第7話 協和音、不協和音

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

===== 


 祥奈の家に置かれたピアノ。リビングで存在感を放っている。


「久しぶりだなぁ祥奈の家も」

 リビングソファーに腰かけて部屋を見回す。20畳程あるリビングに置かれたピアノ、2階へとつながる階段脇にふた回りほど大きな凹みに収められている。その凹みはまるでピアノ専用にわざわざ作られたような場所。


 祥奈は本気ピアノを弾くために、天屋根を開けて調律をはじめる。僕はソファーに座るとテーブルに置かれたおやつに手を伸ばしながら祥奈の母叔母と雑談を始めた。


「珍しいわね祥奈が本気ピアノを弾くなんて。でも考えてみたら謙心くんの前でしか弾いてないかもしれないわね」

 カラカラ笑いながら紅茶をすする祥奈の母叔母。その話が聞こえてのか祥奈が気持ち強めの足音をたてながら歩いてきた。

「お母さん、余計な事言わないでよね」

 一言だけ発するとピアノに戻ってふたたび調整を始めた。

「まったく素直じゃないんだからあの子は。謙心くんは学校で好きな子とかできたの?」

 祥奈の母叔母がニヤニヤしている。クッキーをつまんで一口かじるとチラリと向ける祥奈への視線。気づくことなく調整を続ける祥奈。

「いや、まだ高校に行って間もないですから。女の子どころか、仲良くしているのは恭平くらいですよ。そういえば、那奈ちゃんと図書室でたまに話すかなぁ。中学も同じだったみたいだけど僕は知らなかったんだよなぁ」

 握った拳から立てた親指を顎に当てて中空を見つめて思い返す。

「那奈ちゃん……もしかして代口しろくち 那奈代ななよさん」

 

祥奈の母叔母さん知ってるんですか?」

 祥奈の母叔母の目が少し泳いでいる。なにかつながりがあるのだろうか。

「ええ。代口しろくちさんのママと知り合いなのよ。ふふふ、謙心くん。これからも祥奈のことを助けてあげてね」

 にこやかになる祥奈の母叔母。紅茶に手を伸ばした時に祥奈のガッツポーズが目に入った。


「できたー。調整終了! ほらほら、ふたりともソファーをこっちに向けて」

 ソファーに備え付けられたボタンを押すとロックが外れ向きを変えられる。再度ボタンを押すとふたたびロックがかかる仕組み。


 みるみる表情が真剣になっていく。鍵盤に添えられた両手に想いを込めるように見つめる祥奈。一呼吸おくと複数の鍵盤が同時に押され曲が奏でられた。


 演奏が進むにつれて祥奈の顔は楽しそうな表情へと変わり、心を込めるように上体を動かす。ひとつひとつの音がリビングを飛び回り音符がメッセージとなって僕の心へ突き刺さる。


 これほどの演奏を奏でるためにどれほどの努力があっただろう。音楽の分からない僕が感情をゆさぶられるほどの音色に油断をすると涙が溢れそうになる。




「ほら祥奈。わたしも弾くわよ」

 祥奈を横に押しのけて母娘おやこでの連弾が始まる。ふたりの両指から奏でられる音から何倍もの厚みを増して膨れ上がる。


 何も考えられない。『今』聴こえる音が心に響くだけで気持ちいい。一つ一つの音が写真のように心に入り、連続した『今』が映像のように心を震わす。


 そんな幸せな時間も終わりを告げた。最後に押された鍵盤、響く高音がいつまでも心に沁みた。


「はい終わりー。どう謙心、元気になった?」


 久しぶりの祥奈の演奏の余韻を潰すように現実に引き戻される。しかしその感覚も心地よい。このまま余韻に浸っていたら涙が出てしまう。


「良い心ね。もう少しで謙心くんにメッセージが届くと思うわ」

 鍵盤蓋を下ろして祥奈の頭をポンポンする祥奈の母叔母。心なしか祥奈が照れているようにも見える。

「もう、お母さんったら」

 ぷいっとしてあさっての方を向く祥奈であった。

 


* * *


 

 窓越しに目線を移すと既に暗くなっている。畑越しには祥奈の家が見え、赤い屋根越しには屋敷に植えられた木々が月明かりに照らされて薄っすらと見える。


「祥奈の演奏よかったなぁ」

 参考書は閉じられノートは白紙、芯が出ていないシャープペンが転がっている。


 背もたれに上体を預けるとギギギとバネが軋む音。そのまま天井を見つめる。

 元気な祥奈と病気の祥奈。歴史小説が好きな那奈と不思議系が好きな那奈。


 なんか不思議な夢だよな。リアルすぎる不思議な夢。まあ僕にとっては祥奈が元気でいることが嬉しいや。

 

 頭の中にふと浮かんだ封筒に入った祥奈からの手紙。


『祥奈ちゃんを大事にしてあげてね 祥奈』


 祥奈から祥奈に綴られた手紙。夢の出来事だと心に言い聞かせるが焦燥感がベッドに放られたスマートフォンを拾い上げてドコネを使ってメッセージを送らせた。


[謙心] 今日は素晴らしい演奏ありがとう。聞きたいんだけど祥奈って祥奈っていう知り合いっていない?。


 ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ   ──30分ほど経って返信が入った。


[祥奈] お風呂に入ってたよ。

[祥奈] また聴かせてあげるから聴きたくなったらいつでも言いなさい。私が謙心の気分を晴らしてあげよう。

[祥奈] わたしと同じ名前の人? 知り合いにはいないかな~芸能人なら聞いたことある気がするけど。それがどうかしたの?

[謙心] 最近、妙にリアルな夢をみるようになってごっちゃになってさ。夢で祥奈から祥奈に宛てた手紙をもらったんだけど実在するのかなぁって気になったんだ。

[祥奈] ふふふ、流石に幼いころまでは覚えてないけど、今度卒業アルバムを見てみなよ。幼稚園からずっと一緒だったでしょ……わたしじゃない祥奈ちゃんが心に残っているのかもよ。

[謙心] 悪いな変なこと聞いて。今度見てみるよ。ついでに祥奈の成長でも楽しむよ。

[祥奈] キャー、それだけは止めて。恥ずかしいじゃない!


 そのまま他愛のない楽しいメッセージは続き1日が終わった。



* * *



 日曜日の朝、いつもより早い時間に目が覚めた。休みが嬉しくて早起きした子供のような心が少しおかしい。

 二度寝するのはもったいない。ウェアに着替えて久しぶりに近所にある地元で有名なマラソンコースを走った。大回りすれば大体1時間。田畑を横目に走る。


 犬の散歩をしている人が多く、中にはチワワを抱っこしながら散歩させている飼い主もいた。マラソンやウォーキング、散歩をしている人とすれ違い、小学校の通学路にもなっている通りを走ると、祥奈や通学班で一緒だった人たちを思い出す。


 やっぱり小学生まで遡ると記憶がぼやけている。確か担任は……先生と校歌はしっかり覚えているのに、付き合いが無くなるだけで記憶から抜けていくものだ。


 

「ふぅ~」

 なんか体が妙に軽かった。いつもならヘトヘトになるコースだがまだまだ走れる余力がある。走り出してから40分ほどしか経っていない。最近運動不足を感じていたが、夢の中で走り回ったからかな。なんて馬鹿なことを考えると笑いが込み上げてきた。


 

 ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ


 ポケットに入れられたスマートフォンの振動を感じる。取り出して全面に広がったディスプレイを見ると祥奈から。


「もしもし、どうしたの?」


「謙心くん! 祥奈が……祥奈が……」

 祥奈の母叔母の慌てた声がスピーカーから響いてきた。


祥奈の母叔母さん。祥奈に何があったんですか!?」

 聞いたことの無い祥奈の母叔母の声に有事であることがわかる。


「祥奈が……事故に……」

 スマートフォンのスピーカーからは祥奈の母叔母の泣き声だけが響いていた。



=====

《登場人物紹介7:5月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん  平凡な高校生、読書部

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな   従妹であり幼馴染、元気?病気? 楽器演奏得意

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい 親友。中学校で仲良くなった

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ   読書好きな先輩。

 1B担任:本谷もとや たけし   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか 不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ 見つけた者を消滅させるらしい

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