第2話

転生したら転生してないの俺だけだった

〜レムリア大陸放浪記〜


1-1.ジョウザでの暮らし(1)


山を取り巻くように石段が螺旋状に続く。

彼女は今日も天秤棒を担いで登っていく。

運んでいるのは水桶だ。ジョウザの宮殿には井戸がない。麓に綺麗な湧き水があり、そこから毎朝彼女は水を運び上げる。宮殿で使う水は主に雨水。夕方になると降るスコールを溜めて洗濯や洗い物の水とする。或いは沸かして茶を立てるときもあるが、そんな水は主には供せない。


彼女が運び上げる桶2杯の水が、主の1日の生活用水だ。下働きの侍女に代わって彼女が水を運ぶ様になったのは5歳の時。最初は運べる水の量も少なく、何往復もしなければならなかったが、10年運んでいるうちに体力がつき、今では一回の往復で主の1日の生活用水を賄えるようになった。

緩やかに波打った亜麻色の髪を後ろで無造作に束ねた馬の尾が、リズミカルに揺れる。


門をくぐると主の在す座所まで、なだらかな傾斜が続く。この宮殿には平地と言うものがない。建物はすべて長い階段で結ばれている。

子供の頃聞いたおとぎ話、地面が僅かに傾いていて、宮殿が一番低い場所に立っていたため、廃都にされた都の話を思い出すなあ。と彼女は思った。

その国の人々も、はっきり判る山の頂上に宮殿を作れば良かったのに。


ジョウザは町の名前でもあり、宮殿の名前でもあるけど、本当は一番頂上にあり、主の在す座所こそがジョウザ。

大東から来た家庭教師が字を教えてくれた。

「上座」と書くのだそうだ。


「戻りました」

「ご苦労だった。早速主上の朝餉を」

侍従長のタンジンが指図する。

「かしこまりました」

彼女は水桶を厨房に納め、托鉢の間に向かう。

「今朝のご喜捨は?」

「ヨウコ様、南の谷から型の良い魚が捧げられております」

「ではそれを焼いて捧げましょう。主上は少し歯応えの残る焼き具合がお好きです」


托鉢の間には馬車の車輪ほどもある大鉢が十個ほど並んでおり、僧のあげる読経の中、不思議な光を放つと、各地の信者からの供物が顕れる。

彼女、ヨウコは侍女たちの手伝いを得て食事の支度を始めた。


十数年の修行を経て、新しいボンの即位が近いという事で各地の信徒は大いに盛り上がっており、供物は大変多く、豊かになって来ている。ただ貧しき村よりの決して美味しくない芋、というより根茎に近い野菜も必ず主上の食卓に供する。子供の頃はマズい嫌!と言っていた主上も最近は黙って食べてくださる。


出来上がった膳は王者の朝餉としては質素な一汁三菜。これも貧者の捧げ物を尊ぶと言う教義に従ったもので、夕餉には貴族や富豪が捧げた珍味も僅かに並ぶが、その大半は神官長はじめ偉い方々の胃袋に収まる。ボンになるまでの主は教義上は修行者。決して美食は許されないのだ。


ヨウコは膳を持ち、主の待つ座所に向かう螺旋階段を登る。

途中には幾つもの魔法陣が掛かっており、手で回せる様になっている。教えでは肉や魚。命あるものを主上に捧げる際、それらの魂を感謝して天に還すと言う意味があるそうだ。ヨウコは片手でそれを回しながら階段を登り、最上階の廊下に進む。

侍女が2人、朝の着替えを済ませて部屋から下がる。

ヨウコが入れ替わりに部屋に進む。


「主上にはご機嫌麗しく…」

「いいから扉閉めろ!結界を張れ」

俺は早く本音で話がしたかった。一日中聖人でいるのは疲れるのだ。

ヨウコが重い扉を閉め、結界を張ると、これで部屋の中の様子は外には漏れない。


「腹減った。オカズは?」

「香魚の焼いたもの。あとは芋」

「しけてんなあ。なんかないの?」

「そう言うだろうと思ってケバブくすねて来た」

「お!偉い。しかしよく匂いでバレなかったな」

「結界は任せなさい」

主上、次期ボン・ダイゴ76世猊下である俺にヨウコはタメ口をきく。

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