2-4 アイライル会戦と勇者の真実
「二つの大陸、二つの種族にはそれぞれ信仰される大樹がある。サンラート大陸の大樹カルタナと、ムーオルン大陸の大樹ミルダウだ。その名前はそのまま種族を表す名前に、また王家代々の名前に使われるほどの由緒正しき大樹だ。また四期は、この大樹の成長の周期を元に作られたと言われている。昔は立派な木々だったが、今は寂しくなっているな。葉が徐々に少なくなっているんだ」
「おい待てよ」
「うん?」
ラティオはグラスの氷をからんと鳴らし、何も落ち度はないといった表情。今は寿司屋から帰ってテーブルを囲み、続きの話を聞いている。
「話がなげえんだよ。こちとらアイライル会戦と勇者の話だけでいいんだよ。なんで歴史の授業が始まるんだ」
「ああ、脱線するのはすまない。私のクセだ。しかし大元は間違ってはいない。大樹カルタナのお膝元、聖都シュルキガルの話だからな」
「と、言うと?」
相手が待っていたであろう問いかけをあえてする。
「アイライル会戦を引き起こした原因は、まさしく聖都にある」
「やっぱり……」
初耳のシャルルがうつむき言った。
「詳しい内情までは知らないぞ。知らないが、あのアイライル会談を企てたのは聖王だ。そして聖都出身である勇者。これは言い切っても問題あるまい。そして会談を開こうと提案したのも中央だ」
「長年緊張状態にあった二種族間で、ついに大規模な交渉の場が実現されることになった。それがアイライル会談」と、言葉を引き継ぐ。
俺たちミルダウ族が住んでいたムーオルン大陸は、サンラート側に向かう形で、三つの半島が東に出っ張っている。地図で見たら、大陸はちょうど悪魔が持つような三つ叉の矛の形状をしている。それぞれに砦があり、その最南端がアイライルだ。
「食糧問題や疫病、魔物被害に対する情報の交換を主とした会談と聞いていた。まずは代表の補佐が話を聞き、それから俺も参加するはずだった。だが、会談そのものが罠だった」
「そういうことだな」
よもや会談か会戦になるとは、この時の俺は思いもしなかった。だから序列4位のザルザという、実質の参謀に交渉に向かわせた。カーリンや数名の軍団長しかあそこに配置しなかったのは、今思うと下策だったか。結果論ではあるが。
「会談の裏の目的を簡潔に言おう。まずアイライル会談を持ち込み、見張りの隙を見て勇者たちをお前の居城へ送り込み、そこにナディア嬢を人質に取らせる。そうして戦争に懐疑的だったパルミナードも巻き込み、戦争に打って出る口実を手に入れたわけだ」
「ええ……」
梨花はひいていたが、俺とシャルルはあまり驚かなかった。玉座の話し合いで、ある程度予想はついていたからだ。
だが、やはり関わった人間から直接聞くと、心の底からこみ上げるものがある。俺は恨むだけでいいのだが……。
シャルルを見る。唇を噛みしめ、青いロングスカートの上で自分の手を握っていた。
「なんてひどい」
「そうだな。参加した身分で言うのもあれだが、胸くそ悪い。言っておくが、ナディア嬢を人質に取らせるなんて真意を聞いたのは、戦争後の話だ」
何の言い訳にもならんがな、と彼は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「大まかには話したぞ。あとは質問を募集して、それに答えようか」
「んじゃあ私から」
梨花が手を挙げた。
「なんだ?」
「私たちは、アイライルの周りをがっちりと固めていた。他の砦だって海を見張っていたはず。城外の町だって見張りゼロというわけじゃない。そんな中、勇者一行がどうやって城まで行けたのかが謎なんだけど」
「ああ、それなら」
ここで口を挟む。
「シャルルが説明した方がいいかもな」
「そういえば梨花ちゃんに話してはいなかったね」
「あ、そうだ。当事者がいたんだった。で、どうやったんです」
「簡潔に言うとね。姿を消す魔法を使ったの」
これ以上ないくらいに眉をひそめた。
「え、何言ってるんですか。そんな魔法聞いたことがないですよ」
これに答えたのはラティオ。
「そりゃそうだ。あの世界でただ一人しか使えなかったんだからな。勇者パーティーの一人、フライム。ゲームで言うなら、黒魔道士の位置だな」
「おいちょっと待てよ」
即座に口を突いて言葉が出る。
「そこは魔法使いだろ」
「何を言っている。黒魔道士だろ常識的に考えて」
「いやいや。勇者、戦士、魔法使い、僧侶だろ」
「勇者、戦士まではいいとして、あとは黒、白魔道士だろうよ。世界的な売り上げを見ても有名なのはこっちだ」
「DQとFFの論争はそこまで!」
梨花の張り上げた声に、双方とも首を縮めた。
「えっと、それでスライムみたいな名前の人? そんな魔法が使えるのはもはやチートだよ。奇襲し放題で戦略なんてあってないようなものだよ」
「それなら大丈夫だ。この魔法には制約があるからな」
答えたのはラティオ。
「制約?」
「簡潔に言えば、急に動いたり、別の魔法を放とうとすると即解除される。奇襲は絶対に無理」
「急に動くのは無理だったから、ずっとゆっくり歩いて行ったの。本当に移動にしか使えない、しかも少人数にしか効果がない魔法と、フライムから何度も聞かされた」
「なるほど。だからナディア姫を置いて人質に取らせるなんてまどろっこしい作戦だったわけだ」
「そういうことになるな」
「しかしスライムみたいな名前なのに、やたらと強そうな魔法を使う」
「普通に勇者のご一行に選ばれるくらいだからな。というより、スライムが弱いなんて日本特有の考えだ。まあ原因はあれだな」
すかさずこれに反応する。
「元祖は別にあるが、あれが原因の一端ではあるな。しかしあのかわいらしいデザインは褒められるべきだ。スライムなんてどろどろのやつをなんであんな見た目にしたのか。これはもう天才としか言いようがない」
「それは同意だ。弱くしたのもそのためか。日本でもスライムが強いのがあるが……たとえばインペリアルクロスで三人も死んでしまうスライムとか」
まさかロマンシングなやつにまで手を出しているとは。海外勢としてはなかなかの手練れ。
「……脱線は後にしてね。それじゃあ次は私から質問しますね。ズールさん」
「はいよ」
こほんと、シャルルは空気を変えるよう咳払いした。
「確かにフライムの魔法は便利ですが、それを使って得られたのは、単純にパルミナードを動かすことに成功しただけ。正直に言ってしまえば、カルタナ側の作戦はどうも強引すぎなように感じてしまいます。まるで何かを急(せ)いているような」
「ふむ」
「アイライル会談で戦力を集中させ、隙を見て魔王の居城に潜入し、魔王を討つ。これならリスクをとって然るべきでしょう。しかし私たちには当時の僚真、ジアルードを打ち倒すほどの力がなかったのは、今考えれば自明の理。だから、私の知らないところで人質を取らせるという作戦に移行して、三カ国や他国を含めた総力戦に持ち込もうとしたとのことですが……あまりにもリスクと釣り合わない」
「あの、横からすいません。リスクって具体的にどういうものでしょう?」と梨花。
「アイライル会談の交渉役を担った人たちの犠牲ね」
勇者たちが城に侵入したという通達は、すぐに伝令によってアイライル方面に伝えられた。
「私たちパーティーはまさに敵の陣地内にいたから、食糧の補給も休むこともできない。だから短期間で終わらせることが必要だった。だけど会談は、数時間で終わるわけではない。つまり……」
「元から捨て駒だった?」
梨花の問いに、彼は頷いた。
「いやいや。だっておかしいでしょう。交渉の場に着くなんて、ある程度の地位がある人じゃなきゃできないわけじゃないですか。確か、ちょうど対岸にある国、魔法皇国ライセーンの王子でしたよね?」
「本人を目の前にするのもあれだが……今回捨て駒にされたのは、ともに王女、王子の前に第二と着くんだ」
「ほんとに、ひどい話」
梨花はこれ以上ないくらい顔を歪めた。
「いくら第二とは言っても、王族であることには変わりない。私や彼、果てには護衛を務めた兵士をむざむざと人質に取らせて、どうしてこんな作戦を実行しようとしたの?」
「……私にもわからん」
ラティオはゆっくりと首を振る。
「作戦を聞いた時は、どうしてこんな穴だらけなのか疑問に思ったよ。アイライル会談で敵を引きつけ本丸、果てにはミルダウ族の根絶やしを狙うなど、いくら何でも無茶がすぎる。しかも蓋を開けて見れば、ただパルミナードを動かすためだけの作戦だったというからさらに驚きだ。中央の本意がわからない。何を得したのかがわからない」
「賢者でも知り得ないことか」
「そんなもんただの肩書きだ。結局は中央の犬だからな」
王族を犠牲にしてまで得たものとは何なのか。全くわからない。仮に知ったとしても、納得はしたくない。
「資源を狙った、とかは?」
「資源? いや、そんな話は全く出てきていないな。もしそれ目当てなら、さすがに私の耳にも入るはずだ」
なるほど。資源目当てで切羽詰まっていたわけではない、と。
「戦争はその後どうなった?」
「お前さんが暴れ回ったおかげで、その直後にはもう終結したさ」
にやりと挑発めいた笑みを向ける。ちょっと言葉が詰まったが、改めて口を開く。
「あれで終わったなら、双方が得たものは結局何もないんじゃないか?」
「ああ、調べた限りは何もない」
「うーん……」
辺りは何度目かの静寂。卓を囲んだ四人は、一様に動く気配はない。それを見て切り出す。
「二人とも、他に質問はあるか?」
「私はないよ」
「私もです」
「わかった。じゃあ引き続き。俺たち以外の主な戦死者は?」
「特に主要な地位にある戦死者なら、ミルダウ族にはおらんな。カルタナ族には三人いる。先ほど挙げた第二王子、ルロイド・カルタナ・ローラン。五騎聖が一角、クラック・バルネット。魔法皇国の大臣、ヨドルム・ライカン。戦死者だけで言えば、有に千は超える」
クラック・バルネットが死んだのは知っている。それ以外にも大臣が死んでいるとは初耳だ。ライセーンの軍なんか総崩れになる。
……本当に何だったんだ? あの戦争は。
聞けば聞くほどわからなくなる。どこも得をしていないじゃないか。
昔から争っていた種族だったが、少なくとも交渉の場などはたまにあった。今回の件で、一切の交流は無くなってしまうだろう。その凍てつくような緊張感が溶けるのはいつになるか。何十年後か、それとも永遠か。
……やっぱり、死んだ後も変わりないか。夢見るだけ無駄だったな。
「これが最後の質問。これが一番聞きたかった」
とうの昔に捨てた夢を再度捨てて、背をソファに預けた。
「戦争後のミルダウ族はどうなった? 仲間は無事か? 国民たちの生活は保たれているか?」
「ふむ……」
顎に手を当てる。
「ほぼ完全に情報も絶たれたわけだが、パルミナード西端にある高台からは、望遠魔法で大陸が見える。それを見る限り、生活や秩序が乱れたなどの様子はないらしい。風の噂でザルザやシャクシャハリが仕切っていると聞いている」
「ザルザはともかく、シャクシャハリが……」
「実際能力は高いですしね。普段からやれよって話ですが」
カーリンよりも3つ上、序列2位のシャクシャハリ。俺が死んで尻に火が点いたのか、懸命に動いている姿を想像するとちょっと笑みがこぼれる。
「そうか……あいつが。成長したもんだ」
感慨深げに頷いた後、
「あとの質問は?」
そう聞かれて我に返る。
「いや。もう何も思い浮かばない」
「わかった。このまま話しても埒が明かないから、ひとまず終いとするか」
「今日中に全て解決する案件でもない。この世界で会えたんだから、また気づいたことがあったら話せばいいさ」
「うむ、そうだな」
ひとまず話は一段落。コーラを傾けてほっと一息。
「前世の話はここで終わりだが、私にはまだ聞きたいことがある」
空気の読めないやつだ。
「なんだいラティオくん?」
「いや、そんな茶化されても困る。一番聞きたいことがあるぞ。お前とナディアがどうしてこう、結ばれたのかがさっぱり理解できん」
「ああ、それね」
保護者みたいな立場にいた彼からすれば、当然気になるところだろう。そこでまず、梨花にしたのと同じ簡単な説明をまずしてみせた。
「魔王と二人きりになれて、そして話し込んで、人となりを知って、そして今に至ると」
「そういうことになるな」
「いや、過程を端折りすぎだろ。もうちょっと詳しいところを」
「ほう」
膝をぺちんと叩き、
「詳しく聞きたい! なら三時間ほどお時間をいただくがよろしいか?」
「そんな掛かるのは願い下げだ」
びしっと相手は断った。
「しかし魔王と結ばれるとは、なんという運命のイタズラか。ナディアは勇者といい感じだったがな」
「何?」
これは聞き捨てならない。思わず前のめり。
「昔の話です」
「勇者のパーティーに入ったのは、そういう側面もあったんだろ」
「そうですね。パーティーに入るまでは、ちゃんと尊敬はしてましたよ。でも……」
ふっと、鼻で笑った。
「私、逃げる人が嫌いなんですよ。どうしようもない、追い詰められて逃げるしかない状況なら何も責めません。ですが、なんと言うんですか……ふふふ……人を切り離して、人を犠牲にしておめおめと逃げる人は、本当に許せないんですよ」
敬語を用い、不敵な笑みをシャルルは浮かべた。
逃げる人が嫌い、か。
あまり見せない彼女の内面が今は出ている。梨花もそうだったが、シャルルもかなりの恨みを抱えて、こちらに生まれ変わったのだろう。
「ふふ。あんな人、どうでもいいです。名前すら聞きたくもない」
やべえよ。めっちゃ恨んでるよ。あえて今まで触れなかったけど、ここまでとは思わなかったよ。
「そうか……ならひとまず込み入った話は止めにしよう。いや、話通しで疲れた」
「だな」
背をそらし、腰を叩く。
「これからは、身の上話でもしてみるか」
「ちょうどよかった。ケーキがあるからそれを食べながら話しましょう」
シャルルが席を外す。緊張感から一転、リビングは和やかな雰囲気に包まれた。
「じゃあ小休憩か」
ラティオが伸びをする。
「そういえば、宿泊先は決まってるのか?」と聞いてみた。
「決まってる。駅前のホテルに、昨日の夜にチェックインした」
「夕食は?」
「あっちで食べる。さすがに用意されてるからな。だから夕方頃には帰るぞ」
「わかった。しかしあれだな。その時間までずっと話すのもあれだ。少し時間があったら気分でも変えるか」
DVDはもう入っていないであろう機器に目を向ける。
「ゲームでもするか」
「ゲーム?」
長い長い話は終わり、ここらで一息入れた。
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