第4話 現実か夢か……

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

===== 


「ハァ、ハァ……」

 森の中を彷徨っていた。

 汗はしたたりシャツは肌が透けるほど濡れている。少しベトベトした感じが気持ち悪い。


 これは本当に夢なのか。転べば痛みを感じ、食事をすれば味を感じて満腹にもなる。以前の記憶を失っているだけで現実を生きているのではないか。



 とりあえず今はできることをやろう。パムとルポス、このふたつを探さなければ。



 三花と出会った時に遡る……。



 ◁◀◁  ◁◀◁



「三花ちゃん、この夢は一体どうやったら覚ませるのか教えて欲しい」

 三花の右手を拾い上げると両手で握って真剣に見つめた。温かく柔らかな肌、わずかに赤らむ頬。

「謙心さん、この世界は夢ではありません。少なくてもわたしたちはここに存在しています。けど……」

 中空を見上げる三花。何かを考えているのか、見上げたまま瞳だけが動いている。

 視線を追うように目線を向けると、端に置かれた棚が目に入った。いくつかの植物が並べられている。刈ったままの植物、実だけ収穫されたものなど多種多様に富んでいる。

 一つ言えることは、どの植物も見たことがないものばかり。三花が言う通り夢にしてはリアルすぎる。


 夢占いの本に書いてあった夢と現実を見極める方法を思い出していた。

 手の平を見る事……シワなどの細部まで見えれば現実、見えなければ夢であると。

 手の平に刻まれたシワだけでなく、植物から伸びる細かい1本1本の根まで細部まで認識できていた。よくあるほっぺをつねると言ったことも既に試してある。


「けど……?」

 不安な心が相手の回答を待つことなく答えを促した。


「えっと……ここは私にとって間違いなく現実です。でも謙心さんがどこから来た謙心さんかは分かりません。ただわたしはあなたがここに来るのをずっと待っていたのです」

 にこやかに答える三花。彼女にとっては現実。確かにそうなのかもしれない。それに待っていたとは……。


 僕が心の奥底で那奈ちゃんに振り向いて欲しいという願望があって、それを夢として作り出したのだろうか……。


「じゃあ三花ちゃん。質問を変えるね。ここがどこなのかは分からないけど、僕はここにいてもいいの? いさせてもらえるなら出来ることは何でもやるけど、何をしたらいいかな」


「ここで必要なのは食料と水です。しばらく貯えがあるので大丈夫ですが、必要なのはこの植物です」

 三花にもらって食べたサツマイモに似た実とヤシの実に似た植物を渡される。

「これは?」

 ふたつの実を両手に抱えてまじまじと見つめる。僕が知っている食べ物と似てはいるが全く異なる。

「こっちが『サツマイモっぽい実ルポス』で、こっちが『ヤシっぽい実パムです』」


 ヤシっぽいパムを振ると、中からチャプチャプと水の音が聞こえる。


「謙心さん、その出っ張りを引いてみてください」

 出っ張りを引くと栓のようにスポンと外れる。彼女にヤシっぽい実パムを渡すと、床に置かれた50センチ程の桶に流し込んでいく。ほんのり甘い香りの水が桶を少しづつ満たしていく。


 桶に貯まった液体を両手で掬って喉に流し込む。無味でいて無味でない不思議な味がとても美味しい。

「この水、凄く美味しい……」

 2杯目を勢いよく両手で掬って喉に流し込んだ。桶の水は強い波紋を広げて縁から幾分かあふれた。


「はい! ヤシっぽい実パム1個で10杯分くらいの水が確保できますので栓はしっかり締めてください。サツマイモっぽい実ルポスは1本で3刻 (※日本時間で3日)は腹持ちしますよ」


 明らかにおかしい。ヤシっぽい実パムはピンポン玉大、サツマイモっぽい実ルポスはテニスボール大。明らかに容量が質量を上回っている。


 不思議であれば不思議であるほど明晰夢を確信させる。


「不思議な植物だね。腐ったりしないのかな?」

 頬に人差し指を当てて不思議そうな顔をする三花。

「ここの植物は悪くなりませんよ。ずっと元気です。あっ、でも死ぬときは土に還ります」

 本当に不思議な世界だ……理解できない心がますます夢を確信させる。

「他にも色んな植物があるの?」

 三花は元気に返事をするとニコニコしながら答えた。

「はい。どんな病気も治す植物や、頭の容量を増やす植物、身体を強くする植物なんてのもあります。もっともっーとたくさんの種類があります……でも、逆に弱くするものもありますので注意が必要です。それと……幻の『眠る』ことが出来る植物とか」

 

「眠る?」

 思わず身を乗り出して聞いてしまう。

「はい。この世界では眠るということはありませんが、柿っぽい実パモンを食べると眠りにつけると聞いたことがあります。この位の白い実です」

 両手指で囲うように作られた実の大きさは、まさしく白い柿の大きさだった。

「じゃあ──」


 質問をすると驚く事ばかりである。まずこの世界は夜がない。一日中明るく眠る概念自体がない。体を休めるだけで疲労は回復するし、植物や水だけで空腹や疲労を回復できる。

 注意しなければならないのが、適当な植物を食べるとどんな効果が表れるか分からないので少しづつ教えてくれることになった。


 更に、この森は不思議な空間で囲われており、森から出ようとするとしたり植物に危害を加えようとすると影によって存在が抹消される。時折森でも影を見かけることがあるので、絶対に近づかず、見かけたらすぐに逃げるように教えられた。


 前、ここに住んでいた人はこの建物を作った後に、影によって存在を抹消されたらしい。


「あれ……三花ちゃん、さっき病気を治す植物もあるって言ってたよね」

 

「ええ。ポポンという植物です。葉がギザギザして、長細くてぷっくりしたがくに細かい花びらがいっぱいついている植物の根がそうなの。茶色く足を組んだ形をしているわ。自分の病気や怪我を治すなら自分にこすりつけて体内に取り込んで、人に与えるなら食べて体内に取り込んでおけば、いつでも口移しで効果を与えることができます」


 両手を床に浸けて前屈みになる。僕の目は大きく見開いていただろう。

「口移し!」

「そうよ、こうやって……」

 三花は両手をついて四つん這いになり顔を近づけると僕の唇に唇を重ねた。いきなりの事でビックリして尻もちをついて後ずさってしまう。急な出来事に身体が火照る。そのせいか何か力が沸いて来るような気がした。

「三花ちゃん……いきなり……」

 にこにこする三花。

「こうやって愛を深めないと子孫が残せないでしょ。ふたりで子供を作れば将来も安心だわ。お互い助け合っていきましょうね」

 三花の思考が分からない。慌てて立ち上がると扉の方に向かった。

「み……三花ちゃん。とりあえず、食料の確保がてら散策してきていいかな」

 アヒルすわりをになると上目遣いに僕を見つめる三花。

「分かったわ。くれぐれも影には気を付けてね。それと私と子孫を残す事を考えてくれると嬉しいわ……もう……ひとりになるのは寂しいの」

 うなだれて下を向く三花、床にポタリポタリと雫が垂れる。涙はキラキラした玉へと変わり床へ吸収されていく。


「ゴメン、色々と考えたいんだ。影には気を付けて行ってくるよ。ここのことが全然分からないからあとで詳しく教えてね」

 僕が言える精一杯の言葉である。現状を考えたい気持ち、必ず戻ってくるというメッセージを込めた。


 僕の想いが伝わったのか三花はニコリとした。





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《登場人物紹介4:》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん  平凡な高校生、読書部

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな   従妹であり幼馴染

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい 親友。中学校で仲良くなった

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ   読書好きが高じて知り合った先輩

 1B担任:本谷もとや たけし   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか 不思議な少女、那奈代似、謙心を待っていた。

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