1-2 再会
この世界で一番驚いたのは、電波という存在である。魔法も何も使わず、しかもはるか遠くまで情報を伝達できるなど信じられなかった。中学、高校と理系の勉強はしたが、いやはやどういう原理なのかわからない。ただそうなるんだな、なんて漠然とした知識だけが残った。
その電波やら機械やらを駆使した物と言えば、やはりゲームやテレビといった物だ。前世には一切無かったそれらに、俺は大はまりした。生粋の平成生まれであるが故、スーファミやらプレステやらと、任○堂やソ○ーの熾烈なゲーム機戦争のまっただ中にいた。はまったのは色々と挙げたいが、まあ数を絞るならDQとポケモンだろう。
テレビに至ってはトリビアの泉だとか、一カ月一万円生活とか、無人島生活だとかにおおはまりした。アニメは当然、月曜のゴールデンタイムが印象的だ。金田○やコ○ンの黄金コンビ、あとは犬○叉とかブラッ○ジャック、るろうに○心は特に印象的である。
あらゆる情報は電波に乗り、日本中(一部地域を除く場合もあり)に届き、ネットに関しては世界中に公開されている。このテクノロジーの進化には驚いた。
特にネットなんかを駆使すればナディアとも会えるのではないか、と思っていたが、やはり簡単にはいかない。とにかくネットの海が広大すぎるのだ。一本釣りできるような知識も腕もなく、ナディア探しは想像以上に難しいものとなった。そのまま何の手掛かりもなく、数カ月、数年が経った。
風向きが変わったのが、地元の高校から東京の大学に進学した時だった。俺も晴れてキャンパスライフなるものを経験するわけだが、その期間に世間では、あるものが台頭してきたのである。
そう、SNSだ。
ポケモンを通じて知り合った友人からやり方を教わり触れてみた。これがどれほど便利だったかは、当時を生きた人にはありありとわかるだろう。何の比喩でもなく、世界中の人と繋がるのだ。これが俺の目的にぴったりの代物だというのは言うまでもない。さっそくアカウントを作ってみた。アカウント名はそのまま、前世の名前である「ジアルード」を名乗ることにした。
そこでふと思いつく。もしかしたらナディアも知恵を絞って、俺と同じ手段を取っているのでないか、と。
すぐに検索欄にてナディア・カルタナ・サザンピアと言葉を入れる。しかし検索数はゼロ。さすがにフルネームはないかと、次にナディアのみを検索。こちらはかなりの数がヒットした。ローマ字や英語表記など様々拾い上げている。
それをスクロールしながら、一件一件確実に見ていく。引っかかるものはないかと目を通していく。
何かあってくれ、何かあってくれと願う。苦節十数年、ずっと探していたんだ。近所の人にも話を聞いた。旅行先でもわからないように聞いてみた。ネットは欠かさず見ていた。時にはバイトをして探偵を雇ったりもした。
前世での約束は果たせなかった。だからこそ再び生を受けたこの世界で会いたい。決定的な種族の違いなどない世界、肌や髪の色程度の違いしかないこの世界で、彼女と面と向かって会いたい。話したい……。
数分調べていると、ある文字が目に付いた。
ナディア・カルタナ。
これは……! 間違いない。彼女の名前だ。サザンピア家の名はないが、ミドルネームまで一致するわけがない。さっそくその人にメッセージを送ってみた。「私はジアルードと言います」と、まずは簡潔に。
心臓の音がはっきりと感じ取れる。どく、どく、と必死に働き、焦りを促している。それが何百回と脈を打った時に、メッセージが届いた。
しかし……それは外国語で書かれていた。
慌ててプロフィール欄を見てみると、どうやら相手はフランスに住んでいるらしい。
ああ、もう! 種族は明確に分かれてないくせに、言語はしっかり分かれているから面倒くさい。飲みきった缶コーラをゴミ箱に捨て、すぐに大学の図書館に行って辞書を調べる。
大して調べることなく、「あなたは誰?」と聞かれているのがわかった。やはり日本語はわからないらしい。ならば……。
今度は『簡単なフランス語講座』という本を棚から取る。それをパラパラとめくり、自己紹介の例を抜き出して書いた。名前は英語表記。英語はなぜか、世界で通用する言語だ。
今度は長いメッセージが届いた。訳してみると、
「ジアルード! 本当にジアルードなの? ああ! この時をどんなに待ちわびたか。まさか遠い日本に住んでいるなんて思いもしなかった。ずっと探していたのよ」
長文の意味がわかると、涙が出そうになった。ぐっと堪えて、彼女が生まれ変わった証拠である文を、じっと見つめた。
これ以上は長くなると思い、辞書を借りて自宅にて会話を継続する。その後のやり取りでわかったのは、彼女は俺と同い年だということ。フランスに生まれ、現在は地元の織物製造の会社で働いていること。家族と平和に、仲むつまじく暮らしいてること。最後の情報は、特にほっとした。
色々知っていくと、直接会いたくなるのが、恋慕する男の性(さが)である。これをわがままとは言わせない。長年待ち続けたことなんだ。
数日、数週間と連絡し合うと、なんと彼女が直接会いに来ると言ってくれた。
そのメッセージを見た時、思わずガッツポーズをした。が、すぐに表情を戻して引っ込める。講義中だったからだ。隣の友人、果てには部屋中の人間がこっちを向いた。笑われて顔が真っ赤にし、席に座る。そして顔とは別に、心も火照ったように熱くなる。
会える、会えるのか。彼女に。
恥ずかしそうに首を引っ込めながらも、スマホをぎゅっと握りしめていた。
待ち望んで数カ月後。秋の三連休が始まる週末、レンタカーを走らせ空港に向かう。安全運転ではあるが、心持ち速く走らせる。時間は充分間に合う。なのに、早く、早くと気持ちが
空港に着いた。渋滞に巻き込まれたからぎりぎりだ。駐車場に停めてすぐに入口へと向かう。
心の焦りと同期するよう、足が勝手に動くようだった。心待ちにしていたものが、今ようやく目の前に現れるのだ。別に逃げるわけでもないのに、駆ける足がだんだんと速くなる。堅いコンクリートを蹴り、
走る。
走る。
走る!
息が切れ切れになる。前世の強靱な肉体はもう持ち合わせてはいない。あるのは神代僚真の、極めて普通な成人男性の体だ。秋の冷えた空気にいるはずなのに、体が熱くなっていく。
空港に入り、左右を見る。案内掲示板に沿って所定の位置へ行く。左手にあった到着ロビー。そこの椅子に彼女がいた。
サラリと伸びた金髪を後ろで結っており、踝まである白のワンピースを着ている。言われた容姿が合致している。あの人で間違いない。
服装と髪型さえ除けば、まさしく前世のナディアそのものがいるかと錯覚してしまう。佇まいが凜としているのだ。切れた息を取り戻しながら、彼女に近づいていく。そして、
「君は、ナディアなのか?」
ヒルムル語。この世にはない言葉をかけてみる。二十年ぶりに発した言葉は、容易く喉から出てきた。声が若干震えたのは、緊張のせいだ。発音を忘れたわけじゃない。だってその証拠に、彼女は驚きの表情で振り返ったのだから。
「ジアルード?」
彼女も声が震えていた。俺より若干低いくらいの背、瑠璃色の瞳、すっと通った鼻梁。相対すると別人だが、その声の柔らかさ、滲み出る優しさはまさしく彼女だった。
「ああ、そうだよ。ジアルードだ」
「会いたかった……」
瑠璃色が潤む。それに釣られて、俺の目尻にも熱いものを感じた。
「俺も、俺もだ。ずっと探していた。ずっと……」
はっきりと、涙だとわかるものが頬を伝う。
「あちらの世界では、君を守れなかった。だから、だからこの世界では必ず君を見つけ出して守ろうと」
「いいの。もう過去のことはいいの」
伸ばした手に、彼女が手を重ねた。
「今こうして会えたんだもの。それ以上に望む事なんて、何があるというの?」
「ナディア……」
「私の今の名前は、シャルル・ロゼット。これからはそう呼んで」
「わかった。俺の今の名前は、カミシロリョウマ」
リョウマ、と不慣れな日本語を、口ずさむように言った。
「これからよろしくね。リョウマ」
「シャルル……」
未来が見える言葉に、俺は思わず彼女を引き寄せた。
そうして人目を憚らず抱き合った。もう二度と離すものかと、強く抱きしめた。
◆
「どうしたの僚真。ぼうっとしちゃって」
シャルルの声が聞こえ、はっとする。
「ああ、いや。昔のことをちょっとね」
「昔のこと?」
リビングで向かい合っての朝食。何気なくテレビを見ていたら、カップルの出会いについて調査する、というコーナーがあったのだ。
「空港で会った時のことを思い出してた」
「ああ、懐かしい。もう七年も前か」
「あれから君の日本語は、すごく上手くなった」
と、言いながらトーストにかじりつく。
「そのくらいの年月があれば覚えるよ。あなたのフランス語は、まだまだだけどね」
「う……まあ、使う機会がないから仕方がない」
突っかかったものを流し込もうとコーヒーを飲む。
「ふふふ」
そんな俺を見て、彼女は上品に笑った。白シャツにゆったり目の青のスカート。前の世界では考えられないラフな格好だが、どことなく上品な感じに見えるのは、気のせいではないだろう。
「どうした?」
「いや、今のあなたを見たら、仲間たちはどう思うのかなって」
「さあ、どうなんだろう」
「定番の二つ名以外では、
「失敬な。あんなおいしい物は前世で味わったことがない。好きで何が悪いのか」
「ええ、何も悪くない。燎王も蓋を開けてみれば、こんなに等身大の人だったのね」
そう。大層な肩書きを以前は持っていたが、その時から別に偉ぶっていたわけでもない。ましてや平凡な男として生まれた今は、できる限りこの平穏な日常を過ごしていきたい。
シャルル・ロゼット。五年前の就職を機に、俺と結婚してくれた女性とともに……。
「あ、そろそろ行かないとまずいんじゃない?」
「おっと、ゆっくりしすぎた」
すぐにトーストを全て頬張って身支度をする。着慣れたスーツに身を包み、最後は玄関の鏡に向かう。
寝ぐせ、ついてる。よし。
絶妙に似合わない銀縁メガネ。よし。
二十七の覇気の無い顔。よし。
「何がよしなのかわからないわね」
片付け終わったシャルルが顔を出して言う。
「……いいから。それより、DVDは返却した?」
「あ、忘れてた」
「おいおい」
「ごめんなさい。今日ちゃんと返すから」
ちょっと慌ただしくなりつつも、準備は完了。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
見送られ、外に出る。扉を開くと、まだ日に暖められていない空気が体を包んだ。
突き抜けるような青が頭上に広がる。太陽はちょうど真正面に位置し、眩しくマンションの五階通路を照らしている。ちょっと年齢のいった体を伸ばし、済んだ空気を吸い込む。
今日も、いつもの一日が始まる。
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