2-10 追憶2
「世界をどうこうしようなんて野望などないと言ってるだろ」
「黙りなさい! 元凶が何を言うか!」
まさしくすれ違いからのスタートだった。
勇者とその仲間、計三人が消える突然の出来事に、俺とナディア姫は立ち尽くしていた。それから刻一刻と過ぎゆく時間たっぷりと、えも言われぬ空気が謁見の間に広がる。
「ミルダウ族は魔王の配下。魔物を影で操る悪者。これらを滅せねば未来はありません」
人から聞いただけの情報が、ここまで信念めいたものにまで昇華するのか。感心し、その心の動きにむしろ関心を示すくらいだった。
「魔物を操るなんてできるわけないだろ。私が指揮するのは、あくまでミルダウ族の配下のみだ」
「口だけならなんとでも言えます」
「二つの種族と魔物など、それぞれは独立しているに決まっているだろうに。関与などしていない」
「嘘よ。そんなわけがない。ミルダウ族が嘘つきなのは知っている」
見捨てられた、謀られた、というのは彼女の頭にもよぎっていることだろう。だが、信じられない、そんなことはない、なんて否定が、細い柱として彼女を支えている。風さえ吹けば倒れそうな頼りのないものだ。
だから俺は玉座に居座りつつも、彼女に害を与えるつもりはないスタンスのまま、絶えず風を送ってみせた。
「ミルダウ族は嘘つきか。何とも言えん。だったらカルタナ族は、仲間を置いて逃げる種族なのか?」
「ぐ……」
「別に俺を信じろとは言わない。だが、現実を見てくれ。お前は三人の仲間に置いてかれたんだ。これに納得できる説明はあるか?」
「……いや」
「ひとまず、現実を見て欲しい。自分の立場をわかってほしい。今はそれだけだ」
舌戦というには、あまりにも一方的。ナディアの心許ない柱は、すぐに吹き飛ばされたようだ。
「失礼します」
扉が開かれ、威勢のいい声とともに二人のミルダウ族兵士が入ってきた。現代で言えばトカゲが二足歩行してるみたいだ。
「アイライルからの伝令が届きました……と」
「いや、気にせず伝えてくれ」
一瞬だけナディアに目をやった兵士を諫める。
「は! 申し上げます。現在アイライルで行われている会談は即刻中止し、カルタナ側に話を聞く姿勢を取りました」
「ルロイド……だったか。彼らの軍勢はどうなった」
「現在は全員を人質に取ることに成功しました」
「そんな!」
「話は後でするから黙っていてくれ」
すぐに静止をかける。
「で、今は相手方の動きを見ている段階か。捕虜の証言は?」
「ルロイドはただ会談をしに来ただけと一点張りで、それ以上の情報は聞けません。完全な憶測ではありますが、本当に何も知らないのでは、とザルザ様が申しておりました」
知らない? 囮にでもされたか。
「勇者の方は?」
「……近辺を探しましたが、見つかりません」
警備がいつもより手薄とはいえども、さすがに全く見つからないのはおかしい。どういう魔法を使ったんだ?
「わかった。では引き続き、任務に当たってくれ。アイライルの方は、相手の出方がわかったら教えてくれ。不必要な拷問は避けるようにと伝えてほしい」
「は!」
兵士は一礼し、謁見の間を出て行った。
「ルロイド様が……人質に?」
「と言うと、君はこの状況を聞いていないということか」
「……はい」
「聞いた作戦はどういうものだったんだ?」
「……」
「話しにくいかもしれないが、君が罠にはめられたのは、火を見るより明らかだ。別に協力するわけではないが、話せば今の状況を打開できるかもしれない」
言いにくい、をまさに体現している顔だった。酸っぱい物を食べたみたいな顔をして、何かを耐えている。心の中で葛藤している。
しかし内側からの圧に耐えきれなったのか、やがてゆっくりと口を開いた。
「私が聞かされたのは一つだけ。姿が消える魔法を使って、魔王の居城を奇襲するというもの」
「消える魔法? そんなものがあるのか」
彼女は観念したのか、自身の体験の全てを話した。詳細を聞き、作戦を聞き、俺が出したのは一つの結論。戦争反対派のパルミナードを動かすというものだった。
「私やルロイド様を、贄に使った?」
「おそらくは」
「そ、そんな……」
こんな悪魔的なことをするか? 同じ種族の人間に、道具同然に使い捨てられるなど。信じられない。信じられないが……思いつく限りでは一番しっくりくる。
もしこれが本当だとしたら、自分が苦労して開通した唯一のカルタナとの繋がり、アイライルに続く海路を利用されたことになる。
……なんともやるせない。
「しかし、謎は残るな。いくら何でも博打が過ぎる。失う物が多いし、リスクも大きすぎる」
「もし本当にそんな作戦があるとしたら、なぜ会談など開いたのでしょう。ルロイド様がかわいそうです」
「何か裏があるか。消える魔法なんて掛かった勇者たちをここに連れてくるくらいなら、荷物を載せた船だけでもいいだろうに、なぜ会談を? 荷物に加えて人もいたほうが楽だからか」
「私はこれから……どうすれば」
こちらの推察など耳に入れず、がっくりと、床にへたりこんだ。
「残念ながら、今すぐ相手側に返すわけにはいくまい。しかし、俺からどうするわけでもない。カルタナ側で動きがあるまでは、兵を各砦に動かすくらいしかできん」
「……」
「あちらが船で進軍してきたら、砦ごとの鐘が鳴る。それぞれ音階が違うものだ。それを受けて近くの町の鐘が鳴り、城に音が届く。それまでは膠着状態というわけだな」
「膠着……このままこの城に、居続けるのですか」
「そこでだ」
玉座から立ち、彼女に近づく。ちょっと警戒心を表情に出してきた。
「この城の書庫を見ていかないか?」
「書庫?」
ここで拍子抜けしたような顔になる。
「ミルダウ族の歴史、戦いの記録がそこには全て残っている。君がパルミナードで学んだ教育、あるいは偏見が正しいかを確かめてみるがいい」
「ミルダウ族の歴史……」
「城でじっとしているのも退屈だろう」
「私を地下牢に閉じ込めたりは……」
「そんなことはしない」
「……」
こちらはずっと友好的に接しているつもりだが、相手の警戒心は、粘液のようにべっとりとついてなかなか剥がれない。二つの種族に隔たる壁は、あまりにも大きい。
「どうする? やめるか?」
「いえ」
彼女は首を振った。
「行かせてください」
かすかだが、固い物が剥がれる音が聞こえた。
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