一章 海の姫 その1
白鯨城の玉座がある謁見室に召使いが泳いてきた。
「国王陛下、御目通りを願う者が。」
「ワイの命を狙いそうな者なら殺せ。貴族なら通せ。その他なら追い払え。」
ユニオン・パール5代目国王で海神のトリポセは命令を下すと、召使いは急接近し耳元に囁いた。
「タオ子というみずほらしい見た目のタコの人魚でございます。」
この耳添えに王は大変青ざめた。召使いはさらに話を続けた。
「王妃様の目と耳に入らぬよう、個室に待たせております。」
王は即座に指示された個室に移動すると、そこに銀髪でぼろ切れを着こなした若いタオ子がいた。
「ワイになんのようだ?」
そうトリポセは質問をすると、タオ子は自身のお腹を撫でた。
「ま、まさか…。」
トリポセは慌てるとタオ子は頷いた。
「あたし…あなた以外を知らないの。」
「……産むのか?」
トリポセは焦りながら質問をまたした。するとタオ子は迷わず彼の腕を掴んだ。
「あなたは金に困らないし、いいでしょ? 家族が二人増えて困ることある?」
トリポセは黙り込んだので、タオ子は自身のお腹に手を置いた。
「あたし、あなたのこと愛してるわ。だからあなたと作った命の結晶をこうしてお腹に宿しているのはこの上ない誇りでうれしいの。」
「ワイは認知しない。絶対にだ。」
「え?」
トリポセの言葉に、タオ子は愕然とした。
「嘘でしょ? 何度も私に言った優しい言葉は? 素敵な思い出は? 過ごした時間は? 全部私たちの愛と育まれるだろう命のためじゃなかったの?」
「ワイは…誰でもよかったんだ。それがたまたまお前だっただけ。せめてお前が“あの町”出身じゃなかったら迎えてやったんだが、ワイの面子に関わる。」
トリポセはタオ子の肩に手を置いた。
「気持ちよかったのは事実だ。だが妊娠は産むも堕ろすもお前の責任だ。ワイは海神。下賤の者との子供などあり得ぬ。だから認知しない。」
その後タオ子は城を追い出され、泳がず触手二つを脚に変えてとぼとぼ家に向かった。途中何度も城に顔を振り向けては睨みつけた。それでも住んでいる町には辿り着くもの。タオ子は西のハジに位置するプーホ町のボロアパートに住んでいる。大家を含む全員が魔女で貴族派からは嫌われている。ちょうど庭の海藻を収穫していたエビの人魚で大家のスーアはタオ子を見た瞬間、ため息をついた。
「あっしの言う通りになっただろ?」
スーアが訊ねるとタオ子はコクリっと一度頷いた。
「にしてもあんたは、落ち込むと付けられていることにも気がつかないんだね〜。」
「え?」
「スタン!」
スーアは指から青い魔力の塊を飛ばすと物陰に隠れていた魚人らしき黒い衣の人物に直撃した。
「グア!」
男は動けなくなり横に倒れてしまった。すると道を歩いたり泳いだりしていた人魚や魚人が彼を囲んだ。
「おやおや、このバッジ……いけねえな、おうきゅうのもんがこんーな場所でオネンネとは。」
「貴族様がスパイごっこですか〜?」
「海神の使いが舞い降りたぞー。」
「素敵なもてなしをしようぜ。」
「連れてけ、連れてけー。」
「は、離せ下郎が、ゴ!」
あっという間に町の不良達は彼を国の外の彼方へ運んだ。その後彼を国内で見たものはない。
「ありがとう。」
タオ子はお礼を言った。
「ンマ、あんたが一番家賃を期限通りに払うからねー。サービスさ。それより…。」
二人の人魚は庭のベンチに腰掛けた。
「王の気持ちはわかったんだろ? あんたはどうしたいのさ?」
スーアはそう言いながら優しくタオ子のお腹をを撫でた。タオ子は少し黙ってから口を開いた。
「彼を信じたあたしはバカだった。だけどどんな命も贈り物。頑張って産んで愛を持って育てたい!」
そうタオ子は願うと、スーアは応答した。
「そう……はっきり言ってお金も体力もいる。だけどこの町は助け合いを重んじる町だ。あんたはその分、一人で生きて行かなきゃいけないお母さんより運がいいよ。そのことを感謝しなさい。」
それから数ヶ月後のことである。
「んがああああああ! ぐおおおおおお! いでええええ!」
タオ子は家で複数の女性に囲まれながら、悲鳴を上げていた。女性達はエールを送りながら彼女を支えた。
「タオちゃんファイトやで!」
「深呼吸よー!」
「平常心、平常心。」
「偉いよ! いい調子よ!」
「産まれるよ! ふあ!」
スーアがタオ子の触手の中から思いっきりしかし丁寧に引っ張るとタコ墨と共に赤子が出てきた。
「おぎゃああああああ、おぎゃああ、おぎゃああ!」
部屋中にパワフルな泣き声が響いた。泣いている赤子を白い衣に包み込み、スーアはそーっとタオ子に渡した。
「おめでとうタオ子、元気な女の子よ。」
タオ子の目には小さな8本の触手を生やした赤子がいた。
「まあ、なんてかわいらしい。海の宝石だわ。」
タオ子がそう言うと出産に携わった友人の一人が質問をした。
「タオちゃん、名前はどうするの?」
そう質問されたタオ子は優しく人差し指を赤子の鼻に置いた。すると赤子は泣き止み、笑顔になった。
(潜在的な魔力の高さがないと、今の状況で急には泣き止まない。忌子となるか逸材になるか…。)
スーアはそう考えていると、タオ子は赤子を抱えたまま窓から外に出てた。その日の海はいつもより神々しく輝いていたという。タオ子は笑顔の赤子と目を合わせながら両脇を持ち、腕を伸ばした。
「あなたは私の光! 海の光! この世の光! あなたの名前はルシア! いずれ王女となって、この世の全てを治めるのよ!」
こうして少数の者にしか祝福されずに海神の血が流れているルシアが生まれた。
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