


 病室に入るやいなや祥奈の元に駆け寄る美佳。顔だけ向ける祥奈。


「来てくれたんだ美佳、ありがとう──」

 入口に立っている僕の姿にも気づく

「──あれ、謙心も一緒?」


 僕の元に駆けた美佳に腕を引かれる。


「そうなの。ちょうど駅で会ってね……さっき行ってきたところだっていうから案内してもらったの。それで調子はどう? 事故に巻き込まれたって聞いたけど」

 ベッド柵を掴んで顔を覗き込む美佳。


「あのね……いつかはみんなに知られるけど、親友の美佳だけには直接……」

 祥奈は布団を引っ張り上げる。わずかに裾が捲れ膝まで顔を出す。


「足を出してどうしたのよ」

 ニコニコしながら祥奈の膝を撫でる美佳。


「腰を強く打ったせいで足が動かないの……」


 美佳は血の気が引くように真っ青な顔になる。膝を撫でていた右手に力が入り、思考が停止してエネルギーの供給がストップしたように脱力してへたりこむ。



「えっ……なんで祥奈が……。なんで……」

 力なき声、頬に一筋の涙が涙痕を作る。湧き出してくる涙が涙痕を伝わってズボンを濡らしていく。


「ありがとうね美佳。悲しんでくれて……でもね希望はあるの。謙心が触ると足に感触が伝わるのよ」


 美佳は手すりを掴んで立ち上がる。

「ちょっと祥奈! それって大変な事じゃない。私がサポートしてあげるからね!」

 叫ぶような声。


「くくくく……ちょ、ちょっと謙心くすぐったいから止めなさい! 足が動かないんだから」


 僕はさりげなく祥奈の足裏に指を這わせていた。ちょっとした悪戯のつもりだったが美佳の厳しい視線が痛い。


「美佳ちゃん、祥奈だって苦しいんだ。僕たちが暗くならないように祥奈が明るく振舞ってるんだから、笑顔を見せてあげようよ」


 火花が弾けたような顔。美佳は無理して笑顔を作るがぎこちない。


「そうね。苦しいのは祥奈だもんね。でも不思議ね、謙心くんが触った時だけ感覚があるって」

 美佳は祥奈の腿や脛、足裏などを撫でる。反応がないのが悔しいのか脇腹まで這った手……。


 上半身をクネクネ動かして逃げる祥奈、逃げられずなんとか美佳の手を引き剥がすことに成功。



「ちょ、ちょっと美佳、そこはくすぐったいわよ!──」

 まじめな顔になる

「──……でもね、謙心だけでも感じられるって嬉しいの。私の足はまだ死んでいないんだって……もしかしたら、もしかしたら治るかもしれないって希望があるの」

 

 祥奈の首裏に手を回して強く抱き着く美佳。


「………………大丈夫、わたしも祥奈の味方よ困ったことがあったらいくらでも協力するわ」

 声が小さすぎて最初の方は何を言っているのか分からなかった。祥奈の頬が僅かに赤くなっている。



「美佳、私たちはそんなんじゃないわ……」

 ちらりと僕の方を見る祥奈。目を合わせると窓の方に祥奈の目線は逃げていった。


「祥奈、謙心くん。スマホ出しなさい。グループ登録するわよ」

 

 ドコネで3人のグループ『いつまでも仲良し会』が開設される。祥奈と美佳は可愛らしいスタンプで、僕は初めから入っている熊のスタンプを挨拶として送った。


「ちょっと謙心くん、もっと自分にあったスタンプを選びなさい。ほら、もっと個性を出して……」



 途中、騒ぎすぎて看護師に注意をされたが、祥奈の笑顔が見えたとても充実した時間になった。




 退院までの1週間、美佳と毎日病院へ行って祥奈に感覚を与え続けた。しかし僕以外が触れても祥奈に感覚を与えることは出来ず回復の兆しも見えない。



 そして祥奈は病院を退院した……。



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《登場人物紹介10:5月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん

   平凡な高校生、読書部

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな

   従妹であり幼馴染、元気?病気? 楽器演奏得意

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい

   親友。中学校で仲良くなった

 1E:大林おおばやし 美佳みか

   恭平と双子、小学校では良く遊んだ

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ

   読書好きな先輩。

 1B担任:本谷もとや たけし

   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか

   不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ

   見つけた者を消滅させるらしい 

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