第3話 夢か現実か……

 下部に簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

===== 


 図書委員の仕事が終わると足早に祥奈の家に向かう。

 今までは感じていなかった緊張が心を逸らせ早足になる。いつもの道、いつもの風景。どこをどう通って帰っているのか全く目に入っていなかった。


 ──足が止まった。


 大量の桜花が風に乗って舞い踊る。桜木は殆どが花びらを落としピンクの絨毯を広げている。枝の合間に伸びる新芽と青葉から桜の終わりを感じた。

 

 人の動きに目線が自然と横に動く。遠くを眺める桜子さん。


 最近は夕方に見かける。彼女に向けた僕の目線に気づいたのか、彼女がニコニコしながら僕に見つめ返した。ニコリと微笑むと屋敷の奥へと消えていった。


 桜子さんの笑顔。夢のような出来事だが祥奈のことが釣り針のように心に引っかかり喜ぶことは出来なかった。おかげで冷静になった頭が余計な思考を巡らせる。


 僕の記憶がおかしい。何が正しくて何が間違っているのか……現実と夢の混在。僕は病気なのか。戸惑う心を胸に歩みを進めた。



 高梨家。インターホンを鳴らすと祥奈の母叔母が玄関に出てきた。

 祥奈の話しになると口を閉ざすばかり、従兄として、幼なじみとして必死に心配するとは重い口を開いてくれた。


「謙心くん……実はね、全く目を覚まさないの。お医者様からはどこも悪くないって言われてるんだけど」

 うつむき体が震わす祥奈の母叔母


「なんで急に……何か兆候はあったんですか?」

 身体の前に作った両こぶしに力がはいる。


「元々体が弱かったでしょ。何でか分からないの。謙心くんと一緒に高校に行くのを楽しみにしていたのに」


 身体が弱い? あんなに元気だったのに。いくつもの糸が絡み合っている思考、とりあえず話しを合わせるしかない。


「……僕も祥奈と一緒に高校に行くのを楽しみにしていました。でも、元気になったら一緒に行こうって伝えてください」


「祥奈と一緒に居てくれてありがとうね。祥奈にとって謙心くんは心の支えだったの。でもね……謙心くんももう高校生になったんだから別の女友達を作った方がいいと思うの。ちょっと待っててね」

 祥奈の母叔母は部屋の奥へ歩いていった。


 引き出しの滑る音、戸の閉まる音。スリッパの音が徐々に近づいてくる。戻って来ると1枚の封筒を手渡された。


「これは?」

 封はしっかり閉じられ紙の僅かな厚みを指先に感じる。


「祥奈がね、私に何かあったら謙心くんに渡して欲しいって……わたしね、『何かあった』と思いたくなかったの。でも……いつまでもこのままじゃいけないって……」

 潤む祥奈の母叔母の目。心なしか言葉には力がこもっている。


「僕はやっぱり祥奈が心配です。もう少し待たせてください。兄妹のように育った家族として」


「ありがとうね。いつまでも縛られることはないのよ」

  



 * * *


 両手で頬杖をついて学習机に置いた手紙を眺めていた。窓の外に目線を向けると灰色のぶ厚い雲が空を覆い、今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出している。


 祥奈の家、何の変哲もないいつもの風景。遠くには赤い屋根越しに見える屋敷の木々が存在感を放っていた。


 封を開く勇気がない。手にとっては置いて手にとっては置いてしまう。開いたら祥奈との関係が切れてしまうんじゃないかという悪い予感だけが頭を巡る。どう考えても良いことが書かれているイメージが沸かない。


 時間だけが過ぎている。母親に促されるまま夕食にお風呂といつものルーチーンをこなす。


 手紙を拾い上げてベッドに座ると、照明にかざして封筒を透かしたり押さえつけて中の文字を透かすが全く見えない。


 封緘ふうかんされた1枚の手紙。祥奈が何を書いてどんな思いで封をしたのか…… 


 大きく深呼吸すると意を決して封を破る。破られた頭の部分フラップが床にストンと落ちた。


 素早く手紙を取り出して広げると、真っ白な紙にボールペンで書かれた文字。



『祥奈ちゃんを助けてあげて 祥奈』



 どういうことだ。祥奈を助けて……祥奈からの手紙。一体どういう……急激な眠気に襲われる。抗えない……力が抜ける……。



 ○。○。○。○。 



  頭がガンガンする。瞼が重い……一生懸命に瞼を開くが眼球が上を向くだけの感覚。一呼吸おいてゆっくりと瞼を持ち上げると、徐々に背景が瞳を通じて脳が現状を認識する。


 この場所、見覚えがある……


 鬱蒼と茂る植物や立派な木々が大自然を感じさせる。


「……白い柿」


 一本の糸が全ての記憶の糸を引っ張上げ、忘れていた夢の記憶を釣り上げる。


 白い柿……不思議な食べ物。一口かじると世界が色づき夢として認識した。そして夢から覚めた。


 白い柿を求めて探索する。



 夢であれば明晰夢めいせきむとして想像した通りの事象が起こる。しかしこの世界は現実であるかのように疲れを感じ、空気を感じ、空腹を感じる。



 蓄積された疲労は既に最高潮に達していた。


「見つけた……」


 遺跡、心に生まれた希望が大きく膨らんでフラフラだった体が活力で満たされる。


「……ない……ない」

 白い柿は見当たらない。膨らんだ希望ははじけ、栓を外したように活力が抜けていく。

 

 残った希望を携え、力を振り絞って遺跡へと続く階段を上る。左右に建ち並ぶ柱の花道を遺跡に向かって一歩、また一歩、ゆっくり近づいていく……



 不安と疲労、そして警戒する心が五感を研ぎ澄ませる。

 この匂い、この味、この風景、風の感覚、静寂の音……感じたことがない感覚が心地よい。これは夢なのか現実なのか全くわからない。



 風化した遺跡、上から下までじっくり眺める。



 その時……瞬きをした瞬間……瞬きから瞼を持ち上げた瞬間、シーンが切り替わるように建物が変わっていた。


 遺跡や柱、通路など石でできた建造物の全てが消え失せ、ほったて小屋に変わっていた。


 木を組み上げただけの簡易な建物……壁に触れるとざらざらした感触。なぞるように動かすと、木材から突き出た小さな棘がチクチク痛い。



 生き物を全く見ないこの世界。開かれた場所にあるポツンと立った人工的な建物。夢とは言え不思議な事ばかり起こる。


 夢を認識している心が不安を払拭し、謎めいた建物の扉に手をかけた。



「3・2・1──」



 思い切ってスライドさせると、建物の中には一人の女性が土間の先、板の間のに座っていた。


 お団子頭の小さな女の子……見知った女性。


「那奈ちゃん!」


 大きな声を出して彼女のもとに駆け寄って彼女の肩を掴む──

 

 天井を見上げていた。肩を掴んだ瞬間、一回転。宙を舞ったのだ。


 ──ドタン


「いててて……」

 腰の痛みをさすりながら起き上がる。


「○△○○□」


 必死に言葉のやり取りをするが何を言っているのかサッパリ分からない。


 彼女は植物の実をひとつ取り出して僕に手渡す。その実を食べるようにジェスチャーで一生懸命訴えていた。


 サツマイモに似た1本の実。見知った容姿が疑念を払う。実を受け取り、ゆっくり口に含んで咀嚼そしゃくする。

 かじった瞬間に甘い果汁が口いっぱいに広がる。果物のような甘味は例えようのない美味しさ。


「これ……美味しい」

 躊躇することなく一気にかじりつく。口の端から赤い果汁がタラリ、不思議と腰の痛みはひいていた。


 彼女は僕をじっと見つめ、全てを食べきると僕に抱きついた。


「謙心……ここまで辿り着いたんだね」

 彼女は涙を流している。一体……一体何が……それに……那奈がどうしてここに。


「那奈ちゃん……那奈ちゃんなのか……?」

 両肩を掴んでゆっくりと体を離すと彼女に目線を真っすぐ合わせた。


「私は那奈という名前ではありません。余乃よの 三花みかと言います」

 三花みかの両肩に乗せられた僕の手に、クロスするように両手を重ねる。


 温かくも心地よい感触。人の心に触れたような感覚を手の甲に感じ、心が撫でられたように安堵した。


 

=====

《登場人物紹介3:5月》

夢彩高校

 1B:建金たてがね 謙心けんしん  平凡な高校生、読書部

 1B:高梨たかなし 祥奈あきな   従妹であり幼馴染

 1B:大林おおばやし 恭平きょうへい 親友。中学校で仲良くなった

 2A:代口しろくち 那奈代ななよ   読書好きが高じて知り合った先輩

 1B担任:本谷もとや たけし   読書部顧問でもある


不思議な世界

 余乃よの 三花みか 不思議な少女、那奈代に似ている。

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