2-16 追憶4

 鐘の音、緊急事態を知らせる音に向かうため、すぐに戦闘準備に入る。


「私も連れて行ってください」

「何を言ってるんだ。聖法使いなんてミルダウ族にもたくさんいる。君が来る必要はない」


 嘘だ。正確には、兵に足る人材などいない。


「俺たちに協力したと知られれば、君の立場は途端に危うくなる。そのことをわかっているのか」

「覚悟の上です。それに私は、ミルダウ族のみに加担するつもりはありません」

「どういうことだ?」


 兜、手甲、鎧と順に付けながら話を聞く。


「私は戦いに加わるつもりはありません。両方を助けたいと思っています」

「両方?」


 金属音を鳴らしながら振り返った。


「私はあくまで中立で動きます。傷ついた兵士は、みな助けたいのです」


 正直に言ってしまえば、彼女が戦力に加われば非常に助かる。だが兵士皆助けると言われれば、やはり連れて行かない方が無難だ。


 ただ……なんだろう。そういった利益関係なく、彼女を戦場に行かせたくない思いがある。この気持ちはなんだ?


「ジアルード様」


 自室の扉が開いた。入ってきたのはリリムールだった。


「ぎゃ!」


 ナディアが甲高い声を上げる。


「あんたがナディアか。普通に傷つきやすよ」

「す、すみません……」

「そんな事より、馬車の用意ができました。幌つきだけの安いもので申し訳ありやせんが」

「構わん。今は急ぐぞ」

「武器もすでに積んでありやす」

「助かる」


 よし、準備は完了だ。


「リリムールはシャクシャハリとともに中央砦に向かえ。他の砦にも来る可能性はあるからな」

「わかりやした。それと……」


 リリムールは細めた目で俺の横、ナディアを見た。


「そいつは連れて行かないんですかい?」

「連れて行く必要はないさ。聞いていたのか?」

「聞いてやした。この耳でぱっちりと聞いてやした」


 顔から生えた、二本の触手のようなものをうねうねと動かす。


「聞いたならわかるだろう。どっちも治すと言っているんだぞ」

「それは相手の戦意を削ぐという意味ではないですか」

「なんだって?」

「その小娘もたぶん、相手の戦意を削ぐ、つまりカルタナ側の自分が戦地に立つことで相手を躊躇させる、という考えを持っていると思いやす」


 横を見てみると、口を真一文字に結んだ彼女がいる。そして先ほどまで驚いていたリリムールを真っすぐ見ていた。どうやら当たっているようだ。


「こんな考えに至らないなんて、燎王様らしくない」

「……わかったよ」


 リリムールの案、ナディアの心中を考慮し、連れて行くことにした。そうと決まれば急いで外に用意された場所に乗る。


「君もずいぶんと大胆な行動に出たな」

 揺れる馬車に、距離を空けて座る。愛用の武器の入った箱に背中を預けた。

「こうでもしなければ、戦争は止められませんよ。パルミナードが恨まれていたのは過去の話です。たとえ恨みが残っていても、今現在の王族を無下にする事はできないでしょう」


 なかなかに計算高い。


「構わず襲ってきたら?」

「その時はその時です」


 腹も決まっているときた。


「わかった。君の覚悟はわかった。もう何も言わん」


 何を今さら迷っているんだ。連れて行った方が利となることはわかりきっているだろうに。

 ああ、もう自分の優柔不断にイライラする。俺だって腹を決めなければ。彼女が決めたことに対して、俺がやらなければいけないことは決まっている。


「だったら俺は」


 歯を食いしばった後、


「君を守ろう」


 諳んじるように言った。

 一瞬の沈黙。馬の駆ける音、車輪の音しか聞こえない。その雰囲気を肌で感じ、冷や汗が体から出てきた。

 ああ、ヤバい。顔から火が出そうだ。切迫した流れの中で思わず言ってしまった。勇者のことを笑えないじゃないか。


「勇者か騎士のような事をおっしゃるのですね」

「ああ……すまない。なんともまあ、恥ずかしい言葉を」


 思わず顔を隠す。


「そんな、勇者よりずっといいですよ! いや、比べるのも失礼ですね。あいつとは違って本心がある」


 本心? これが、俺の本心?


「正直、すごく心に刺さりました。やっぱりあなたはいい人です」

「やめろ! 恥ずかしいったらありゃしない」

「なら、私も恥ずかしい告白でもしましょうか」

「え?」


 途端に彼女はもじもじし始めた。持っている杖をガードするみたいに抱きしめて、身を縮めている。


「私、あなたの事が好きです」


 再度二つの音のみが支配する空間。いや、この時の俺は音という音を排除するくらい、頭が真っ白になっていた。


「自分が何を言ってるのかわかってるのか」

「わかっています! つい一日ほど前に罵倒した身で何を言ってるのかと思いますが、本心です!」

「そうだぞ。まだ会って一日くらいだぞ!」

「だから何ですか! 過ぎた年月の多さで愛情が決まるくらいなら、身内姉妹みんな親しいですよ」

「そもそも異種族だぞ! お前が貶したやつが相手だぞ」

「それは、本当に反省するしかありません。ですが……ですが」


 緊張状態を解いて、今度は向き直る。


「あなたほどの地位がある人で、ここまで信念がある人は初めてでしたので」

「し、信念?」

「そう。信念。私はそこに惚れたと言っても過言ではありません。どこまでも真っすぐで逃げない人。不可能な事でも、いつかは達成できるかもしれないと思わせる人」

「そ、そうなのか……」


 気まずくなり、走っている方向を見た。岩山に囲まれただだっ広い平原は続き、向こうにアイライル砦と待機している軍勢が見える。

 もうすぐ着く。そして戦争が始まる。だからだろうか、終わりが近いと思ったからだろうか。抵抗もなく、自然と口から言葉が出てきた。


「君とは、別の形で会いたかった……」


 後悔したのも束の間、もう遅いと思ったため、言い繕うこともしなかった。

 そうだ。俺も……。


「願うなら、同じ種族で君と会いたかった」

「ジアルードさん……」

「俺もだ。君のような人は初めてだった。ちゃんと俺の夢物語を聞いてくれたのは」

「でも……私は何の知識もなかった」

「情報が一方的に与えられていたんだ。仕方ない。だが、二種族の溝はどうにも深い。俺もこの立場故に、誰でも愛せるというわけではない」


 再び沈黙。車輪の音は固い物に当たる音がする。岩肌が多くなってきた。


「生まれ変わりって知ってますか?」

「死線の契りってやつか」

「そうです。もし、もしですよ。生まれ変わった世界が、大きな種族の隔たりのない世界だったら、どうでしょう」

「ここではなく、全く別の世界に生まれるのか。言い様のない夢物語だな」

「そう、迷信です。誰も証明のし得ないことです」

「だが」


 再度彼女の方を向いた。


「そんな生まれ変わった世界なら、君と何のしがらみもなく付き合っていけるな」


 俺らしくもないことを言う。


「ふふ。本当に」

「だが、この世界では変わらず君を守ろう。覚悟はできているな」

「はい」


 大きく、彼女は頷いた。


 軍勢の声が聞こえる。鐘の音が再度聞こえる。心臓の囃し立てる音が聞こえる。馬車の歩みが遅くなり、いよいよをもって立ち上がった。

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