第5話 目覚め

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 この世界にいると、今の自分が現実なんじゃないか、記憶喪失なんじゃないか。もし本当にそうなのであれば……いや、そうでなくても頼れるのは三花しかいない。


「三花の話……」

 思わず口をつく。いろいろ考えると妙案とも思えるべきアイデアが2つ浮かんだ。

 こんな発想をすること自体が夢である確信を助け、覚めるのではないかという希望でもあった。


 まずは柿っぽい実パモンを食べれば眠りにつくという話し、この実を食べたら眠気が襲ってきたのを覚えている。つまり、これが夢から覚めるキッカケになるのではないか……。

 もう一つが病気を治す植物ポポン。この実を目覚めない祥奈に使ったら病気を治すことが出来るのではないか。


 混濁する頭、記憶の断片が夢と現実を混在させ、同一世界の上に成り立っている錯覚。


 病気を治す植物ポポンを食べてから柿っぽい実パモンを食べ、祥奈のもとに戻って病気を治す植物ポポンを祥奈の体に移したら病気が治るのではないか。


 何にするにしても場所。この場所を知ることが重要。

 鬱蒼と茂る木々の合間を抜けて探索をする。夜にならないこの世界、常識で考えれば木々が陽の光を遮って暗そうなものだが、緑を含んだほのかな光りがあたりを照らしている。光源は全く分からない。


 雑草が生い茂る地、中でも実をつけた植物は夢だからこそといったものばかり。

 ホイッスル形の実をつけた植物。細いつるの先に南天がブドウの房のようにいくつも連なってなっているのに、垂れることなく重力に逆らって真っ直ぐ伸びた植物。土から出た真っ黒な顔形のぷっくりした茎から髪の毛のように葉が茂っている植物。不思議な植物が多種多様に咲き乱れている。


 色々試してみたい心と、三花が言った『どんな効果が現れるか分からない』という言葉が頭を巡る。植物の特徴を話せば効果を教えてくれるだろうか。


 童話の世界に迷い込んだ感覚。人間とは不思議なものでいつしか順応する。いつのまにか不思議な風景を気にすることなく探索を続けていた。


ヤシっぽい実パム!」

 徐々に駆け足になる。手の平サイズのモミジ形の葉、多くのヤシっぽい実パムが実っている。分岐した茎の先に1つづつみのヤシっぽい実パム、もいではポケットに入れていく。


 ──『ブチッ!』 実をちぎった音、まるで叫び声……。心を不安にさせる声。一瞬迷ったがそれ以上の疲労が勝り、栓を外すと一気に中身を喉に流し込む。


「プッハー。おいしい!」

 思わず口に出さずにはいられない。冷たい感触を食道に感じ胃へと下りていく。溜息と共に一息つくと疲労が抜けて爽やかな気分に包まれた。


 

 ──寒気さむけ


 ヤシっぽい実パムの奥、強い恐怖心が隠れるようにハザードランプを点灯させている。

 すぐさま近くの木陰に隠れて覗き込むと、ゾロゾロ真っ黒な『生き物?』が、ちぎったヤシっぽい実パムを取り囲む。


 鋭く赤い眼光、左胸に赤光りした血管が収縮を繰り返している。現実ではありえない存在と威圧感に恐怖した。


 こちらに気付く気配はなく息を殺して様子をうかがう。

 左右にゆっくり小刻みに揺れている……。

 一体が赤いレーザーのような光を植物に当てるとヤシっぽい実パムは土に還るように崩れ落ちる。


 影はゆっくりと小さく頭を下げると、森の奥へと消えていった。



 木にもたれたまま滑るように腰を落として尻もちをつく。ぼやっと中空を見上げる。影と対峙した実感が恐怖を生み出し全身に震えを巻き起こす。


 自分を抱くように両手をクロスさせて肩を掴む。徐々に力が入る、震えが止まらない。大量の汗が、額に脇に背中に滝となって噴きだす。


 ヤシっぽい実パムの栓を抜いて水を直接がぶ飲みする。ピンポン玉大のヤシっぽい実パムから飲み切れない水が湧きだしてくる不思議さが幾分か恐怖を緩和した。


「あれが 三花が言っていた影か……」


 とてつもない寒気さむけ。普通の人間が感じとれる強い気配、一体何者なのだ……見つかっていたらどうなっていたんだ。


 時間の経過と強くなる恐怖の実感。背中の木に上体を預けて後ろに手をつく──


「いたっ」


 突き刺さる痛み。無意識に手を引いてしまう。


 葉がギザギザして、長細くてぷっくりしたがくに細かい花びらがいっぱいついている植物。三花が言っていた病気を治す植物ポポン


 足を組んだ茶色い根が病気や怪我を治すという植物。これを食べて祥奈に与えれば病気が治るかもしれない……しかし……またあの影が現れたら……。




 どれだけ迷っただろう。夜が無いので時間の経過が分からない。ヤシっぽい実パムを2個消費したころで決心が固まった。いや、答えは初めから決まっていたのだ。ただ勇気が出なかっただけ。


「よし! 引き抜いて逃げよう!」


 力強く立ち上がって拳を握りしめる。恐怖が消えたわけじゃない、耳を澄ませて辺りを警戒する。


 ギザギザした葉を避けるように根元を持って力をこめて引き抜く。葉が手に触れるたび傷を作っていく、鋭さのあまり痛みは感じない。


 地表にでることを拒んでいるように反発する根。徐々にその姿が見えてくる。気合をこめて一気に引き抜いた。足のような太い根が2本、胡坐をかいているようだ。


「痒い……」

 葉がつくった一本一本の傷、あまりの鋭さに痛みは感じずあるのは痒み。思わず強く掻いてしまう。

 思い出したかのように傷から血がにじみだしてきた。


 引き抜いた病気を治す植物ポポン。ギザギザした葉がパラパラと落ちる。地面に突き刺さった葉が落ちるたび、悲鳴のような音が響いた。


「来る!!」


 草むらの陰に身を潜める。数体の影がワラワラと集まってくるが見つかる事は無かった。『植物に危害が加えられた時に現れる』……そういえば三花が言っていた。


 影がどうやって外敵を感知するのか分からない。が、油断しなければ見つかることはなさそうだ。


 地面に落ちた葉を赤い光線で土に還すと影は森の奥へ消えていった。



 ──ふわ~ん


 この匂い……記憶にあるフルーティーな香り。


「……柿っぽい実パモン!」


 形は白い柿。しかし白ではなく緑色。


 柿っぽい実パモンに駆け寄って舐めるように四方八方から観察する。どこからどうみても色違いの白い柿。つややかな表面、ヘタの形、漂うフルーティーな香り、全く一緒。


 三花も確かに白い実と言っていた。

 色々な考えが頭の中で巡るが、気づいたときには引き寄せられるように柿っぽい実パモンに手を伸ばしていた。


 危険を察知した意識が抗って手の動きを止めさせるが時すでに遅し、もいだ柿っぽい実パモンは手の中に納まっている。


 漂う香りが心を麻痺させ、迷いや抗う心を消し去った。


 ガブリ。尋常ではない眠気に襲われる。


「力がぬ……け……る……」


 


 ○。○。○。○。



 カーテンの開ける音を耳に、差し込んだ朝日の眩しさを目に感じて意識を取り戻す。 


 頭が重い……。長い……長い夢を見ていたようだ。不思議な夢をみた。手首で両目をこすりながら上体を起こす。


「珍しいわね、土曜日だからって謙心がこんな時間まで寝ているなんて。下に朝ご飯があるから着替えたら食べちゃいなさい」


 パタパタとスリッパの音をさせて母親が1階に降りていった。連続秒針の丸い壁掛け時計、9時30分を指している。


 土曜日の9時半……何か約束があったような……。


 あぁ、思い出した!! 焦った血液が一気に頭に駆け上がった。


「10時に那奈ちゃんとショッピングモールで待ち合わせ!」

 

 焦りのあまり那奈と三花が似ていたこと、さっき見た不思議な夢のできごとなど頭の隅に追いやられ消えていた。


 準備を整え自転車に跨る。ペダルを力強く踏みこんでショッピングモールに走り出す。


「20分もあれば大丈夫、約束の時間にはじゅうぶん間に合う」

 無意識に口ずさみ必死に自転車を漕いだ。屋敷の前を通りがかった時に遠くを見つめる桜子さんの姿。


 桜子さんの姿で気持ちが舞い上がりペダルを踏む力も強くなる。流れるような背景を横目に自転車を漕ぐ、漕ぐ、漕ぐ。

 土曜日の午前中なだけあってまだ活動している人が少ないのか、すれ違う車や自転車は多くない。


 ショッピングモールに到着すると駐輪場に自転車を置いてダッシュ。スマートフォンを開くと『9時45分待合わせ15分前』。



 そのまま11時まで待ったが彼女が来ることはなかった。



=====

《登場人物紹介5:5月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん  平凡な高校生、読書部

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな   従妹であり幼馴染

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい 親友。中学校で仲良くなった

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ   読書好きが高じて知り合った先輩

 1B担任:本谷もとや たけし   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか 不思議な少女、那奈代に似ている。

 かげ 見つけた者を消滅させるらしい。赤い光線を出す。

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