一章 海の姫 その3
次の朝、ルシアはスーアに図書館に行くと言い外の海に向かった。
(国から上に上がれば警備隊にあっさり見つかる……目立たないとこを探して上昇しよう。にしても…。)
「私の下半身って外の海だと余計に泳ぎにくいなー。」
魚の尾は一本。タコの触手は8本。体質的に効率よく動かすのは経験が必要だ。
「外の海は気圧が少し高めで波が強いから、余計ハードね。」
今までルシアが行ったことある外の海は近辺でかなり緩やかだった。しかし泳ぎ続けて慣れれば前へ進めるもの。波に身を任せても、前へ進めるもの。後ろを振り向けばユニオン・パールは姿を消していた。
「これを持ってきてよかった。」
ルシアは荷物から赤墨の入った魔法瓶を出した。
(迷子になった場合、これを開ければ赤墨がユニオン・パールに導いてくれる。)
「私って本当に魔法調合の天才ね。」
そう呟きながら、ルシアは様々な魚や海の動物達と遭遇しながらグングン進んだ。しばらくすると天に昇る岩の柱が何本も縦と横に並ぶ海域にたどり着いた。
「ここが岩塔の森が…まるで天まで届いているみたい…。」
ルシアはしばらく闇と光が交差する上海を見上げていると、森の奥に進んだ。
(ここなら人魚喰いの動物は泳がないわね…さて。)
ルシアは8本の足を蜘蛛の巣のように広げて、勢いをつ真っ直ぐに上昇した。
(地形的に海流、上から下に流れることないから、子供と私でもぐんぐん進める……え?)
「嘘…。」
岩の柱達は彼女に先っちょを見せてしまった。
「なのに海の上はこの森の岩達より上にあるの?」
ルシアは一旦泳ぐのを辞めて、キョロキョロ辺りを見回した。
「魚はいないわね。」
下に目を向けるとまるで底のない闇の海があるように感じた。
「下から見たら天使の彫刻の集合体みたいだったのに、上から岩塔の森を見るとまるで墓が無限にあるみたい。最初明るく見えたのは私が上を向いてたからだったんだ…。」
ルシアはそう言うと目を閉じて手を合わせた。
「神々のみなさま、素晴らしい発見を感謝致します。私の冒険にこれからも祝福をお願いします。」
ルシアはそう祈り目を開けると、自分の斜め上の彼方に茶色い何かが見えた。
(あれは…。)
ルシアはそれに向かって泳ぎ出した。
(なんだろう? ……私段々地上に近づいている。)
ルシアはもうしばらく斜め上に泳いだ。
(あれ? あれも私の方に近づいている? 一体なんな…)
「あっ!」
ルシアがぶつかってしまったのは大きな網だった。この時ルシアは初めて上にある物体に気づいた。
(海の上に何か浮いている。これと太い紐でつながっているわ。え? 待って…)
「この網が引き寄せられている! ……うっ、これから抜けられない! 上の世界にこのまま…。」
ぷしゃああ!っとルシアを捕らえた網は海の上に上がった。船は立派なガレオン船だったが、帆にはドクロのマーク、海賊船だった。しかしそんなことを目を輝かせていたルシアが知るはずもない。
「素敵な乗り物…まるで動く城だわ。」
「おや、俺様の船が気に入ったか?」
ルシアは声の主に目を向けると、派手な服を着た船長とボロ服で作業をしてたり彼女をただ見つめているだけの数百人の乗組員を目にした。
「まあ、あなたたちは人間という生き物ですね? 初めまして、私はル、あっ!」
いきなり大柄な男が網の中から彼女の腕を引っ張った。
「ちょっと何するのよ!」
抵抗むなしく男はルシアの両腕を後ろにして抑えた。船長は彼女のアゴを触る。
「うう。」
「んん〜、シービューティ。人魚だ。…うげっ! タコかよ……まあいい。金にはなる。」
「どういうことよ⁉︎」
ルシアは怯えながら勇ましく問い詰めた。するとクスクス笑いがはびこる中、船長はいかにも悪そうな笑顔で答えた。
「海の上には人魚を見かける確率は極めて少ない。お前らの種族を利用していくら儲けられると思っているんだ?」
ガブッ!
「いでっ!」
ルシアは隙を狙い船長の親指に噛みつき、血を流させた。
「このっ!」
「あっ!」
船長はルシアを殴り、引き離した。
「海の中はガキもそこそこ列強かよ。」
作業をせずにその場にいた海賊達の中でクスクス笑う者がいたが、海賊の船長は見逃さなかった。
「笑った奴は、把握してるぞ!」
船長は手持ちの銃を取り出し身構えた。そこからは一瞬。
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
バン!
彼は笑った15人の海賊の眉間を見事に狙い撃ちして、殺した。
(嘘、仲間を殺すの?)
「ひどい! 笑っただけじゃない!」
ルシアは動揺しながら、暴れた。船長はまた悪そうな顔をした。
「おめえも殺されたくなかったら、おとなしく従うことだ。」
船長は人魚を脅すと、ルシアは一旦冷静さを取り戻し、暴れるのをやめて笑い出した。
「ふふふふふふ、哀れな私。だけどさらに哀れなあなた方。」
ルシアは子供ながら不気味な笑みを浮かべた。
「ねえ船長さん。この乗り物、船っていったかしら? 本当にあなたのものなの?」
「そうだが…。」
船長も海賊達も動揺を隠せなかった。
「よかったー。なら……血の契約、作動!」
ルシアはそう叫ぶと、海賊船は急に勢いよく前進した。
『うわああ!』
『ぎゃあ』
『なんだああ!』
海に振り落とされる者も当然続出した。当然ルシアを取り抑えていた大柄な男も彼女を離さざるお得ななかった。やがて船の勢いは止まってしまった。
(今の私の魔力じゃ、全体を動かすのはこれが限界か…。)
気がついた彼女は殺意に満ち溢れていた海賊達に囲まれていた。ルシアはキョロキョロ見回すと、船の起動の細部に気づいた。
(それらなら……お願い上手くいって!)
「縄よ動け!」
ルシアはそう言いながら勢いよく看板を叩いた。しかし何も起きなかった。海賊達は少しずつ近づいた。
「お願い!」
ルシアは勢いよくまた看板を叩いた。しかしまた何も起こらなかった。海賊達の中にはニヤニヤしながら嫌らしい笑いをする者が増えた。ルシアは涙目になりながら必死に拳をあげた。
「うわあああ!」
その時彼女自身は気がつかなかったが、彼女の小さな拳の周りを黒いモヤモヤの煙状の闇が包んだ。動揺する海賊がいるなか、ルシアはここ一番の勢いで看板を叩く。
「動いてええええええ!」
その後は一瞬だった。
『ぎゃあああ!』
『ぐへえ!』
「縄が勝手に、グオ!」
「締め上げる!」
「ぐるじいいよおお、母ちゃん!」
「悪魔の呪いだ!」
船の縄全てが船の海賊という海賊を襲い、縛り上げたり締め上げたり吊るしあげたりした。ルシアは己が招いた結果に安堵した。
「やったわ! 魔法が発動した。もう一押し!」
ルシアが力強く腕を上げたその瞬間、
「させん!」
「あっ!」
船長がルシアの腕を掴んだ。そのまま乗組員に大声で指示をする。
「魔女は抑えた。捕まった野郎ども自力で縄をほどけ! さて、お前はしつけが必要なようだ。」
海賊の船長はルシアを睨むと、ルシアはビクッと彼を恐れた。その時だった。
「船長!」
船のてっぺんにいた海賊が下に叫んだ。船長は不機嫌そうに応答する
「なんだ⁉︎」
「荒れた海がやってきます!」
「海だぁ⁉︎ 語彙力皆無か! 荒波だろ⁉︎」
「そんな規模じゃないっす! 回避不可! 衝撃に備え…」
ザブブブブブブブブブブブブブブン!
穏やかだった海は突然嵐に囲まれた。あまりにも突然だったため、冷静な船員は一人もいなかった。振り落とされる者も続出した。
『うわあああ!』
『いやああああ!』
「え? 嘘だろ。」
「巨大な海の手が…」
「船を持ち上げてる⁉︎」
海でできた巨大な手が下から船を掴み、ゆっくりと上昇させていた。ルシアの手を掴んだまま、船長は震えていた。
「こんな芸当をできる奴なんざ一人しか知らん。」
船長はグッと息を呑んだ。海の下からゆっくりと船の近くに水の柱が上昇してきた。水の柱には、ホホジロザメの人魚の女性、紺色の髪をポニーテールにしたに青黒い瞳の美女である。海賊の船長は歯を噛みしめ、彼女の名を言い放った。
「神々の一人、海の女神、捕食の女王―デボレ・シーキング!」
「え? あのお方が…。」
デボレはルシアも知っている有名人、多くの冒険をして旅を重ねたユニオン・パールの王女だ。ルシアは目を輝かせていた。
(あのお方が〜! デボレ様〜! かっこいい! 国の近くまで帰っていたんだ。)
一方で海神はとてもご立腹だった。
「その子を離してこちらに引き渡しなさい! どんな人魚も海の宝! 見せ物は許さぬ!」
デボレはそう言うと、ため息をして話を続けた。
「お前たちのような者がいると、海の全てを見渡せる万能な目が欲しいと思えてくるよ。さあ渡したまえ! さすれば無闇な暴力を振るわずにお前たちを安全に送ってやろう!」
そう申し出をするデボレに、海賊の船長は銃口をルシアに向けた。
「海に返すくらいなら、今殺してや…」
パチン!
デボレはスナップをした。
ザザ、ガブリ!
すると船を持ち上げていた巨大な水の手はサメの頭のように変化し、いっしゅんで船を破壊して海賊達を丸呑みした。人魚であるルシアだけ平気だった。
(助かった。)
気がつくと、ルシアを囲んでいた海はデボレの方に向かっていた。デボレは殺意の溢れた表情からニコッとした聖母の表情に変化していたが、ルシアはかなり緊張して挨拶をしようとした。
「あ、あの王女さ、」
デボレは勢いよくルシアに抱きついた。
「海の宝の一人〜。無事でよかった〜。」
デボレはそう言い終わると、慌てるルシアの肩に手を置くともう片方の手を人差し指を上に注意を始めた。
「だけど、あなたまだ子供でしょ? 今の海上は人魚が遊び半分で出ていい場所じゃないの!」
デボレはルシアを撫でて、質問をした。
「ユニオン・パールの子よね?」
「え? なんでわかったんですか?」
ルシアは好奇心旺盛に質問をした。デボレは笑顔で答えた。
「匂いでわかるわ。」
「すごい! さすが神々の一人ですね。」
ルシアは王女を褒めたつもりだったが、デボレは眉を細めてから歯がゆい表情で下に見える海と無限の空を眺めながら心の中で思いを燃やした。
(ここで真実を言ってもこの子はおそらくわからないだろうな。)
「いつかあなたも自分の旅路で力ある者の真意に辿りつけたらいいわね。」
このデボレの発言にルシアは首を傾げたが、王女は構わず質問をした。
「お名前はなんと言うの?」
「ルシアと申します。」
「ルシア? どこかで聞いたこと、まあいいわ。あなたはなんでこの海上の近くまで来たの?」
デボレは優しく訊くと、ルシアは下を見た。船の残骸がぷかぷか浮いていた。ルシアは無邪気に質問を逆にした。
「ああいう悪い方もいるけど、善い方もたくさんいるんですよね? 海の上は。」
「そうね。善い人も悪い人もいるわ。それは海の中も上も変わらないわ。」
デボレは真実を言うと、事情を説明した。
「私は国に帰らなきゃいけないけど、魔法も強さも知恵もまだ発展途上のあなたを先の冒険に行かせるわけにはいかないわ。」
それを聞いたルシアは落ち込んで下を向いたので、デボレは優しく頭を撫でた。
「でもねいつかあなたに、いえ、全ての人魚と魚人に海の上の世界を自由に冒険して欲しい。あなたは海の上で何がしたい?」
「……陸を見たい。陸にあがりたい。陸を歩きたい。走りたい。」
ルシアはそう言っている間、デボレはうんうんと頷いた。
「陸の山や森や砂漠や川、陸の村や町や都や国を冒険したい。」
ルシアはそう言い続けている間、デボレはうんうんと頷いた。
「できれば空もいつか自由に泳ぎたい!」
ルシアは大空に向かって叫ぶと、デボレは喜んで言葉を発した。
「そうね。大昔どの人魚も自由に空を泳いでいたのよ。古代よりの技術だから忘れた子孫が多数だけど。あら、ごめんなさい。他には?」
「いろんな方とお会いして、お友達になりたい。一般の人間はもちろん、吸血鬼やホウキに乗る魔女、鬼さんや獣人、獣人だと人狼さんがフレンドリーって聞いたんです。後ミノタロスやケンタウロス、巨人や妖精、後特に私が逢いたいのはですね…」
ルシアが淡々と話している間、デボレはうれしそうにうんうんと頷いていた。
「フォーンちゃん!」
ルシアがこの言葉を発した瞬間、デボレは完全な作り笑いをしてしまった。悲しみを隠すためである。それに構わず、ルシアは話を続けた。
「フォーン達に一番逢いたい! 逢って一緒に音楽を奏でたり、野原や森林を駆け回ったり、日陰の下や森の片隅で将棋やチェスをしたり、キャベツや王様について論じたりしたい! 逢いたいな〜。」
ルシアは言い終わると、デボレは少しだけ悲しそうな歯がゆい表情をした。しかしすぐにルシアの胸元に手をあてながら自身の胸元を軽く叩きながら、真っ直ぐな目で口を開けた。
「その気持ち、忘れちゃダメよ。」
ルシアはまるで覚悟を決めたように頷いた。するとデボレも確認の頷きをして横に手を伸ばした。すると海へと繋がる海水で出来た大きな滑り台が完成した。
「さあ、安全な近道を作ったわ。一緒に帰りましょう。」
デボレはルシアを膝に乗せて、数年ぶりのユニオン・パールへの帰還を続けた。
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