一章 海の姫 その2

 ルシアが生まれてから10年の月日が流れた。彼女の住む海の国は良い方向では全く変わらなかった。それでも子供とは育つものだ。プーホ町のボロアパートー海老天の大家の部屋に、銀髪の長髪で紫色の瞳、黒いタコの触手を下半身にしている子供の人魚が入りこんでいた。

「スーアママー! ただいまー! お使いに頼まれたもの買ってきたよー!」

 少女はそう言うと布団に横になっていたエビの人魚は笑顔で答えた。

「おかえり。」

 最初は優しい笑顔で応答すると、異変を察知して表情を変えた。

「……お前、外の海に寄り道しただろ? どうなのルシア?」

「ゲ! なんでわかったの?」

 純粋なルシアは驚くと、ルシアの後ろ側に付いている触手を指差した。

「あっ。」

 黄色い海藻が触手にくっついていたのだ。

「それは外の海でしか採れない。名探偵じゃなくてもわかるよ。」

「ご、ごめんなさい。どうしてもまた探検に行きたかったの。」

 ルシアは素直に謝ると、スーアはため息をした。

「行くなとは言ってないの。一人で行くのがいけないんだよ。」

「だって付き添いがいると自由に泳げないじゃん?」

「危険があるから付き添いがいるんだよ!」

 スーアが大声を上げると、その後すぐに咳が彼女の体の中からついてきた。ルシアは慌てて近寄り、彼女の背中をさすった。スーアはお礼を言ってから口を開いた。

「あんたのお母さんも向こう見ずで後先を考えなかった女性なの。魔法の腕はピカイチのくせにその“呪い”のせいでとんでもない目に何度も遭っていたのよ。あんたには同じ過ちをして欲しくないんだ。」

(最もその性分のおかげであんたが生まれた。だけどあっしに子供を預けて自らは城に住んでいるなんで、恩を仇で返すにも程がある。だけどあっしの口からこの子に言えるわけないじゃんねー。)

 スーアはそう思いながら、窓の外にそびえ立つ白鯨城を見た。そしてすぐにルシアと目を合わせた。

「もう何年か待ちなさい。そしたら誰だって安全に外の海どころか海の上の世界にも行けるよ。」

「……わかった。」

 ルシアは素直に返事をすると、食卓にあった晩ご飯を食べ始めた。

「今日も海の上について少しだけ教えてくれるんでしょ? ……私どうしても知りたいことあるんだ。」

「……言ってみな。」

 スーアは言うと、ルシアは荷物から本を取り出した。

「図書館にあった絵画集で一番気になった絵なんだ。」

 本を開き、その生き物に指を差してから、ページを開いたまま触手でスーアに渡した。

(触手の扱いが日に日に上手くなってる。タコの人魚は他の人魚より動かすのに苦労するはずなのに大した娘だよ。)

 そう思いながらスーアはページで描かれている生き物に目を向けた。その間ルシアは名前も知らない生物の特徴をうれしそうに説明し始めた。

「とっても神秘的な姿だと思わない? 上半身は私たちと同じ人の形なのに頭からは個性的に曲がった角が生えているのよ。そして美しさが漂う下半身。フサフサでふわふわの毛がついているのよ。人魚の私からしたらうらやましいわ〜。下はまるで、何だったかなー? そう! 陸や山という陸にあるでっぱりに住むヤギという生き物みたいなのかしら? ねえスーアママ、載ってなかったんだけどこの子達の名前はなんて言うのー?」

 目をキラキラさせながら質問するルシアにスーアは笑顔で答えた。

「よく見つけられたわね。これはフォーンという怪人だよ。」

 その名を発表したスーアに対して、ルシアはさらに興奮を示した。

「フォーンって言うのー! なんて素敵な響き! どういう方々なの?」

「自然と平和を愛し、音楽を含む芸を磨く種族だね。相手を楽しい気持ちにするのを好む奴らで、見聞や経験を通し悟りを開く陸の森の民だ。」

 スーアの説明にルシアはうっとりだった。

「なんて神秘的で高尚なの? 私もいつかお会いして仲良くなりたいわー! ……スーアママ、どうしたの?」

 ルシアは顔を下に向けたスーアに気づき問いかけると、エビの人魚はゆっくり顔をあげた。

「時が始まってから数百年……人魚と半獣人は“役職”が同じこともあって、とても仲がよかったの。あっしも昔の双方のように仲良くなりたくて陸に上がって彼らが住む村を探した。ようやく見つけたと思いきや、彼らは固まって怯えていた。細かい歴史に疎かったあっしはその後、あっしらが拝める王達が彼らにどういうことをしたか調べて、失望したよ。」

 そう言うと、スーアは勢いよく指をルシアに向けた。

「あんたもフォーンといつか出会って仲良くなりたいなら、好奇心や自己的な思いより謙虚な姿勢と真心を忘れちゃいけないよ。」

「うん、わかった。」

 そう元気に返事をしたルシアは本を再び持ち、妄想をした。

「ふふふーん。私が出会うフォーンは歩けば誰もが彼の愛のオーラに振り返り、会話をしたら誰もが楽しくなる陽気な人だったらいいな〜。」

 一方、彼女の微笑みにスーアは深刻に心配した。

(はあ〜。理想と期待を膨らませ過ぎるのも母親そっくりだね〜。あっしが死んだら、ルシアは一人でこの汚れた世界を泳げるのかが一番の心配だよ。)

 その夜、ルシアは布団の中で激しく動いていた。

(行きたいな〜、地上の世界。山や森、空や星を見たいな〜。いろんな種族に会いたいな〜。竜に人間、クマさんやカッパさん、魔人に獣人、そして特にフォーン! 優しくて楽しいフォーンさんに会いたいな〜。……明日ちょっとだけ、ほんの少しだけ上に行こうかな。大丈夫、大丈夫。怪物は国と同じくらいの標高にしかないもん。なんとかなるわ。)

 少女ルシアは心の奥底で明日の行動を決心した。

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