幕間 三度の会話
とてもとても古い記憶。
一人の宗教家、いや、求道者がいた。
その求道者は人々をどうやったら救済できるか、と何十年も毎日毎時間毎秒考えていた。
ある日、別の宗教家が会いに来た。
そいつは求道者に二つの教えと、一つの問いを投げかけた。
「人は死んだら、神の審判を受けるその時まで待つのです。そして審判を受け、選ばれたものは天国へいくのです」
「それでは今生きている人々はどうするんだ。いつくるかわからない最後の審判とやらまで、苦しみながら生き続けなければならないのか。私は今、生きている人々を救いたいのだ」
「生きている時も、神の御意思が働いてます。神は万物すべてを見通してます」
「つまりは、今生きている人間は、天国へ行くか地獄へ行くか、先に決められてるというのか。生きている間はわからないのに。それでは、生による苦から解放されないではないか」
「ですがあなたも、六十億年後に人々を救済するといいながら、今この時も何もしない神を崇めているではありませんか」
求道者は衝撃を受けた。
求道者は常に、今生きる人々をどうやって救えるのかを考えていた。
そしてそんな求道者の心の支えは、きたる未来で人類すべての救済を約束している神だった。その神は六十億年後、人々を救うために、神々の世界でどうやって救えるかをずっと考え、悩んでいる思慮深い神である。六十億の時をかけて人々を救済しようと苦慮するその美しい姿に感銘を受けたのだ。
しかし、なぜ神は、今我々を助けないのか。
何十年と神に仕え、すべての人々を救済する方法を考え続けてきた求道者にとって、それは大きな衝撃だった。
なぜ、神は。
今の我々を助けないのか。
「そうか」
求道者はそこで答えを見つけた。
ついに世界の真理を。人々を救済する方法を。
「生きている人間が、これまで生きてきた人間が、これから生きていく人間が、救われるかどうかは、すべて決まっているのだ。そして死んだ先で、ようやく救済されるのだ。だから今の我々を神は御救いにならないのだ。嗚呼、そうなのだ。死んで初めて救済への道が開かれるのだ。だからこそ、病み、老いて、愛するものとの離別を、飽きぬ煩悩を、死に対する恐れを、そこからうまれる苦しみから逃れられないのだ。生きている限り。嗚呼、なんたることか。人は生きている限り苦しむのだ。嗚呼、なんと哀れ哉。悲しい哉。それならば、私にできることは」
求道者は決意した。
「その苦しみから解放することではないか」
そして求道者は、全人類を滅亡させることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます