1-5 訪問者は敵か味方か
「まずは、どうやって二人が出会ったのかを聞きたいのですが」
「七年くらい前に私が彼の名前のアカウントを見つけて会うことになったの。だって前世で有名な人と同姓同名だったからね」
本当の中に嘘を交えて話す手法は、好きな刑事ドラマを見て知っている。
「そりゃそうですよね。結婚はいつ?」
「彼が就職した五年前ね」
「今年で五年目ですか。ところで、今回あの写真を載せたのは、やっぱり他の生まれ変わりを見つけるためですか?」
「そうね」
「あの国旗にしようと決めたのはどちらです?」
「これは私ね」
「なるほど。敵にも味方にも多く恨まれてる国の旗を選ぶ。これは頭がいいやり方ですよ」
「は、はは……」
乾いた笑いしか出なかったが、悲痛な思いはぐっと我慢。
ひとまず、彼が帰ってくるまでは絶対に正体を明かしてはならない。ジアルードがいれば話はスムーズに行くはずだ。だからそれまで耐えねば。
「そういえば、僚真と会ったらどういうやり方で確かめようとしたの?」
「簡単な話です。彼が玄関に現れたら、前世の共通言語であるヒルムル語で話すんです。そうして通じれば無事目的は達成。全く反応がなかったら、恥をかいて帰京」
「またずいぶんと大胆な作戦ね。SNSで連絡すればよかったのに」
「間違ってたら大恥ですもん。それに、直接会って確かめるに充分な人ですから」
はあ、と溜め息を吐く。
「不思議ですよね……死んだと思ったら別世界に行って、さらに同じような人が何人もいるなんて」
「そう、ね」
しばしの間、気温二十八度の部屋に沈黙が満ちる。
「ここら辺の話は、ジアルード様が帰ってきてから話したいですね」
「その方がいいと思う。今まで散々話したけど、二人だけじゃ情報はうまくまとまらなかったの。だから新しい仲間が一人でも増えたら、きっと話し合いはよりよいものになるはず」
「そう、そうですよね。仲間ですよね。ほんとに、私と同じ人がいてよかった」
穏やかな顔をして安堵の息。
「仲間か……こっちの世界に来てから、友達とか作るの大変でしたね。価値観が本当に合わなかったから」
「それは時が解決するはず。日本語を覚えるみたいに、自然と空気に馴染んでいくものなの。今ではご近所付き合いとか、パッチワーク教室の仲間も出来た」
「そんなもんですか」
「あれよ。住めば都ってやつ」
「日本語うまいですね……」
「必死に勉強したからね」
「ところでまた話戻っちゃうんですけど、国旗のパッチワーク。ちゃんと細かいところまで再現されてましたね。よくわからない黄色い三角形の向きまで完璧」
「
「確か、パルミナード軍の精鋭五人の称号でしたよね」
「そう。あの三角形は、三世代も前の五騎聖が、領土を広げるに至った大戦で進軍した方向なの。変わった趣向よね」
「へえ」
「よく見てみると、聖都のある右方向へは誰も向いていないでしょ。みんな左か上か下しか向いていない。進軍した方向だと証明になるわよね」
「ずいぶんと成り立ちに詳しいんですね」
あっ。
「え、えっとね。勉強したからね」
「いやいや。国旗の形を覚えているならまだしも、国旗の成り立ちまでわかるわけないでしょ。サンラート大陸の外れに位置する島国の人が」
やっちゃった! 話し好きなものだからつい。
「だとしたら、あんたは何者だ? パルミナード国の平民か? いや、三世代なんて歴史もきっちり覚えているってことは、王族?」
遠い地をわざわざ訪ねたかわいらしい女子高生は、もうこの場にはいない。いるのは、こちらを親の仇のように睨む女性。髪の毛が逆立つような殺気を放出しながら、ゆっくり、ゆっくりと腰を上げる。
「い、いや違うわ! 私は王族なんかじゃない!」
「惚けるのもいい加減にしろ。さっきからどうもおかしいなと思ったんだ。言い淀む場面もあったし、ミゲルなんて妙にこの世界っぽい名前だし」
「いや、たぶん探せばあったと思うわよ」
「とうとう正体を現したな。たぶんあった、なんて」
「い、いや言葉のあやで……」
「言い逃れはできねえよ! てかお前はさっきからへまをやらかしすぎなんだよ! 王族だったらそういう交渉術とかちゃんと勉強しとけ!」
「ひいい……だって苦手だったんだもの」
「はい今もへまをやらかした! 王族だってことを全然否定しなかった!」
あっ。
「こんな初歩的な引っかけに引っかかるとか、さては現役で王位に就いていたわけではないな。いや、私が死ぬ前に死んだやつを想像すれば答えは容易。お前は、ナディアか。第二王女、ナディア・カルタナ・サザンピアか」
ダメだ……もう言い逃れはできない。ソファに縛り付けられたみたいに硬直した体だったが、なんとか声を震わせる。
「た、確かに私はナディア。パルミナード国王の娘。でも、あなたに何かした覚えはない」
「お前が何かしていなくても、私はあの国が憎い」
「何があったの?」
「お前が知る意味もない。とにかく憎い! すこぶる憎い!」
「そ、そんな」
「まさか生まれ変わってまで会うとはな! ここで会ったが……百年目?」
「百年目ね」
「アシストすんじゃねえよ! そんなことはどうでもいい。とにかくお前は許さない! パルミナード国の関係者は殺す! 殺す! 殺す!」
鈍い足音とともに距離を詰めてくる。
「殺す! 殺す! 殺したい……だが」
顔を極端に近づけたところで、ピタリと足を止める。
「今住んでいるのは法治国家。殺したら殺人罪。この年で捕まったりなんかしたら、せっかく育ててくれた両親や、お世話になった親戚、友人、学校関係者に申し訳ない」
「……」
「なら拷問でもしてやろうか。小さい頃、村で謎の感染症があった漫画で超痛々しい拷問があったのを思い出した。爪を剥がすやつ。あれをやってやろうか?」
「……傷害罪」
「そうだな。傷害罪とか、監禁罪とか、色々引っかかる。ならじわじわと毒で苦しめるか? いや、そんな毒を入手する伝はないし、何より趣味に合わない。イタズラ電話でもして精神的に追い詰めるか? 普通に法に引っかかりそう」
あれ? もしかしてこの子。
「教えてくれ。両親や周りの人に迷惑を掛けない復讐の仕方を教えてくれ」
普通にいい子なんじゃ。
「……何もしなければいいと思うよ」
「それじゃあダメなんだよ! 私の怒りは収まらない。前世でやられた仕打ちの他にも色々ある。もう色々と疑問点しかない! ジアルード様が、どうしてあんたと一緒にいるんだよ!」
一歩下がり、シャルルの顔に向けてビシリと指を差した。
「あんたがナディアなら……どうして、どうしてジアルード様は――」
ここでガチャリと音がした。玄関が開く音だ。
「ただいま……」
来た! 望んでいたものが来た! しかし、声はどこか弱々しい。
逃げるように玄関に向かう……ん?
玄関にはいつものスーツを着た僚真。しかしいつもとは違い、顔は少し青く、前屈みになって、お腹を押さえている。
「僚真、どうしたの?」
慌てて近づく。
「ああ……ちょっと酔ってしまって」
「お酒を飲み過ぎたの?」
「いや、巻下さんの所で飲んでて、連絡を見て急いで帰ろうとタクシーを拾って」
「え? 車酔い?」
「うん……」
「巻下さんの所って、車で十分掛からないところじゃない。まだ酔いやすいの治ってなかったの?」
「運転してるのと、運転されるのは……違うな」
辞世の句みたいに話しているが、ただの車酔いだ。
「ジアルード様……」
シャルルと僚真、夫婦揃って困惑顔の女子高生を見る。
「君は?」
「私です。カーリン・ウェナンです」
「カーリン! カーリンなのか! おえ……」
一瞬腰を上げたが、すぐに床に手を突く。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。大丈夫。シャルル、ちょっとコーラ持ってきて」
「あ、はい」
タタタとキッチンに行く足音の後、玄関付近は言い様のない空気に満ちた。かたや懐郷の思い、かたや車酔い。
「やっぱり……二人は結婚しているんですね」
「ああ、色々あってな」
「どうして……どうして……」
「持ってきたよ」
再びの足音に、カーリンこと梨花は、目を鋭くさせて後ろを振り返った。
「なんでだ!」
「へ?」
「なんでジアルード様と結婚したんだ!」
さらにまくし立てて言った。
「パルミナードの王族がなんでジアルード様と結婚してるんだ! 種族の違う敵同士なのに! お前らが魔王だと呼んでいた相手なのに!」
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