2-22 一夜明けて
「悪かった。迎えに来てもらって」
「いや、別に構わんさ。酔いは大丈夫か?」
「途中コンビニに寄ってもらえるなら……」
夕方のオレンジが映える町。いつもより少し日が高い時間帯に、俺の車の助手席で俺は揺れていた。揺れに抵抗ができないくらい、体が重い。
「だいぶお疲れか。いつもより早い帰りだが」
「ああ、昨日は気分が悪くて寝られなかったからな。特に仕事もなかったし、早めに帰らせてもらった……ふわあ」
自分でも逆らえないくらいのあくびが出る。
「なら、一発で目が覚める情報を教えてやろう」
「なんだ?」
「切り裂き魔が捕まったそうだな。お前が会社勤めをしている時に」
「マジで?」
本当に目が覚めた。
「動機やらは気になるが、やたら移動距離が長かったのは何でだ?」
「簡潔に言おう。ヨーロッパ各所とロシアの事件は一人で行ったものだが、インドと中国はそれぞれ別の模倣犯による犯行だ」
蓋を開けて見れば、なんとも単純なことだった。
「最初の犯人はポルトガルの人間だ。最初に事件が起きた場所だな。衝動的な犯行を機に、どうせ捕まるならと、逃げながら犯行を重ねたらしい」
「よくもまあ短絡的な。切り裂き魔なんて大層な名前もおこがましい」
「インドや中国の方は、被害者と加害者が知り合い同士だったらしいな。数件起きた事件をきっかけに、前者は快楽を満たすためにマネをし、後者は隠れ蓑のために恨みのある者を殺害した」
しかめ面をしつつ腕を組む。
「事件の全容を聞けば呆気ないな。この中……特に最初の事件のやつ。こいつがサザンカである可能性は?」
「ない、と私は考える。本人に確認でもしない限りは言い切れんが、可能性は低いだろう」
「だろうな。模倣犯の方は?」
「あちらはもっとないだろう。派手な事件に触発されて犯行に及んだだけだ」
「まあ、そうなるか。何はともあれ、犯人が捕まってよかったな。これ以上模倣犯が出なくていいことだ。日本で起きたのはただの大学生の遊びだが、国内でもいつ殺人が起きても普通じゃない」
「センセーショナルな事件は恐ろしいものだ」
「ああ、だから仲間捜しは慎重にな。今度は本当にサザンカの生まれ変わりが出てくるかもしれないし」
「……そこに話を持ってくるか」
「お前がやる分には別にいいよ。だが、シャルルや梨花には拡散を止めさせようと思う」
「考えは変わらず、か」
「昨日も言っただろ。もう巻き込まれたくない」
いつも通うコンビニが見えてきた。ラティオは、ちょっと覚束ないハンドル操作で駐車場に停める。やはり右ハンドルには慣れないか。
「ちょっとコーヒーを買ってくる」
「ああ、じゃあ私も行こう。飲み物を買いたい」
これから魔法の話もしないとならない。今日の夜はたぶん長くなる。明日は梨花も帰ることだし、話はそれも含めて多くなる。眠気はとにかく覚まさねば。
「イラッシャイマセー」
店員はあの褐色の子一人だったが、会話はしないよう黙って飲み物コーナーに向かう。ラティオの分も買ってやった。
「アリガトウゴザイマシター」
いつもの店員さんの笑顔に見送られ、入口へと向かう。その時だった。
「おいおい、待て」
自動ドアが開くと、ラティオがそんな声を出したので振り返る。
「おい僚真! これを見てみるんじゃ!」
「な、なんだよ。とりあえず外へ来い」
大声に対して小声で制し、外に出る。
「周りに人がいる時にヒルムル語は使うなって」
「すまん、つい興奮してしまって……それで、これ」
スマホを見せてくる。SNSの画面だ。その中の返信に、英語表記でパルミナードと書かれていた。
「ほう、なるほど」
見間違いでも何でもない。完全にパルミナードと書かれており、相手はそれを承知の上で返事をよこしている。
新しい生まれ変わりから連絡が来たのだ。
「アカウントを見てみると、アメリカに住んでいるみたいだな」
「らしいな」
うん、と頷いた後、
「よし。明日アメリカに帰ろう」
「急だな」
「緊急事態だ。私の願いを成就するためには、ぜひとも生まれ変わりの協力が必要不可欠なんでね」
その目は真っすぐだった。書庫で語り合った時の、ナディアの目を思い出す。
「なるべくお前の迷惑にはならんようにはする」
「……」
そう言われると悪い気が起こってしまう。しかし、同じような人間がハイペースで見つかるな。やはり国土が広ければ、それだけ該当者がいるのだろうか。人が多ければ、それだけ思想も増える。そしてその中には……。
自分の心境に罪悪感を覚えながらも、またいらん心配までしてしまった。
「さっそく帰って話さないとな。シャルルはもう帰ってるはずだな」
「夕方には帰ると言っていた。もう帰ってる時間だろう」
……今は目の前のことに集中しよう。
罪悪感を振り切り、車に乗り込もうとした、その時だった。
「待ってください!」
ん?
突然の声に、コンビニの方を振り返る。ラティオも振り返っていた。
そこには先ほどの店員がいた。入口が開き、こちらに走って近づいてくる。何か切羽詰まったような、必死の形相だった。
「あなたたちは、もしかして、生まれ変わりですか」
その言葉に思わず眉を寄せる。これはヒルムル語だ。まさか、この子も?
「き、君も? クラクルスからの生まれ変わり?」
こくりと頷いた。SNSからの返事から一息入れる暇もなく、すぐに次の生まれ変わりがやってきた。
いつもの店員。近所の奥様方に人気の、かわいらしい褐色の、フィリピン出身の店員。そんないたいけな少年が、まさか生まれ変わりだったなんて。
「そ、そうだったのか。俺たちの言葉を聞いて?」
「はい。懐かしい言葉を聞いて、思わず飛び出しちゃいました」
ようやく切れた息を戻し、彼はすっと立った。それでも、俺の首辺りまでしかない。
「急な話で驚いたな。じゃあ一つ聞かせてくれ」
「はい。何でしょう」
ラティオの問いに、彼は真摯に向かい合った。
「前世での名前は?」
彼はそれを聞き、ゆっくりと流暢な言葉で言った。
「サザンカ・リヴァイツィーニと言います」
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